1年春 バイクが飛んだ日
眠くて、けだるい午前の授業が終わり、2階の教室から、たくさんの学生が出てくる。
出てきた学生は、学食に向かう者、そのまま帰る者、そして俺のように学生ホールに向かう者がいる。
俺は青八工業大学 機械工学科の黒崎だ。
今年入った1年生だ。
まだ生活環境に慣れていないので、午後の予定などを1階、学生ホールにある掲示板で確認する。
午後の授業はどうなっているかなぁっと・・・
眠たい目をこすりながら掲示板の張り紙を眺めていると
「よぉ!クロちゃん!午後の授業は休講だよん!」
そう言って、背中をつついてきたのは、ピンパだった。
彼は同じ青八工業大学機械工学科1年の同期生だ。
小柄な体のくせにスズキのGS400Tに乗っている。
このバイクは400にしては大型で結構重たい。
それなのに、ピンパは軽く乗り回している。
「学食に行って卵焼きとご飯と味噌汁の昼食と行かないかい?安いし量も多いしおいしいよん!」
ピンパのめがねの中の目が優しそうに微笑んでいる。
その横でアライさんが頷く。
このアライさんはピンパと同郷同期生でバイク仲間でもある。
背が高く、長髪でめがねをかけているが、学科が違っていて、彼は建築工学科だ。
ちなみに「アライ」とは被っているヘルメットのメーカー名から取った、あだ名だ。
「そのあとでバイクで海岸線を走りに行かないか?今日は天気も良いしツーリング日よりだ!」
長髪の中で黒縁めがねが見え隠れしているアライさんが遠い目をして誘ってくれた。
「ツーリングかぁ、いいね!行くよ。けど俺今、金欠なんで、下宿で即席ラーメンを食べるよ。あとで下宿に寄ってくれるかい?」
「グッ~!」
ピンパとアライさんは親指を立てて、”にかっ”と笑った。
二人はヘルメットをぶら下げながら学食に向かって行った。
俺は明日の予定を掲示板で確認してから下宿に向かった。
下宿は学校から徒歩5分位のところにある。
学校から下宿までは林のそばを通る、通称”けものみち”を歩く。
軽自動車がやっと走れるくらいの狭い道路だ。
それに雨が降ると泥の道と化け、歩く物の靴を泥まみれにしてくれるやっかいな道だ。
俺がご厄介になっている「宝田下宿」は、建築現場にあるプレハブを大きくしたような建物で、木造2階立て外壁は緑色の鉄板で覆われている。
玄関を入ると真ん中に廊下が走り、右側にトイレ、左側に食堂、その奥、両側に下宿人の部屋がある。
基本、部屋は6畳1間。
1階の部屋数は南側に2部屋、北側に3部屋。
2階も同じ作りで真ん中廊下で、両側に部屋、南側に3部屋、北側に4部屋という作りだ。
しかし、2部屋だけが特別部屋になっている。
一つは食堂の上の部屋で、両隣が無いので完全個室になるためその分、部屋代は割高だそうだ。
もう一つは、2階奥の北側の部屋。
変形4畳半なので、その分部屋代が安いそうだ。
個室は3年生のチョーさんの部屋で、変形4畳半がモチダの部屋だ。
下宿の玄関の引き戸を開ける。
カララ・・・
「ただいまぁ・・・」
返事をする者はまずいないが、なんとなくつぶやく。
たまにトイレに来ていた下宿人が返事をすることがある。
玄関に入ると右側に下足箱があり、上履きの代わりにスリッパが入っている。
しかし、下足箱をきっちり使う者は少ないようで、いつもスリッパがスノコの上に散乱している。
なのでよく大家さんのおばちゃんに怒られる。
食堂の横の南側階段を上がり、階段の突き当たりの北側部屋で、12号室6畳間が自分の部屋だ。
部屋に入ると、すぐ右横にある押入の中から即席ラーメンの袋と片手持ちのアルミの鍋と箸を取り出し、1階にある食堂と階段の間にある洗面所に行く。
ここには下宿人が3~4人並んで歯が磨けるくらい長い流し台が置いてあり、その奥に有料のガス台が置かれている。
ちなみにガス代の前には、洗濯機が置いてあり、無料で使用することができるのでとてもありがたい。
ガス台の使用料は3分10円だ。
ガス台の横にお金を入れる箱があり、10円玉を入れてレバーを動かすとガスが3分間出る仕組みだ。
温泉旅館等の湯治場にあるエンジ色のガス台の自販機によく似ている。
だいたいラーメン一人分なら3分あればなんとか出来上がる。
片手持ち鍋なので、ラーメンを作ったら、そのまま鍋からラーメンを食べる。
洗い物が少なくて済むからだ。
2階の部屋に上がるのも面倒なのでガス台の前でラーメンをすする。
なにも入れない素のラーメンだがせめて今度はコショーを買って来て入れよう。
玄関の方からバイクのエンジン音が聞こえて来た。
ドドッドドッ・・・
玄関の前は車が3台ほど並べておける砂利が敷いてある駐車場がある。
俺はラーメンをすすりながら、この音はピンパのバイクの音だと分かった。
ピンパのGS400Tは4スト2気筒なので排気音が低く特徴がすぐに分かる。
そしてもう一台のバイクの音がかぶって聞こえてくる。
これはGSX250E、アライさんのバイクの音だ。
こちらの音は4スト2気筒250ccなので音が少し軽めだ。
「ごめんください・・・クロちゃんいるかい」
ピンパが玄関で呼んでいる。
「ちょっとまって!もう少しで食べ終わるから~」
俺は鍋を持ったまま洗面所から顔を出した。
「ピンパ達はもう食べてきたのか?早いなぁ」
玄関に入ってきた二人はそろって親指を立てて頷いた。
「グッ!」
「今日の卵焼き定食はとろとろ半熟でうまかった!」
アライさんが黒縁めがねを右手で軽く上げながら微笑んでいた。
とても満足そうだ。
「それ好きだなぁ、おまえらは・・・」
思わず笑ってしまった。
「外で待ってて、すぐに行くから!」
俺はあわてて、残りのラーメンを腹に流し込み、鍋を洗い、2階の部屋に駆け上がっていった。
あ、階段は静かに上がらないといけない。
下の部屋の住人から怒こられるからだ。
下宿人の中には昼間に寝ていることもあるから、気をつけなければいけない。
足音をたてないように”こそっ”と部屋に駆け込み、上着を着てバイクのキーとジェットヘルメット(黒色)を持って玄関に向かう。
外で待っていた二人はバイクに持たれてなにやら話し込んでいた。
二人を横目に下宿の北側にあるトタン屋根のバイク置き場に行く。
このバイク置き場は屋根はあるが、壁が北側にトタンが貼ってあるだけなので、ほぼバイクは、吹きさらし状態だ。
なのでバイクカバーは必須だ。
俺のバイクはCB50J(黒色)、50ccの原付バイクだ。
4ストローク単気筒で馬力は無いが、燃費がものすごく良いので財布にやさしいのだ。
「お待たせ~」
俺はバイクを二人のバイクの横に並べた。
「クロちゃんのバイクはいつもピカピカだな~」
バイクを褒められると、なんだかうれしい。
「まぁねぇ~、暇があると乗ってるからね。乗った後は、磨かないとね!」
アライさんが頷きながら
「ピンパも見習うべきだな」
「俺はこれでいいんだよん、バイクがでかいから磨くのがたいへんだから~」
そういいながらバイクにまたがってヘルメットをかぶった。
「ピンパ、どうしようか?砲台コースで行くか?」
アライさんがバイクにまたがりながら聞いた。
「いいんでないん~、階上役場の裏から海岸にむかって行こう。」
「クロちゃん、ゆっくり走るからついてきてねん。」
「あいよ。」
二人はセルでエンジンを始動した。
どきゅ!どっどどっ・・・!
「・・・いい音だな。俺もいつかは・・・」
俺はヘルメットをかぶりながらつぶやいた。
俺もCB50Jのエンジンをかける。
キーをひねってイグニションON、クラッチをにぎり、左足つま先でギアチェンジレバーを動かし、ミッションをニュートラルに、緑のランプを確認したら、支える足を入れ替えて、キックペダルを右横に出して右足でキックする。
ぶぉん!ストトト・・・
このCB50Jはエンジンのかかりは良い方だと思う。
ほぼキック一発でエンジンが掛かる。
車体を軽く左右に揺らして、ガソリンの残り具合を確認する。
まだ、たっぷり入っているようだ。
「準備OK~!」
ピンパ達は後ろを見てこちらを確認するとゆっくり国道を右に曲がって走り出した。
俺もあわてずゆっくり二人のバイクについていく。
原付に合わせて走ってくれているので、二人には申し訳なく思う。
ピンパが先頭を走っていて、アライさんが2番手を走っていたが、左に寄って左手で先に行けと合図してくれた。
俺はアライさんの右横を抜けてピンパの後ろに付けた。
アライさんは車間を広くとってついてきてくれる。
こうやって一緒に走ってくれるとバイク初心者の俺は安心することができる。
バイクは基本キープレフトで走る。
原付ならばなおさらだ。
二人はバイクで学校に毎日通っているせいか、ライディングが綺麗で安定している。
国道を少し走ったところで、俺たちが通っている青八工業大学校の校門が右側に見えてきた。
校門を入って、左側にバイク置き場、駐輪場が見える。
いつもピンパ達はこの駐輪場にバイクを置いているそうだ。
バイクを止める場所は決まっていなく、空いているところに駐輪してよいようだ。
しばらく走ると右側にカモメライセンススクールが見えてくる。
自動車学校だ。
いつかはここで、中型自動2輪の免許を取りたいと思っているが、いつになるやら・・・
階上町役場前の交差点で左に曲がる。
ここからは、海岸に向かって下りの道になっていて周りは畑や林になっている。
民家も点在している。
ゆるいコーナーが右に左に続くのでバイク乗りには、とても楽しいし、流れる風が気持ちいい!
下り坂なので、CB50Jでも楽しめる道路だ。
しばらく走ると踏切があるので減速に入る。
八戸本線だろうか・・・踏切を一時停止して左右をしっかり確認する。
踏切を越えると海が見えてくる。
海岸線の道路に出ると左に曲がる。
右に行くと港にいけるようだ。
この先、海岸線を道なりに走れば砲台に到着する。
海岸線を走るのはとても好きだ。
コーナーが多いし高低差も多いので楽しいし、それに潮風も心地よい。
前を走るピンパが先に行けの合図を出しているので、横をすり抜けて先頭に立つ。
海風が気持ちいい!
「海岸線は最高だ~!」
思わず叫んでしまう。
このあたりは種差海岸だ。
海岸線沿いの砂浜や青い海がきれいだ!
もう少し先に行くと白浜海水浴場が見えてくる。
白浜海水浴場の道路を挟んで向かいにあるホテル?旅館?をマンガでみた記憶がある。
「桜桃物語」に出てくる、「潮騒旅館」(だったかな?)にそっくりだ。
桜と浩介が初めての二人だけの旅行で、愛を確かめ合った場所だ。
・・・だったと思う。
こんどゆっくり見に来よう。
この時間帯は車の通りも少ないので、ゆっくり走っても他の車のじゃまにはならない。
白い砂浜を横目に見ながら走っていると、白いバイクが後ろから抜かしていった。
ぶわぉん・・・!
「うわっ!結構飛ばしているなぁ!」
この先はゆるい登りの右コーナーですぐに左コーナーになる。
いわゆるS字コーナーになる。
ライン取りを綺麗にとらないと反対車線にはみ出してしまう危険な道路だ。
俺は海岸に沿ったS字コーナーの先をちらっと見て前を見直した。
「あれ?前に走って行った白いバイクがいない?」
「消えた??」
ズゥドォドォ・・・!
そのとき、後ろを走っていたピンパとアライさんが俺を抜かして走り去っていった。
排気量が大きいバイクはスロットルを軽くひねるだけで加速できるので、うらやましい。
ピンパ達はS字コーナー入り口でバイクを止めて、道路外に降りていった。
この道には横に入る道はない。
もしかしてと思いながら、俺もS字コーナーの入り口でバイクを止めた。
白いバイクはコーナーを曲がりきれずに道路外側の斜面に横たわっていた。
ここには丈の長い草が生えていたので、バイクとライダーには、損傷は無いように見えた。
白いバイクは草の斜面に、タイヤ側を上に、タンク側を下にして倒れていた。
ライダーはヘルメットを被ったまま、バイクを起こそうとしていたが、なかなか起こせないでいた。
バイクが逆さま状態なので一人では起こすのは無理そうだ。
ピンパ達はすぐに駆け寄り、バイクを立たせようとしていたが、なかなかうまく行かないようだ。
俺もすぐに斜面に降りていき白いバイクを起こすのを手伝った。
タンクの給油口からはガソリンが少し漏れて来ていて、気が焦る。
俺はハンドルを持ち、ピンパとアライさんはバイクのタンク側に降りてバイクを立ち上げるようとしている。
俺とライダーは上からバイクを立てようとハンドルをつかみ、”いっせーのせ!”でピンパたちと息を合わせて、バイクを引っ張り立たせた。
起こしたバイクを道路まで4人で移動させる。
移動させるバイクは異常に重たく感じる。
ピンパがライダーに話しかけていた。
「大丈夫かいん?、痛いところはないん?」
ライダーはまだあわてている様子でいた。
「だ、大丈夫です・・・、あ、ありがとう・・・」
そういうと、ばつが悪そうにバイクにまたがりエンジンをかけた。
「キュルルルルル・・・・・」
なかなか、エンジンがかからない様子で、ライダーは右に左にエンジンの様子を見ていた。
「ぶばぉあぉあぉあ・・・!」
マフラーから白煙が上がった。
なんとかエンジンがかかったようだ。
ライダーはちらっと俺たちを見て軽く会釈をすると、すぐに前に向き直し、S字コーナーを走り抜けて去っていった。
「う~ん、何だったんだ・・・」
俺がバイクにまたがっているとピンパが横に来た。
「はずかしかったんじゃないん?」
アライさんは隣で頷いていた。
「ホンダのVT250Fだったね」
「赤いフレームがおしゃれだよねん」
ピンパはバイクにまたがりながら言った。
「ここのコーナーは外側に砂が溜まっている
から、これにタイヤが滑ったのかもしれないな。」
アライさんが道路縁の砂を足ですりすりしていた。
「うん、ハイサイド気味になって外に落ちていったような感じだねん。」
ピンパはバイクのキーをひねりながら言った。
俺はなるほどと思いながら聞いていた。
「海岸線は砂が多いからあまり外側を走らな
い方がいい、コーナーは慎重に!」
アライさんもヘルメットをかぶり直しながら言った。
「俺は原付だし、飛ばせないから大丈夫!」
少し笑いながら後ろを見ると、二人とも親指を立ててこちらに向けて笑っていた。
「グッ!」
「ほんと、ふたりともそれ、好きだなぁ」
笑いながらキックペダルを踏んでエンジンをかけた。
「うわぁ~、海だ~!地平線がはっきりよく見える~!」
砲台に着いた俺は、海に突きだしている大砲が載っていたと思われる台の上ではしゃいでいた。
海面から20mくらい上にある砲台は、昔はここから海を守っていたのだろうか?
反対を見ると下に広い駐車場が見える。
バイクはここに置いて砲台に上ってきた。
駐車場の端に喫茶店が建っている。
すぐ裏が崖になっている。
なんでここに喫茶店を建てたかと思える場所だ。
海の方向に向きなおすと、遠くに船が見える。
ここから見えるくらいだから大きな船だろう。
うみねこもたくさん飛んでいる。
柵に手をかけて叫んでみた。
「海のばかやろ~!」
ピンパとアライさんがタバコを吸いながら俺の横に来た。
「海が怒って、嵐になるから、その言葉は禁句だ!」
「なるほど、海は悪くないもんな!」
思わず3人で苦笑しながら、海を眺めていた。
「最近VT250Fを見かけだしたね。」
「ホンダの新車だからね、人気が出てきてるよねん!」
「そうなんだ、今度試乗したい。」
「知り合いに、乗っているやついないんだよねん、残念・・・」
ピンパとアライさんは残念そうにタバコをふかしながら、海を眺めていた。
「帰りはどうする?」
「せっかくここまで来たんだから、蕪島によっていかないん?」
「あそこかぁ・・・」
「あそこだよん・・・クロちゃんは初めてじゃないかな?」
「”かぶしま”? 聞いたことがないなぁ・・・ここから近いの?」
「ここから先に行くとすぐだよん。」
「じゃ、行ってみようかなぁ。」
ピンパとアライさんは親指を立てていつものキメポーズを見せた。
「グッ!」
「ほんとに好きだなぁ・・・それ!」
3人は階段を降りて駐車場に置いてある、バイクにまたがった。
「先に行くからついて来てねん!」
「ほい!」
ピンパとアライさんはバイクのエンジンを掛けると、きれいに転回して道路に出ていく。
簡単そうで実は難しいバイクの転回。
CB50Jでは馬力がないので普通に回り込んで道路に出た。
少し行くと、霧笛灯台が見えてきた。
こんな近くに霧笛の灯台があるのもめずらいい。
今度は霧の時に来てみたい。
たぶん迫力のある霧笛が聞けるかもしれない。
霧笛灯台をあとにすると、下り坂になった。
右側が開けてきて、港湾が見え隠れしている。
坂の下の方には、水産学校が見えてきた。
ここも景色のいい場所だ。
踏切を渡ってしばらく走ると、小高い山が見えてきた。
うみねこがたくさん飛んでいる。
バイクを蕪島入り口近くに止めるていると、うみねこが頭の上を飛び回っていった。
「ここが、蕪島だよん。」
「そう、ここが”運”の付く島だ。」
島には鳥居があり、そこから頂上に登る石階段がある。
島といっても地続きの岬といった感じだろうか。
頂上には神社がある。
「蕪嶋神社」だ。
早速、階段を上がっていく。
周りにはうみねこが至る所に巣を作っていて、柵の上にはうみねこが列を作って羽を休めている。
手を伸ばせば捕まえるくらいの距離にうみねこはいるのだが、まったく威嚇してこない。
頂上に着くと、神社の周りを歩ける道ができていて、島を一周することができる。
とにかくうみねこが足下にも空にも至る所にいる。
「ここからの景色もいいね~」
「うん、そうだねん・・・」
「そうだな・・・」
二人は何かに警戒しているようだ。
そういえば、ヘルメットを被ったままだ。
「こうもたくさん、うみねこがいるとのんびり景色もみていられないね。」
「うん、早く下に降りよう・・・」
「そうだな・・・」
二人はさっさと階段を降りていった。
「そう急がなくても、いいんじゃない?」
俺はのんびり神社の裏や周りの景色を眺めていた。
「クロちゃん、バイクがやばいことになってるよん!」
「えぇ、何?・・・今行くよ~!」
階段を降りてバイクに近寄ると、タンクにうみねこの”糞”が転々としている。
「えぇ・・・!せっかく磨いたのに~!」
「クロちゃん、頭にもついているよん!」
「えぇ~!」
バックミラーで頭を見てみると、白いゲル状の”糞”が髪に付いていた。
「ピンパ!取って!ティッシュで取って!」
ピンパは俺の手からティッシュを受け取るとそっと拭き取ってくれた。
アライさんはバイクのエンジンを掛けて、うみねこの飛んでこない道路付近まで避難していた。
「お~い!ピンパも避難した方がいいぞ~!」
かぶっていたヘルメットを脱いで、うみねこの”糞”を拭き取りながら叫んでいる。
「クロちゃん、ここから移動しないときりがないよん!」
ピンパもすぐにバイクに跨り、エンジンを掛けて、避難した。
俺もすぐにバイクのエンジンを掛けてアライさんの近くに避難した。
「これで分かった?”運”がついたでしょ?」
アライさんが、他に”糞”が付いていないか見ていた。
「確かに頭に”運”が付いたけど・・・これは臭くていやだ!」
「クロちゃん、ヘルメット脱いで階段上っていくんだもん。」
「それで二人はヘルメット被っていたんだね!先に教えてよう~」
「まぁ、これもいい経験だよ。」
「ぐっ!!」
あはは。
いつものキメポーズで二人に笑われた。
3人は”運の付いた”蕪島を後にして、町中を抜け国道に出て来た。
ピンパとアライさんとは国道の交差点で分かれた。
「じゃ、また学校でねん~」
「うん、今日はありがとう。またね~」
二人は交差点を曲がって下宿がある街に向かってバイクを走らせて帰っていった。
俺はここから下宿に帰るには、国道を学校に向かって走っていくだけだ。が、
その前に俺は頭の上にティッシュを1枚乗せて、その上にヘルメットを被り直した。
ものすごくうみねこの”糞”臭い!
ヘルメットの中にこもっている感じだ。
この匂いを嗅ぎながら、下宿へとバイクを走らせた。
そして、下宿に着いて、いの一番に洗面所で頭を洗ったのは言うまでもない。
とんだ”運”の付いた日だった。
その夜、寝る前にふと思いついた。
日記をつけることを・・・
せっかく頭に”運”も付けたことだし。
毎日はたぶん書けないので、何かあれば書く事にしよう。
早速、まっさらな大学ノートを取り出し、今日の出来事を書いていく。
表紙には”日記”と書いたが、何かさみしい・・・
”運”を付けたのが、うみねこだったので、”うみねこ日記”・・・
う~ん、かっこよくない・・・
なので・・・
”うみねこダイアリー”
なんとなく響きがいいね!
これに決定!
この”うみねこダイアリー”がたくさんの思い出で埋まることを考えながら、今日のことを書いて、眠りについた。
明日も楽しいことがたくさんありますように・・・