痺れ茸の毒(1)
わたしたちが到着したとき、王城の中は「奇病が発生した!」と大騒ぎになっていた。
「シリアン殿下、これ以上奥へ行かれてはなりません。伝染する恐れのある奇病が…」
シリアン様が衛兵の言葉を遮った。
「知っている。その奇病の解毒剤を持ってきたから、我々を通してもらえないか」
わたしたちは敵のアジト――エミリア妃の居室のことだが――に乗り込むにあたり、痺れ茸の胞子が蔓延している最悪の事態を想定して、ストールを頭からかぶり首に巻き付けるようにして鼻と口を覆っている。
見た目がアヤシイのは大目に見ていただきたい。
シリアン様によれば、このスタイルこそが「マチコ巻き」らしい。
なるほど、確かにあのボヤ騒ぎの時、煙を吸い込まないようにと思ってショールを同じように巻いていた。
わたしのこの姿に一目惚れしたって、ちょっと残念すぎるわよねえ…?
おっと、そんなことは後回しだ。
ドアの前には、エミリア妃の夫である第一王子のリチャード様とその側近らしき男性が立っていた。
栗毛にエメラルド色の瞳の涼し気な目元。凛々しい眉毛。
衣服の上からでもよく鍛え上げられているとわかる男性らしい体躯。
シリアン様とはタイプの違う、精悍な王子様だ。
愛妻が奇病に侵されたと聞いて、たとえそれが伝染するおそれがあるのだとしても居ても立っても居られずにここまで駆けつけたらしい。
それなのに、エミリア妃は「入ってこないで」とドアに鍵をかけて閉じこもってしまい、医師の治療も受け付けない状況なんだとか。
リチャード様はエメラルドの瞳をオロオロと揺らしていたけれど、シリアン様が解毒剤を持って来たと説明するとホッとした様子を見せた。
そんなリチャード様とその側近に「中に入るならこれを」と言ってテリーが予備のストールを手渡した。
「エイミィ、弟のシリアンが良い薬を持ってきてくれたよ。ここを開けてくれないか」
リチャード様がドア越しに優しく語りかけると、カチャリと開錠の音がしてほんの少し開いたドアから無言のままメイドの制服の腕が伸びてきた。
薬だけ寄越せということかしら。
随分と図々しいわね。
するとテリーが
「その前に確認したことがございます。解毒剤をお渡しするのは、その後です」
と言ったかと思うと、ノブを勢いよく引っ張り強引にドアを開け放ったのだった。
ドア、オープン!!
ドアに引きずられて転がるように出て来たメイドの顔を見て、一同がギョッとし、さらに部屋の中にいる人物たちを見て……肩を震わせ始めた。
わたしはラミから、痺れ茸がどのような症状を引き起こすのか聞いていたから知ってはいたけれど、実際に見てみるとこれは……何て可笑しいのかしらっ!!
痺れ茸の胞子にやられたエミリア妃、付き人二人、そしてメイドの唇は、通常の三倍ほどの大きさに真っ赤にふくらんで、笑わずにはいられないほどの「ヘン顔」になっていたのだった。




