残念王子(2)
とまあそんな訳で、ヒールの靴だけは用意しなければならなくなった。
普段履いているぺったんこ靴や農作業用の泥んこのロングブーツではさすがに格好がつかない。
それぐらいのお金は出すと父は言ってくれたけれど、あまり負担はかけたくないから、ラミが痺れ茸を高値で買い取ってくれるという提案はまさに渡りに船だった。
翌日、畑で育てている痺れ草の畝にのみニョキニョキ生えているキノコを根こそぎ収穫した。
もしかするとこれっきり生えてこないかもしれないと思うと、数本残しておこうかという貧乏性がチラリと顔を覗かせたが、それをきっぱりと無視した。
昨日、靴屋で見かけた赤いツヤツヤのヒールに目を奪われて思わず手に取り、そのお値段にビビッて逃げるように店を出たのだけれど、一晩経ってもずっとあの印象的な赤が瞼の裏に焼き付いて離れなかったのだ。
おしゃれをして着飾ってみたいという、二十歳の女性なら誰しもが当たり前に思うであろう願望がわたしにもあったのだと初めて気づいた。
「こんなにたくさん生えていたのかい!すごいじゃないか!」
いつもの薬草と共に痺れ茸三十本を持っていったところ、ラミが目を丸くして驚いている。
「でも、これで全部なので、もう二度と生えてこないかもしれません」
「それでもいいさ、全部うちに卸してくれるだなんて気前がいいというか、価値を知らないっていうか…。きっとまた生えて来るとは思うけどね、その時はまたうちに頼むよ」
ラミの反応からして、この痺れ茸はかなりのレア素材であることがわかった。
それならよその薬屋に、ラミ以上の値を付けてくれるならこちらに卸すこともできると吹っ掛ければよかっただろうか。
いや、そういう交渉は得意ではない。
ゆくゆくはそういう交渉術も身に着けていきたいと思ってはいるけれど、今はまだお得意様との信頼関係を強固なものにしていく時期だ。
「もちろんです。また生えたら持ってきますね」
笑顔で請け負うと、ラミは「お人好しだねえ」と笑って今日の代金を握らせてくれた。
それは、わたしにとってはかなりの大金だった。
あの赤いヒール靴を買ってもまだおつりがくる。
「スられないように気をつけてお帰りよ」
「ありがとうございます。またご贔屓に!」
代金を入れた革袋をしっかり懐にしまって薬屋を出ると、小走りに靴屋へ向かい、昨日一目惚れした赤いヒールを買った。
そうだ!弟たちに焼き菓子も買って帰ろう!
青空の下、わたしはスキップしそうになるほど高揚している気持ちをどうにか抑えつつ帰宅したのだった。