人生設計(2)
テリー視点
経済的な余裕があれば、若手の小説家や画家の支援もしたい。畑を拡充していい農機具を購入し薬草づくりをもっと本格的な事業にしたい、と夢を語るシリアン様はまばゆいばかりにキラキラしている。
サクラ様も乗り気のように見えた。
しかも、孤児院への寄付金について真剣に意見を述べるあたり、さすがはモブ家のご令嬢だ。
お茶を出しながら「殿下、その調子です!」と心の中でエールを送り、二人の邪魔をしないよう部屋の外で待機しようと思った時だった。
「でも…あなたのような綺麗な王子様は、モブにはなれません」
サクラ様の突然の苦し気な言葉に、シリアン様も驚きを隠せないでいる様子だ。
ついさっきまで、確かな手ごたえがあったはずなのに!?
「なぜだ」
「それは、殿下が王子様だからです。王子様という立場で生まれた時点でモブにはなれないんです」
「もっとわかりやすく説明してくれないか」
「モブはですね、目立ってはいけないんです。一生『その他大勢』でいなければならないんです。それなのに殿下は王子様で、しかも綺麗すぎて目立ちまくっていらっしゃるじゃないですか!」
「そういうサクラだって綺麗じゃないか。では私が爵位をもらってサクラがモブではなくなればいいだろう?」
「無理です!モブはモブなんですから、モブから離れるわけにはいかないんです」
「モブではなくなったら、どうなるんだ?」
「どうなるのかではなく、わたし自身がそれを望んでいません」
シリアン様が悲しそうに顔を歪ませた。
ああ、なんて事だ。そこまで家に縛られているとは。
モブ家の家訓、恐るべし。
この時の会話が嚙み合っているようで実は全く嚙み合っていないことになど、気づく由もなかったのだった。
「今すぐに返事が欲しいとは言わない。だから今一度よく考えてみてくれ。私の生涯の伴侶はもう、きみしか考えられないんだ。モブからきみを救って必ず幸せにしてみせる」
サクラ様の帰り際にそう言って、彼女の手をしっかり握るシリアン様の姿が痛々しい。
彼女の手に軟膏を塗ってあげたあの日、顔を真っ赤に染めて「明後日また会えますか」と言ったのを聞いて、ついに落ちてくれた!と思ったのは勘違いだったのだろうか。
いや、そうではない。
彼女は確実にシリアン様に惹かれている。
しかし、モブ家の家訓がそれを許さないのだ。
だから彼女も苦しんでいる……。
どうしたものかと考えながら迎えた翌朝、朝の側近定例会議で「厨房の工事が終わりましたので明日、離宮へ戻ります」と報告している時だった。
様子が少しおかしい人物がいることに気づいたのだ。
顔色が冴えないし、唇がわずかに震えているようにも見える。
胸がざわつき始めた。
その人物は以前、夜会でのボヤ騒ぎの後に国王陛下の顔を潰すようなことをするなというこちらの警告に対し、一瞬顔色を変えた人物と同一だ。
まさか、また何か仕掛けたのか?
そうだとするならば…サクラ様の身に危険が及んでいるかもしれない!
慌ててその場を飛び出して、まだ寝ぼけ眼のシリアン様に手短に状況を説明すると表情がみるみる険しいものに変わった。
「待て、話が違うだろう?」
「その確認は後程」
「サクラの家はどこだ?」
「存じ上げません。調べるなとおっしゃったのはあなたですよ?」
「ああ、なんてことだ。畑に急ごう!」
こうしてシリアン様と共に祈るような気持ちで畑に急行したのだった。