1年春 パチンコの日
日曜の午後、モチダの部屋で話していると
知らない人が少し扉を開けて顔を出した。
「・・・暇か?」
俺には初めて見る顔だった。
「えっと、どちらさんですか?」
「あれ?あったことなかったか?モチダとは会ってるよな?」
「はい、先日の朝、食堂で会ってます。ミシナさんですよね?」
モチダはにこにこしていた。
俺は全く見覚えが無かった。
「黒崎です。よろしくです。」
「おう、よろしく!どう、パチンコに行かないか?やったことないだろ?」
俺はモチダと顔を見合わせて、頭を横に振った。
「無いです。」
モチダも行ったことが無いようだ。
「じゃ、行こう!ほら、バスが来ちゃうからさ。」
ミシナさんは扉の隙間から顔を引っ込めた。
彼は人に物を言わせない強引なところがあるようだ。
でも、悪い気はしないのだから不思議だ。
もしかして兄貴肌なのだろうか。
「部屋に行って準備してきます。」
「おう!」
ミシナさんは玄関に向かった。
俺は2階の自分の部屋に飛んでいって財布と鍵をジャケットのポケットにつっこんで玄関に小走りに向かった。
モチダは外出用の支度をして玄関にいるミシナさんの所に行っていた。
「お待たせしました~」
「お、まだ間に合うぞ!バス停に行くぞ!」
3人は下宿の玄関を出ると、急ぎ足で下宿から15mくらい先にあるバス停に向かった。
このバス停は、バスが国道を塞がないように
バスが2台くらい入れるスペースを、国道と平行にして停車場所が作られている。
バス停の前には人が3~5人くらい入れるカウンター席だけの小さな食堂がある。
主なメニューは、おにぎり、カップ味噌汁、カップラーメン、サンドウィッチというところだ。
俺や他の下宿人もたまに、日曜日に朝食&昼食を食べに来ることがある。
料金は少し高めなので、毎回来ることはできないのがつらいところだ。
バス停で5分も待たないうちに、青八工業大学ー本八戸行きのバスがやってきたので3人は乗り込んだ。
バスの中は暖かく、ぽかぽかしていた。
3人はバスの後方に並んで座っていた。
日曜日の午後だからだろうか、他に乗っている人は少なかった。
「下宿は慣れたか?」
「だいぶ慣れました。」
俺は少し緊張気味にミシナさんの隣に座っていた。
いろいろ話して分かったことが、ミシナさんは青八工業大学の4年生なのだがあまり学校には行っていないようだ。
どうやらアルバイトをしていて、学校を休むようになったようだ。
実際、下宿で見かけることはほとんどなく、部屋に居るのかさえ分からないことが多い。
実は同じようにあまり見かけない4年生の下宿人がいる。
小林さんだ。
この人も顔を見たことがない。
部屋に居るのかさえも分からない。
「この下宿に1年生って何人入ったんだ?」
「えっと、俺とクロちゃんとツカちゃんにホブさん、あとはヤマさん、ホッタにムカイさんの7人ですね。」
モチダもちょっと緊張気味に答えていた。
「そんなに入ったのか・・・みんな北海道?」
「えっと、ムカイさんだけこっちの人であとはみんな北海道人ですね。」
ミシナさんが驚いた。
「あの背の高い人も?」
「たぶんムカイさんのことですね。ムカイさんはこっちの人ですが、元社会人で北海道で働いていたそうですよ。」
「あの人は元社会人だったんだなぁ。大学に入り直すなんてめずらしいよなぁ。」
「そうなんですかね?」
「そうだよ、あまりそんな話し、聞かないよ。よっぽど何かがあったんだろうなぁ・・・」
ミシナさんはちょっと深刻な顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「それにしてもみんな、背が高いよなぁ・・・俺たちは・・・仲良くしようなぁ。」
ミシナさんはモチダくらいの背丈で小太りだったので親近感を抱いたようで、少し笑いながら俺とモチダを見た。
「はい!」
俺とモチダもつられて笑った。
なにせ、ミシナさんとは初対面だし、どこに連れて行かれるのか不安でもあったからね。
バスに揺られること40分くらい、三日町の映画館前に到着した。
「ここで降りよう!」
俺たちはミシナさんの後をついてバスを降りた。
「ここから少し行ったところのパチンコ屋に行くぞ。」
モチダと俺はまだこの街には詳しくないので言われるままに、ついていった。
三日町のパチンコ屋の入り口には、”新台入れ替え”と書かれたのぼりが、たくさんはためいている。
このパチンコ屋さんは入り口はそんなに広くは無かったが、中は広かった。
そして音楽とパチンコ玉のぶつかる音がうるさく通常の会話では何を言っているのか聞こえないくらいだ。
それとたばこの煙が店内に充満していて、息苦しくもある。
「なにやる?羽モノ?フィーバー?」
俺もモチダもなにがなんやらわからなかったので、返事に困っていると
「まずは、羽モノだな!これから始めよう!」
ミシナさんは台を選んで俺とモチダを呼んだ。
「ここに座って!モチダはその隣な!」
俺とモチダは初めてパチンコの台に座った。
そしてミシナさんの説明が始まった。
「これは羽モノと言われる台で、この要所要
所にあるボックスに玉が入ると真ん中にある、ゼロ戦の羽が開くから、タイミング良く羽の中に玉を入れるんだ。
んで、羽が開いたときに、うまくこの真ん中のVゾーンに玉が入ると、ゼロ戦の羽が何回も開く、大当たりになるわけだ。
羽が何回も開くので弾いた玉がいくらでも羽の中に入って球数が増えるってことだ!どうだ?だいたいわかったか?」
「はい!だいたい分かりました!あとはやってみて覚えてみます!」
「うん、やってみた方が早いな!」
俺は早速パチンコ玉を入れてやってみようと思ったが、パチンコ玉の買い方が分からない。
隣のモチダを見てみると、台の脇に100円玉を入れる箇所があり、そこに100円玉を入れて、下にある筒に手を当てて上下に動かしている。
すると、手の中にパチンコ玉が落ちて来るので、それをパチンコ台の上の受け皿に入れて、右下にある丸いレバーをを軽く時計回りにひねる。
するとパチンコ玉が勢いよく弾かれて行く。
モチダはパチンコをしたことがあるのだろうか?
そんなことを思いながらモチダの動作を見ていた。
「なるほど!分かった!」
俺も見よう見まねでパチンコを始めた。
弾いたパチンコの玉をどこに当てれば良いか分からなく、苦戦しているとミシナさんが隣の台で見本を見せてくれた。
「この一番上の4本の釘のうち左から2番目に
当てるとちょうどいい具合になるぞ」
見てると釘に当たったパチンコ玉が弾かれ、ちょうど、ほどよく釘の中を流れて行き、羽を動かすボックスに、たま~に入る。
そのたびに羽が”ぴゅ~♪”という音と共に1回開く。
この感じがなんだかツボにはまる。
癖になるというやつだ。
これはなかなか、おもしろい!
100円分のパチンコ玉はあっと言う間に台の下の穴の中に消えて行った。
俺は気を取り直して台に向かった。
「よし、もう一回!」
俺は100円玉を投入してパチンコ玉を上の皿にザラザラと入れた。
そのとき隣のモチダがVゾーンにパチンコ玉が入ったらしく、ゼロ戦の羽がけたたましい音と共に開閉を繰り返した。
「モチダレバーだ!レバーで羽にパチンコ玉が入りやすいように動かすんだ!」
「はい!」
ミシナさんが駆け寄っていた。
モチダの顔が少しひきつりながら笑っている。
「箱、箱・・・」
ミシナさんは後ろの台の近くに置いてあった空の箱を持ってきて、モチダのパチンコ台の下の受け皿の下に置いた。
1分もすると下の受け皿からパチンコ玉が溢れそうになる。下の受け皿には横に引くレバーがあり、これを引くと受け皿の底面が開いて下に置いた空の箱の中にパチンコ玉を移すことが出来るようだ。
なんともうまくできている。
下の箱にパチンコ玉が2/3ほど貯まったとこ
ろでモチダの初めての大当たりが終わった。
「うおぉ・・・!おもしろい!」
モチダはすっかり、興奮しているようだ。
「まぁ、落ち着け。いいか、この箱いっぱいになったら、景品の交換所に行ってくるんだ。欲をかくとすべてを失うからな!」
ミシナさんが箱を見ながらアドバイスしていた。
「はい、分かりました!もう一回、大当たりが来たら、行ってみます!」
モチダの興奮はまだ冷めないでいた。
もう、目が博打師の目に変わっていた。
横目でモチダとミシナさんのやりとりを見ていた俺は、3回目のパチンコ玉を買って上の皿に投入していた。
羽は開くようになったのだが、なかなかパチンコ玉がVゾーンに入ってくれない。
上の皿のパチンコ玉がなくなりだしたときにやっとVゾーンにパチンコ玉が入った!
「きた~!」
これは思わず叫んでしまう。
けたたましい音が鳴り響き、羽の開閉が始まった。
「クロちゃん、レバーを調節して・・・」
モチダが俺の耳元でアドバイスしてくれている。
「モチダ!箱、箱!」
モチダは少し離れた席に置いてあった空の箱に手を伸ばして取ってくれた。
箱を台の下の受け皿の下に置いて準備完了だ!
「さぁ、来い!」
俺も興奮してきているようだ。
それに、楽しい!
大当たりが出たときの音と羽の開閉が妙に合っていてそれがくせになりそうだ!
俺の箱にもパチンコ玉が2/3ほど貯まった所で大当たりが止まった。
「だいたい分かったようだな。じゃ、俺は向こうでフィーバーしてくるから・・・」
ミシナさんは二人の肩を”ぽん!”と叩いて2列くらい離れた台に移動した。
二人ともパチンコに夢中になっていたので、肩を叩かれたのも気がつかずに、レバーを握りしめていた。
小1時間ほどの間に大当たりが何回か来たが、次の大当たりまでの間に、貯まったパチンコ玉が出た以上に消費されていく。
俺もモチダも気がつくと箱のパチンコ玉は無くなっていた。
「モチダ、交換してくるから!」
「うん、俺はこれでもう一回大当たりを狙うから・・・」
俺はパチンコ台の下の受け皿に残ったパチンコ玉を箱に移して交換所に持っていった。
どうやって交換するのが分からないで、箱を持ってうろうろしていると、従業員の女性が話かけて来た。
「交換ですか?こちらにどうぞ~」
彼女は俺から箱を受け取るとメーターのついている機械の箱の中にパチンコ玉を入れた。
パチンコ玉は一瞬で消え去っていって、メーターに数字が表示された。
「なにと交換しますか?それともライターと交換しますか?」
「えっと、すべてお菓子に交換してください。」
「適当でいいですか?」
「はい、お願いします。」
「分かりました~」
彼女は慣れた手つきで、板チョコレートとスナック菓子を何個か紙袋に詰めてくれた。
「ありがとうございました~またよろしくおねがいしま~す!」
「あ、はい、どうも~」
彼女たちは同世代だろうか?
にこにこ笑顔で慣れた手つきで紙袋を渡してくれた。
そこにミシナさんがやってきた。
「お、景品と交換したんだ!」
「はい、少しですけどね。ミシナさんはどうでしたか?」
「いやぁ、今日はだめだったな。こんな日はすぐに撤退した方が身のためだな。」
ミシナさんはたばこを吸いながら笑っていた。
そこにとぼとぼとモチダが歩いてきた。
「お、どうだった?」
「だめでした。2回も大当たりが来たのに、その後ぱったり来なくなって、気がついたらすっからかんでした」
モチダは元気のない笑いをして見せた。
「まぁ、そんなもんさ。こういうのはやめ時が難しいんだ。」
3人はパチンコ屋の出入り口付近にあるたまり場で、今日の反省会?をした。
「クロちゃんは?」
「俺は2回大当たりが来たけど、その後はぜんぜんだったから、下の受け皿に残してあったパチンコ玉を景品交換に持っていったよ」
モチダに板チョコを渡した。
「そっか・・・ありがとう・・・」
モチダは少し悔しそうだった。
「あ、ミシナさんもどうぞ。」
袋から板チョコをもう一枚出して、ミシナさんにも渡した。
「お、ありがと!初めての戦利品だな。」
「そうですね!あはは・・・」
俺は思わず笑ってしまった。
「また今度来ような、クロちゃん!今度は勝つ!」
モチダがまだ興奮冷めていないようで、もう次回来ることを決意したようだ。
パチンコ屋から外に出ると、ものすごく耳が軽くなった気分だ。
それに、空気がおいしい。
思わず伸びをしてしまった。
「二人とも、この後、俺の所に寄っていくか?」
「・・・はい?」
「いや、いいとこだからぁ。」
ミシナさんはニタニタしながら歩きだした。
二人とも意味が分からずも着いていくことにした。
街の中を少し歩くと、ミシナさんがビルの中に入っていった。
「このビルの地下な。」
俺とモチダはちょっと不安になった。
ビルの入り口には、スナックとか飲み屋の名前が入っている看板が並んでいたからだ。
「・・・はい。」
俺とモチダは、おそるおそる、階段を降りていった。
ミシナさんが奥の店の扉を開けて待っていてくれた。
「こっちだ!こっち!」
「あの~、ここは・・・」
「まぁ、いいから入れ!」
「はぁ・・・」
中に入ると少し薄暗かった。
ミシナさんはカウンターに座ったので、その隣に俺とモチダは座った。
「いらっしゃいませ~何に、なさいますか~?」
「そうだな・・・コーラ3つな。」
「はい、分かりました!」
俺は店内を見渡していたが、モチダがカウンターの中をまじまじと見ていた。
「あれ?ホッタ?・・・ホッタだよね?」
「え?ホッタ?」
カウンターの中にはホッタがいた。
ホッタはうちの下宿人で2号室の機械科の同期だ。
「あぁ、ばれたか~。みんなには内緒な!」
ホッタはばつが悪そうにコーラをコップに注いだ。
「はい、どうぞ~」
ホッタがコーラをついだコップを差し出した。
「ホッタはここでバイトをしてるんだ。俺の店で・・・」
ミシナさんがコーラを飲みながらつぶやいた。
「えぇ~!ここって、ミシナさんのお店なんですか?」
俺はもう一度、店内を見渡した。
「そ、ミシナさんはここの雇われ店長さんで、俺はバイトに雇ってもらったのさ。」
ホッタがコーラを差しだしながら、説明してくれた。
「昼間は喫茶店で夜からはお酒を提供しているんだ。」
「だから、土日は見かけなかったのか?」
「普段の日も、休講があれば、ここに来てバイトをしているんだ。」
「お金に困っているのかい?」
モチダが心配そうにホッタを見た。
「いや、車がほしいだけ。ほら、下宿の周りって何もないだろ?俺は車が好きだからさ、中古車でも持ちたいなって・・・」
ホッタがコップを拭き始めた。
「で、たまたま、俺が下宿に行ったら、ホッタと会ってさ、いろいろ話しして、バイトがしたいと言うから、なら、おれの所で雇ってやるとなったわけだ。」
「いや~、マジ助かったっす!学校があるので、夜遅くまではできないスけど・・・」
「いや、助かってるよ。土日は喫茶店としてお店が出せるからさ!」
ミシナさんはコーラを飲み干した。
「いやいや、ミシナさんも学生ですよね?学校は大丈夫なんですか?」
俺はつい身を乗り出した。
「オレ?俺はもう、学校を辞めるから。自分のお店がほしいから、ここで修行中さ。」
「そうなんですか・・・なんかもったいないですね・・・いろいろと・・・」
「でもさ、俺は今勉強がしたいんじゃないんだよなぁ~・・・お店を持ちたいんだよ!それに、このお店ってオーナーがおじさんなのだよ!」
「そんな、ドラマみたいなことがあるんですか?」
「あるんだよ~これが・・・叔父は今、ギックリ腰で養生中・・・それで俺がお店を手伝っていたんだけど、なんか・・・合うんだよなぁ・・・この雰囲気とか・・・匂いとかがさ。」
ミシナさんはカウンターの中に入って、シェーカーでカクテルを作り出した。
流れるような手つきで、お酒を計り、シェーカーの中で「シャカシャカ・・・」とここちいい音と共に混ぜ合わせていく。
カクテルグラスにぴったりの量をシェーカーからそそぎ入れると、グラスの中にきれいな青色が広がる。
そのカクテルグラスをモチダの前に差し出した。
「飲んでみ!」
「はい・・・くっ・・はぁ~す~っとする!」
「そうだろ!ただのハッカ水だからな!未成年にはお酒は飲ませられんからな!あはは・・・」
あぁ、なんか分かるような気がしてきた。
確かにこの雰囲気は、心地よい。
やさしい音楽が流れて、きれいなカクテルを片手に、仕事の話し、趣味の話し、恋愛の話しをしている、そんなお店が、ミシナさんは好きなのだろう。
「あれ?パチンコって、何歳から?」
モチダが頭がすーっとしたのか、思い出したように叫んだ。
「おまえらは大丈夫だよ。18歳以上ならOKだ。」
「はい、もうとっくに19歳です!」
俺は得意げに答えた。
「遅生まれなので、まだ18歳です・・・」
モチダが苦笑しながらカクテルグラスに口を付けた。
ミシナさんがモチダをなだめるように・・・
「そっか、まぁ、あれだ!社会見学と言うことで、な!」
俺もつられて・・・
「今度パチンコに来るときは、誕生日後だな。」
「うぅ・・・マスターお代わり・・・」
モチダはカクテルグラスを「ス~っ」と出した。
ホッタがグラスを磨きながら・・・
「お客様、お酒は20歳になってから・・・でございます!」
モチダはカウンターにひれ伏した
「うぅ・・・」
お店の中には、穏やかな笑い声とジャズが流れていた。