日課になってしまったようです(2)
「どうやら、シリアン殿下に恋人ができたようなんだよ」
夕食後、お酒でほろ酔いになった父が漏らしたその言葉に、わたしは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
「あら、それはおめでたいわねえ。あの夜会で知り合ったのかしら」
「そうかもしれないね」
何でも、先月の離宮の会計報告書を見たところ、交際費の出費が突然伸びており、カフェでの飲食や美容品の購入に充てられていたという。
それを見た会計担当一同は、ついにシリアン殿下に恋人ができたのでは!?と密かに盛り上がったらしい。
その話を聞きながら、心拍数がどんどん上がってしまったわたしは、普通の顔をしていられたかどうか自信がない。
救いは、わたしのことなど蚊帳の外で、夫婦で話を続けてくれたことだろうか。
父は普段、仕事の話をほとんど家ではしない。
というか、国家の会計管理の一端を担っているという立場上、守秘義務により家族に話せないことが多すぎるのだ。
そんな父がほろ酔いとはいえ、王子のお金の使い道を思わず漏らすということは、それだけおめでたいことだと浮かれているか、これでまた娘を夜会に参加させろと強要されずに済むと安堵しているかのどちらかだろう。
その「恋人」と目されている人物がわたしだと言ったら、目の前にいる両親はどんな反応をするだろうか。
両親にとんでもない隠し事をしているという罪悪感に苛まれながら、早く決着をつけなければと焦るわたしだった。
その夜、ほとんど寝付けないままに悶々とシリアン様のことを考え続けた。
こんな平凡で何のとりえもなければ、見た目が美しいわけでもない極普通のわたしを「マチコにズキュンときた」という理由で?見初めていただいたことは、光栄なことだ。
しかしその反面、迷惑でもある。
モブのわたしと王子様が釣り合うはずもなく、分不相応だと何度言っても聞き入れてもらえない。
お婿に来てもらっても、ただでさえ狭い家に大人の男がもう一人増えたらぎゅうぎゅうだし、別の家を借りて住むにしてもお金がかかってしまう。
それでは我が家は暮らしていけないのだ。
支度金と持参金があるとは聞いているけれど、額は知らないがそんなものあっという間に生活費の補填で食いつぶしてしまうだろう。
いっそ、この家に呼んでみて「ほら、こんな狭い家で暮らせますか?」と我が家の現状を見せるという手もあるけれど、両親がいない隙に若い男を連れ込んだりしたら、近所でどんな噂が立つかわからないし。
もしもシリアン様が王子様ではなくただのモブだったら、わたしは「貧乏だけど頑張りましょうね!」と手に手を取って喜んで結婚したんだろうか?
シリアン様は意外なほど畑仕事に真剣に取り組んでくれているし、このままずっと…いやいや、王子様にそんな「モブ人生」を歩んでもらうわけにはいかない。
わたしに向かって甘く微笑む綺麗なお顔を思い浮かべるたびに胸がツキンと痛んだ。
翌朝は雨が降っていた。
毎朝畑に来るのが日課となっているシリアン様は昨日、「また明日!」と言っていたから、雨だろうが何だろうが、今日もテリーと共にやって来るに違いない。
わたしの貧乏くさい暮らしぶりを見て畑仕事をさせたらすぐに逃げ出すだろうと踏んで今日までズルズルと奇妙な関係を続けて来たけれど、これ以上向こうに期待させてはならない。
今日はきっぱりお断りしよう!
そう決めて、鼻息荒く畑に向かったわたしだった。
「もうこれっきりにしましょう」
「ああ、今日は水やりは不要だね」
「いえ、そういうことではなくてですね、もう諦めてくださいと申し上げているんです!」
「そうだな、今日はもう畑仕事は無理だろうね」
「もおぉぉぉ~っ!違いますぅ~~~~っ!」
わたしの絶叫が雨空の畑に響き渡った。