諦めていただきたいんですが(1)
「腕を振り回すだけじゃなくて、もっと腰からです!腰を入れてっ!」
シリアン様に鍬を持たせ、畑の土を耕してもらっている。
フードも上着も脱いで、シャツを腕まくりして鍬を振っている姿は思いのほか精悍だ。
頼みもしていないのにテリーまで一緒になって鍬を振っている。
なんて献身的な側近なんだろうか。
「これはいい鍛錬になりますね」
「そうだね」
額の汗をぬぐいながら爽やかな笑顔を見せる二人……って、いやいや、違うから。
こんなことやってられるかー!無礼者っ!!っていうのが欲しかったんですよっ。
若い男性の体力、舐めてたわ。
カボチャの収穫を終えた畝を耕し直し、堆肥も混ぜ込んだ。
母と二人がかりで三日ぐらいかけてやろうと思っていた作業が午前中だけで終わってしまった。
それはとても助かったし、ありがたいんだけれども、これは王室のやんごとない方がするような作業ではない。
「ありがとうございました。大変助かりました。ではこれでお引き取りください」
お礼として、立派なカボチャをひとつシリアン様に手渡す。
この重労働の対価がこれか!と思ってもらっても、どんだけ塩対応だよっ!と呆れられても構わない。
むしろ呆れて欲しい。
シリアン様はずっしり重たいカボチャをじっと見つめた後、顔を上げて甘く微笑んだ。
「つまり、今宵このカボチャに乗ってきみの部屋を訪問すればいいんだな?」
「違います!意味がさっぱりわからないんですが、そのカボチャは召し上がってください」
シリアン様の肩越しに見えるテリーが頭を抱えている様子から察するに、どうやらまた「残念発言」だということだけはわかった。
「本日はここまでにしておきましょう」
テリーの耳打ちにシリアン様は渋々頷いた。
「これで継母には叱られずに済みそうか?また会おう!」
継母って誰のことですか?
結局、何をしに来たのかすらよくわからなかったな…。
そう思いながらテリーに引きずられるように帰っていくシリアン様に深々と頭を下げてお見送りしたのだった。
******
シリアン王子と一緒に畑仕事をした昨日の奇妙な体験を思い出しながら朝食の支度を手伝った。
カボチャの種入りパンとカボチャスープを前に、二人の弟がうえーっという顔をする。
「またカボチャ?」
「もう飽きたー」
弟たちは学校に通うようになって急に生意気になってきた。
「カボチャに謝りなさい!罰として今日の畑仕事を手伝ってもらうからねっ」
今日は学校が休みだから、うるさい弟たちを連れ出して母にゆっくりしてもらいたい。
えーっ!と抗議の声を上げる弟たちを無視して、カボチャを薄くスライスし、素揚げにして塩を振っただけのシンプルおやつ「カボチャ揚げ」を手早く作り、まだブーブー言い続ける弟たちを連れて畑に出発した。
まさか、いるとはね…。
畑の真ん中にシリアン様とテリーが立っていた。
「ねえ、誰かいるよ?」
「あのお兄さんたち誰?」
「あれはね……人さらいよ。だから絶対に名前を教えてはダメよ。学校で習ったでしょう?知らない人に名前を教えてはいけませんって」
わたしは「モブ」として、極々平凡な人生を送っていくことを望んでいるのだから、これ以上王子様と関わり合いになってしまったら、モブ失格になってしまう。
モブがモブですらなくなったらどうなるんだろうか!?
万が一、家名を知られたら大変なことになりそうだから、弟たちにしっかり口止めした。
「人さらいなら石投げてもいい?」
なんて怖いことを言うのかしら。
不敬罪で捕まってしまうかもしれないじゃないの!
八歳男児、恐るべし…。
「ダメ!乱暴なことはしないで。斬首刑になるわよ」
弟たちとわいわい言いながら畑に近づくと、向こうも我々の姿を認めてにこやかに手を振りながら近づいて来た。
「やあ、おはよう。少々早く来すぎたかな」
「いいえ、そもそも来ていただく約束などしておりません」
「つれないなあ。もしかしてこれが『ツンデレ』って言うやつか?」
こちらが塩対応しても、シリアン様は全く動じない。
ツンなだけで、全くデレていませんが!?
シリアン様は、わたしの腰にしがみついて後ろからジロジロ見ている弟たちを見て首を傾げた。
「顔がそっくりだね。双子?」
「はい、わたしの双子の弟たちです」
「ねえ、お兄ちゃんたち、人さらいなんでしょう?」
「うちのお姉ちゃんをさらいに来たの?」
そう言われたシリアン様は、しゃがんで弟たちに目線を合わせた。
「そうだね。きみたちのお姉ちゃんをさらいに来ているのは事実だ」
ええぇぇぇぇっ!?
「はあっ」
というテリーの小さなため息が聞こえた。