しがない男爵家(2)
「このキノコ、何だか知ってます?不思議とこの『痺れ草』の根元からだけ生えてきて、他の薬草の畝からは一切出てこないんです」
薬草を届けに行ったついでに、お客さんがいないようならラミに聞いてみようと思って持参した乳白色の細長いキノコを見せた。
毒性が高い可能性を考慮して素手では触らず、布に包んで持って来た。
ラミは、わたしが幼いころから老婆で、十年以上経った今も当然老婆なのだが、十年分年老いたかというと、全く変わっていない気がする。
「おや、よほど水分のバランスが良くて土がふかふかなんだねえ。いい畑を借りたじゃないか。これは『痺れ茸』だね。痺れ草の根元に寄生して栄養をもらいながら育つのさ」
ラミはそのキノコを見るなり、笑いを含んだしわがれた声で教えてくれた。
痺れ草は、痛み止め薬の材料で、感覚を麻痺させる効果がある。
その栄養をもらってしまうということは…?
「もしかして、このキノコが生えてくると痺れ草の効果が薄れてしまいます?」
焦って尋ねると、ラミは「そうじゃないよ」とまたしわがれた声で笑う。
「相乗効果で良質の痺れ草になるんだ。そして、その良質の痺れ草の養分をたっぷりもらっているこっちのキノコは、強烈な麻痺を引き起こす。あんたんとこの可愛い坊やたちが間違って触ったり口に入れないように気を付けるんだよ。子供は呼吸が止まって死んでしまうかもしれないからね」
思わずひゅっと息を吞んだ。
ひょろひょろと細長く頼りなさげなこのキノコは、どうやらかなり物騒な代物らしい。
素手で触れなくて正解だった。
「また明日持っておいで。高値で買い取るから」
「やった!ありがとうございます!」
これでヒールの靴が買えるわ!
ラミの薬屋を出ると、同じ商業区内にある靴屋をチラリと覗いてから帰宅した。
どうしてヒールの靴が必要になったかというと、話は昨夜に遡る。
父が夜会の招待状を持ち帰って来たのだ。
お金持ちの貴族のご令嬢たちは、もうとっくに社交界デビューを終えているけれど、貧乏男爵家の我が家はそういう上流階級の皆さんとの華やかな交流とは無縁であるため、招待状をもらったことすらない。
実際、もらったって困る。
流行のドレスなどという贅沢品を買うお金があるのなら、それで育ち盛りの弟たちに美味しい物をお腹いっぱい食べさせてあげたいのだから。
「突然どういうこと?どういった夜会なの?」
訝しがるわたしに父も眉間に深い皴を刻んだ難しい顔で答えた。
「第三王子のシリアン殿下の婚約者選びらしい」
はあぁぁぁっ?
あの「残念王子」という異名で有名なシリアン王子の恋人ですと!?
「お断りしてください」
迷うことなく即答したわたしだったのだが――。