1年春 初めての製図
やっと、5月のゴールデンウィーク明けから製図の授業が始まった。
製図室は機械棟2Fにあり、部屋には製図台がたくさん並んでいて、生徒50人くらいは楽に入れる広さだ。
これだけたくさんの製図台が並んでいるのを見るのも初めてで、少し緊張する。
席は出席簿順になっているので、モチダとピンパとは離ればなれになってしまった。
製図の授業は2時限続けて行われ、1時限は90分授業なので、3時間で製図を完成しなければならない。
できるだろうか・・・
ちょっと、不安だ。
教授が入って来るとざわついていた教室が静かになり、製図の授業が始まる。
まずは簡単に製図台の使い方を説明してくれる。
工業大学にくる生徒は、工業高校で学んできている生徒がほとんどなので説明は簡単で済ませているようだ。
機械系が好きでこの学校に来てはいるが、普通高校出身の自分には簡単な説明ではよくわからない。
たぶん、モチダも同じはずだ。
専門授業を受けていると、時間の経つのが早い。
製図台の使い方と図面の書き方の説明だけで、1時間が経ってしまった。
何がなんだかちんぷんかんぷんで、頭の上にはてなマークが出っぱなしだ。
「じゃ~、課題を出すぞ~」
教授がノートを見ながら、黒板に立体図を書き出した。
「この鉄の角棒にネジ穴を切った図がひとつ、それと、ネジ穴にあわせてボルトの図面をひとつ、併せて2枚の図面を作ること。図面のサイズはA4サイズ。ネジの呼び径をこれから一人一人に教えて行くので、静かに待つように。」
教授は端の生徒から歩いて回り、一人一人になにやら教えていた。
自分の所にもやってきてノートを見ている。
「黒崎君は、M8×25で書いてね。」
そう言うと、教授はノートになにか、メモを取っていった。
「なぁ、クロちゃんは呼び径いくつだった?」
前に座っている木野がサッと振り返った。
「俺はM8だったよ。これはネジのサイズだよね?」
「そうだよ、ネジの呼び径とも言うよ。」
「なるほど。木野はいくつ?」
「俺はM10。」
「へ~、みんな違うんだね。それでメモしてるんかな?」
「あれは、図面ができたときに、規格通りにできているか、確認するためだよ。」
さすがは工業高校出身者だ。
「えっと、M8だから下穴は8mmで寸法を取ればよいのかな?」
木野が間髪入れずに前のめりになった。
「ちがうよ!」
木野はニコニコしながら前を向き、すぐに振り向いて俺の製図台に教科書を置いて開いた。
「ここに、ネジの書き方、寸法の表示方法が出ているから参考にするといいよ。あと巻末にJIS規格のネジの呼び径が1部分出てるから参考にするといいよ。」
俺は早速、教科書の巻末を開いた。
「おぉ、ありがたい!じゃ、これを参考にすれば俺でもすぐに書けるんだね~」
「ここには1部分のネジの呼び径しか出ていないから、ここに載っていない呼び径を調べるには図書館に行くしかないね。」
「え~、そうなんだ。図書館は学生課の2Fにあったね。ここからは遠いな。」
「ほら、何人か教室を出ていったよ。図書館行きだね。これで30分はかかるだろうなぁ。」
教室を出ていく生徒の中にモチダを見かけた。
「モチダ~おまえもかぁ!」
モチダがこちらに気づいたようで手を軽く振って行った。
木野が手を振り返した。
「あれ?木野はモチダを知ってる?」
「いや、話したことは無いけど、手を振ってきたからね!リアクションはしないとさ!」
さすが、神奈川県出身者は都会モンだ。
「所で俺のM8は・・・載ってたか。よし、これですぐに始められる。」
「それはよかったね!さ、俺もはじめよう。」
木野は前を向いて、図面を書き始めた。
教室の中が静かになり、製図台の音だけが静かに聞こえる。
製図台にケント紙を張り付けていると、木野が振り向いてスケールとケント紙を指さした。
「ちゃんと、製図台のスケールの上下直角と水平を取らないとだめだよ。ここのスケールは結構雑だ。直角が出てない。クロちゃんのとこもちゃんと見た方がいいよ。」
「なるほど、ありがとう。」
早速、スケールの直角、水平を確認する。
「こっちは大丈夫そうだよ。」
「そう?これを確認しておかないと、図面がよれるからね。当然、教授は受け取らないから気を付けてね。」
「さすが、工業高校出だねー、助かるよ。」
「分からないことがあったら何でも聞いて。」
木野は少し斜に構えて、笑った。
図面を書き始めてから1時間は経っただろうか?
俺は集中力が切れはじめていた。
「喉が乾いた。何か飲みたい。疲れたし・・・」
木野が振り向いた。
「学生掲示板の所に飲み物の自販機があるから休憩がてら行こうか?」
「行こう行こう!」
熊田が立ち上がった。
木野の前に座っていた熊田も話を聞いていたらしい。
「腹も少し減ったなぁ・・・」
「よし、行こう!」
みんなで掲示板の所まで、だらだら歩いていく。
「さっと行って、さっと帰ってくるよ!」
木野が早足になった。
「えぇ~、ゆっくり行こうよ~」
俺は廊下の手すりにもたれ掛かる。
「俺達はいいけど、クロちゃんが困ることになるよ。」
俺は首を傾げた。
「なぜ?」
「俺たち図面の経験者だよ!後すこしで完成するけど、クロちゃんはどうかな?」
木野が後ろ歩きでこちらを向いた。
「あ~それは困る!みんな急ごうではないか~」
「調子がいいなぁ~クロちゃんは・・・」
木野が苦笑した。
みんな小走りで自販機に向かった。
ちなみに自販機の横には、銀行のATMも設置されている。
親からの仕送りはここから下ろしている。
さらにその近くに小さな売店もある。
ちょっとした文房具はここで買っている。
5インチフロッピーディスクも売っている。
今年から出来たという、パソコン実習室で使うようだ。
まだ使った事がないが、すでに購入済みだ。
自販機で買った、ヨーグレットというヨーグルトを飲みやすくしたもの?を飲んで一息ついた。
初めて飲んだが、まぁまぁいける。
「自販機がここにしかないのは、不便だなぁ。」
「機械棟にあると、みんなが授業をさぼるので、自販機を置かないそうだぞ。」
熊田がジュースを飲み終わって、大きな腹を
手でぽんぽんしていた。
「そうなん?食堂にあれば機械棟からも近いし便利そうだけどなぁ」
木野がジュースを飲み終わって、歩き始めた。
「今度生徒課に陳情してみれば?」
「いや、授業が忙しいからいいや!」
俺もヨーグレットを飲み終えて木野達に着いていく。
「さぁ、後半戦だ!がんばろ~!」
木野が笑いだした。
「がんばるのは主にクロちゃんだよ!」
「はい、がんばります!」
俺は苦笑しながら、製図室に小走りでみんなと向かった。
2時限目が終わる頃、なんとか図面ができあがった。
木野が振り返って来て、俺の図面をのぞき込んできた。
「どう?できたかい。」
「う~ん、なんとかね。」
「どれ~・・・」
木野は俺の図面を見て、教科書と見比べて、図面にスケールを当ててため息をついた。
「クロちゃん、これでは返されるよ。」
「え?だめ?」
「うん、だめ~ ここの下穴径の寸法がちゃんと出ていないよ。JIS規格で決められた寸法を表示しないと意味がないからね。」
俺は自分の図面にスケールを当てて見る。
「う~ん、ここのJIS規格ってさ、数値の範囲があるから、どれを選べばいいか分からなくてさ、この辺でいいかな~で決めたんだけど・・・だめ?」
「うん、だめ~ 簡単に下穴の寸法を出す方法を教えようか?」
「え?そんな方法があるの?教えて。」
木野は俺の教科書にえんぴつを当てて説明しだした。
「クロちゃんの呼び径はM8でピッチはJIS規格から1.25になるから、8-1.25=6.75 普通の加工では小数点第1位まで有効だから、四捨五入して6.8にする。つまり下穴径は6.8mmにするんだよ。」
「へ~、なるほど・・・」
俺はなんとなくしか分からなかったが、取り合えず、納得し図面を直した。
「これでいい?」
木野はニコニコしながら図面を見た。
「うん、OK、OK!」
「よし、完成だ!」
「教授はさ、この下穴の寸法を確認してくるから、要点を押さえて置けばまず大丈夫だよ。」
「そっか~。どれ木野の図面はどうなった?」
俺は木野の図面を見に行く。
「うわー、きれいだ!実線と破線、寸法線の違いがはっきりわかる。!」
「だろう!」
木野は銀縁めがねを指で上げた。
「これでも、製図で賞を取ったこともあるんだぜ~」
「そんな賞があるんだ。すごいね~」
「まぁね~、へへ・・。」
木野は製図の達人だったようだ。
それでいろいろ教えてくれたんだな。
木野はいい奴だ!
「それに、クロちゃんの後ろの北村もうまいんよ。」
俺は後ろにいる黒縁めがねの北村の図面を見た。
「ほんとだ、これまたうまいし、きれいだ!」
「だろう~、まぁ、俺には勝てないと思うけどね・・・へへ」
木野は鼻高さんだったのかぁ。
ほんとに図面のうまい奴が多い。これはがんばらないと、置いていかれるな。
「あれ?なんで北村が後ろにいるんだ?」
「クロちゃん知らなかった?熊田がさ、黒板が見づらいから、席を変えてもらってたの?」
「知らなかった!それに北村とは話したこと無いしなぁ。」
「何を言ってるのかなぁ・・・入学式前にオリエンテーリングがあって・・・海の何とかセンターで1泊2日で親睦を深めてたじゃん。」
「あ~、なんかそんなの、あったね!」
「あの時の俺らの班に居たっしょ。」
俺は海の何とかセンターで行われた事を思い出していた。
すると、俺の後ろや夕食の時に俺の後ろに並んでいたり、北村にお茶を持っていったりしていた。
なぜか思い出した北村に向かって矢印が点滅していた。
「あぁ、居たね!いたよ。熊田が太っているから、北村の存在が薄くなってた。」
熊田に聞こえたようで、
「呼んだ!」
熊田が叫んで振り向いた。
俺と木野は熊田に向かって、
「呼んでね~よ!」
とつっこんだ。
ちなみに2段ベッドの下に北村が寝ていたのも思い出した。
「俺、黒崎、改めてよろしくね!」
俺は北村の方に振り向いて会釈をした。
「・・・はい。こちらこそ、よろしく、です・・・」
北村は図面に向かったまま、軽く会釈した。
「クロちゃん、早くボルトを書かないと居残りだよ~」
「え?あ!まだ、ボルトがあったんだ!うわぁ、それは、いやだ~!」
それから15分後、授業終了のチャイムが鳴り響いて、居残りが決定した。
「お腹が減った~・・・」
ちなみに、さっき飲み物の自販機にみんなで行ったときにも、北村は俺の後ろに居たそうだ。
気がつかなかった。
彼は忍者の末裔か?
謎だ・・・
ホントに謎だ・・・