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雨の日のデート(1)

 押し付けられる形で受け取ってしまった軟膏の瓶を眺めながら散々迷った。

 シリアン様の好意を受け止める気がないのなら、これはお返しすべきだろう。


 しかし、王城勤めの庭師が良く効くと太鼓判を押したというその誘惑に抗いきれずに、ついにふたを開けてしまった。


 一度でも指を入れてしまえばもう返品はできない。

 それでも、ふんわりと香る薔薇の匂いのする乳白色の軟膏に吸い込まれるように指を伸ばした。


 右手の薬指ですくって、左手のひび割れた指先に順につけていき、優しく丁寧に塗りこんでいく。

 皮膚がしっとり柔らかくなって、じんわりと温かくなった。


 右手にも同様に塗りこみながら、畑からの帰り道、弟たちがシリアン様から聞いたという『シンデレラ』の話を思い返した。


「シンデレラが掃除してたら、魔法使いがカボチャになったんだって!」

「そしてシンデレラが逃げ出して、王子様がガラスの靴を拾ったの」

「それで二人は結婚して、めでたしめでたしなんだって!」


 さっぱり意味がわからなかった。

 八歳男児の理解力と語彙力が残念過ぎる。

 でも、どうやら「靴」と「カボチャ」が鍵となっているおとぎ話のようだ。


 靴屋で再会した時に、偶然とはいえカボチャの話をしてしまったから「私のシンデレラ!」とか言われたのだなと、ようやく合点がいった。


 シリアン様は、かなり浮世離れしている「不思議ちゃん」だが、悪い人ではない。

 むしろ素直で純粋で、きっと家族を大事にする人になると思う。


 だからといって、どうしてわたしなんだろうか。

 そういえばまだシリアン様ご本人から「好きだ」と言ってもらってもいないし、その理由も知らないな…。


 そんなことを考えながら眠りについたのだった。



 翌日は朝から雨が降っていた。


 小雨ならば薬草を摘み取ってラミの薬屋に卸しに行くところだけれど、本格的にザーザー降っているから今日は畑仕事はお休みだ。


 一晩経っても軟膏を塗った指先はしっとりと湿度を保ち、さらには朝食の用意で水を使ってもいつものようにしみることがなく、しっかり保護までしてくれた。


 あの軟膏、恐ろしく高価なんじゃないだろうか。


 すべすべの指先をこすり合わせながらシリアン様の笑顔を思い浮かべ、まさかこの雨の中、畑に来たりしないよね?と考えた。

 シリアン様はともかく、常識あるテリーならばこんな天気の日は畑仕事はお休みだってことぐらいわかっているはずだ。


 でも、それでも行く!と王子が駄々をこねたら…?


 朝食の後片付けを済ませ、弟たちを学校へ送り出した後、修理が終わっているはずの赤い靴を受け取りに行くと母に告げて家を出た。


 畑に寄れば遠回りになるけど念のため。

 そう、念のためだ!と自分に言い聞かせながら、なぜか早足で畑に向かうわたしだった。



 遠くから見てもハッキリわかるほどの長身の人影が二つ、畑の倉庫の横に見えた時、ああ、やっぱり…テリーさんお気の毒に…と思った。


「おはよう!」

 朗らかに笑うシリアン様の後ろには、半目になりながら無言で頭を下げるテリーがいる。


「おはようございます。本日は何をしにこちらへいらしたのですか。こんな雨の日は、畑仕事なんてできませんよ?」

 

 塩よっ!塩対応よっ!

 そう思いながらも、何だか嬉しい気がしてしまう。


「でもこうやって会えたじゃないか」

 

 しまった!

 まるでわたしもシリアン様に会いたくて雨の中をわざわざ来たみたいな状況になってるじゃないの!


「わ、わたしは、修理に出していた靴を受け取ろうと思ってここを通りかかっただけです!」


「そうか、では同行しよう。修理代は私が支払わなければならないからな」


 なぜですか!?


 有無を言わさず商業区へ向けて歩き出すシリアン様の後を追う。

 目を白黒させるわたしの様子が可笑しいのか、テリーが肩を震わせて笑いを堪えているのが見えた。




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