諦めていただきたいんですが(3)
ひどく動揺しているわたしに代わり、水やりはほとんどテリーがひとりでしてくれた。
混乱したまま畑の隅のベンチで休んでいるとシリアン様と弟たちが戻ってきたため、休憩用に持参した「カボチャ揚げ」を振舞うことにした。
テリーが手を洗うための水を井戸から汲んで持ってきてくれた。
使える側近だ。
あなたとなら喜んで結婚したいところだわ。
手を洗った後、さっそくカボチャ揚げに手を伸ばそうとする弟たちを窘める。
「まだ謝ってないんじゃないの?」
弟たちが気まずそうに顔を見合わせた。
どうしたの?というシリアン様に朝食での一件を説明すると、シリアン様は「あははっ」と笑った。
「昨日、私もカボチャを食べたんだが、お姉さんの作るカボチャはとても美味しいんだぞ?だからそれは、きみたちのほうが悪いな。私も一緒に謝ってあげるから、きみたちもカボチャに謝りなさい。せーの」
「「「ごめんなさい」」」
三人がカボチャに向かって頭を下げる様子が可笑しくて、わたしも笑ってしまった。
「わたしも飽きないようにいろいろ味付けを工夫するから、もうカボチャが出てきても文句を言わないこと!ちゃんと謝ることができて偉かったわね。じゃあどうぞ、召し上がれ」
「お口に合うかわかりませんが、よろしければどうぞ」
シリアン様にもすすめると、パアッと嬉しそうに笑った後、頬を紅潮させてボソっとつぶやいた。
「手料理♡」
いやいや、そんな大げさなものではありませんからっ!
「手で食べるんだね?」
弟たちが手づかみで食べている様子を見てシリアン様が確認してきた。
「ええ、畑での休憩に食べるおやつにフォークなど使いませんわ」
わかったと頷いて手を伸ばしたシリアン様は、自分の指先を見て驚いたように一旦手をひっこめた。
「どうしよう。しっかり洗ったつもりだったのに、爪が真っ黒だ」
両手の爪をしげしげと眺めて困っている。
「畑仕事ですもの、そうなって当然です」
弟たちの爪ももちろん真っ黒だが、そんなことはお構いなしにむしゃむしゃ食べている。
ふふふっ、王室の人にはこんな野蛮な真似できないでしょう?
内心ほくそ笑んでいたら、なんとシリアン様は意を決したようにその指でカボチャ揚げを一枚つまみ、口の中に放り込むとゆっくり咀嚼して飲み込んだ。
その後、若干震えながら目を瞑ってこぶしを握り「く~~~っ!」と唸っている姿を、無理しなくてもいいのにと思いながら眺めていたら、シリアン様は突然嬉しそうにパアッと笑った。
「この背徳感が堪らないな!美味しさが倍増する気がする。もう一枚、頂こう」
群青色の瞳がキラキラしている。
えぇぇぇっ!そっち!?
畑仕事を終えて、家まで送るというシリアン様の申し出はもちろん塩対応でお断りした。
第三王子に付きまとわれていると親にバレたら大変だ。
ラミの薬屋に届ける薬草をカゴに入れ「ではこれで」と頭を下げた時に、シリアン様がガラスの瓶を差し出してきた。
中に軟膏のようなものが入っている。
「きみへのプレゼントだよ。指先のひび割れによく効くらしい。王城の庭師に聞いて一番効果が高いものを用意したから、役立てて欲しい」
甘く微笑むシリアン様を見て、泣きそうになった。
我が家のスキンケアは自家製のヘチマ水に頼っている状態で、畑仕事と家事で荒れたわたしの指先はそれでは追い付かないため、年中ガサガサだ。
それを気遣ってもらえた優しさを嬉しく思う気持ちと、それとは反対の、みっともない手荒れを恥ずかしく思う気持ちが相まって、どちらの感情で泣きそうになっているのか自分でもよくわからなった。
「あー!人さらいのお兄ちゃんが、お姉ちゃんのこと泣かしたー!」
「いーけないんだ、いけないんだ!」
「いや、そういうつもりでは!」
オロオロし始めたシリアン様は、軟膏の瓶をわたしの手に握らせると、テリーを引っ張って逃げるように去っていったのだった。