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 朝からどうもメグの様子がおかしい。


 昨日、我々の外出中に王城から来たという使者が残した書簡には、メグにミシェル妃付きのメイドになるよう打診し、三日後に返事を聞きに来ると書いてあった。

 きっとそのことで悩んでいるのだろうけど、一番に相談してくれるものだとばかり思っていつでもどうぞというスタンスでいたのに、一向に相談してこようとしない。

 それどころか、目も合わさないように他のメイドの背中に隠れて逃げ回っているようにも思える。


 もしかして俺、避けられてるのか?

 メグを傷つけるようなことをした覚えはないんだが。


 頼れる兄のように慕ってくれていると思っていたのは、ただの自惚れだったんだろうか。 


 丸一日待ってみたが、メグのおかしな態度が変わらないため、翌日こちらから声をかけることにした。


「メグ、ちょっと」


 掃除道具を入れている倉庫から出て来たメグはびくっと肩を揺らし、ゆっくりこちらを振り返った。

「ひゃい」


 何だその返事は…笑いを堪えながらついて来るように言い、並んで執務室へと向かう。

「あの…シリアン様はどちらに?」

 メグは落ち着かない様子でキョロキョロしている。


「シリアン様は今、彼女と結婚式の打ち合わせ中ですよ」


「テリーさんは、それで大丈夫なんですか?」

 なぜメグが憐れむような表情でこちらを見ているんだろうか。


「大丈夫です。離宮内ですし、廊下には見張りも立たせているので、たまには二人っきりにして差し上げようかと思いまして」


 するとメグが泣きそうな顔になった。

「テリーさんは本当にそれでいいんですか?」


 どういう意味だ。

 まさか――。


 メグの腕を強引に引っ張り執務室へ連れ込むと、すぐにドアを閉めた。

 そのままメグを抱きしめるようにして耳元で囁く。


「この部屋なら大丈夫です。正直に言いなさい。誰に脅されているんです?」

「え……」


 メグは抵抗することなく腕の中で身を固くしている。

「どういう計画ですか?ターゲットはどっち?」


「あの…何のことでしょう」


 あれ?勘違いか。

 もしやメグが脅されてシリアン様襲撃の加担でもさせられているのかと思ったんだが、考えすぎだっただろうか。


「メグ、目を逸らさずに私の顔を見て。これは業務命令です」

「はい」


 メグがヘーゼルナッツの瞳をしっかりこちらに向けてくる。

 その澄んだ瞳に邪な偽りは感じられず、やはり勘違いだったかとホッとすると同時に、メグの顔が真っ赤になっていることに気づいた。

  

 これはマズイな、クソ可愛いんだが!


「ごめんなさい、少し思い違いをしていたようです。ところでメグ、配置転換の話は聞いていますね?」

 努めて平静を装って体を離し、ソファに腰かけるよう促して自分もその向かい側に座った。


「はい。明日、返事をすることになっています。新しい職場で頑張ろうと思っています」

「そうですね。メグはきっとミシェル様と気が合うと思いますよ」


 笑顔でそう言いながら、内心ひどく寂しいこの気持ちは何なんだろうかと考える。

 メグがどうしようと泣きついて来るのを期待していた自分が情けない。この子はもう大人で、それぐらいの判断はひとりで出来るようになっていたのだ。

 15歳でここへ来て、何もわからずに涙目でおどおどしていた、思わず守ってあげたくなるような少女のままではなかったというのに。


「あの!事前に打診するようにって書いてくださったのはテリーさんなんですよね?ありがとうございます」

 メグが立ち上がって深々と頭を下げた。


 確かにそう書き添えたのはシリアン様ではなく自分だったのだが、わざわざ書く必要もなかったようだ。



 娘を嫁にやる父親の心境?

 いやいや、この手を引いてもう一度腕の中に閉じ込めたいという衝動は家族というよりはむしろ…。


 先日シリアン様には、キスの真似事をしただけで「女たらしめ!」と罵られたが、部下に手を出すほど節操がないわけではない。

 ……いや、待てよ。

 メグはもう俺の部下ではなくなるんだよな?


 ふと、メグを自分の膝の上に座らせている様子を妄想してしまった。


 いやいやいや、いかん、いかん。

 仕事中に何て不謹慎なことをっ!

 あの人のせいだ。

 ルーク様のせいだっ!!


 自分の気持ちを認めるのが怖くて一人で動揺したために、結局メグの挙動不審な行動の理由はうやむやなままになってしまったのだった。



 そんなことがあったその日の夕方、結婚式の打ち合わせを終えて彼女を見送った後からシリアン様の様子がどうもおかしいという報告を護衛に当たった者から受け、書庫に急行した。


 ソファでおとなしくしているシリアン様は、お気に入りのロマンス小説を左手に持っているものの文字を追うわけでもなく、どこを見ているのかわからないポワンとした顔で右手の人差し指と中指を唇にそっとあてている。


「なあテリー。唇って……柔らかいんだな」


 どんだけ乙女なんだよ!と笑いそうになったが、もちろん我慢した。

 おめでとうございますという言葉も無粋だろう。

 上手くいったのなら何よりだ。


「夕食のお時間になったらまた呼びに参ります」

 とだけ言って、書庫を後にしたのだった。



 


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