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後宮茶妃伝 ~寵妃は愛より茶が欲しい~  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
寵妃は愛で茶を沸かす

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58/90

お茶の産地の異変

 後宮の最南端には、後宮の中でも一際広く壮麗な殿がある。扁額に描かれた文字は『雅綾殿』。

 皇后の住う宮の名前だった。


 現在その雅綾殿近くの内庭には、茶木が植えられている。

 見渡す限りに広がる茶木の畑に月明かりが照らされて、その青青しい葉の色を映し出す。思いのほかに壮観だった。

 この茶木広がる夜景を満足そうに眺めながら、采夏と黒瑛が静かに茶を嗜んでいた。

 茶受けに、氷で冷やした桃や葡萄、ライチなどの果実を広げている。

 夏の盛りの今の季節、昼間は茹だるような暑さだが、夜になるとその暑さも鳴りをひそめ夜風が心地よい。


「それにしても、この暑い時期にも熱いお茶を好むとは、さすがだな」

 皇帝が、湯気の出る碗を持って飲んでいる姿を見て、冗談めかしてそう言った。

 黒瑛も茶を飲むこともあるが、昼間はもっぱら果実水を口にすることが多くなってきた。


「まあ、陛下、ご存知ないのですか? 湯の温度は熱くとも、茶は本草学にて「涼性」の性質をもっています。つまり体を冷やす効果があるのですよ。ですから、夏にこそお茶は飲まれるべきなのです」

 うんうんと、満足そうに頷いて采夏は言うと、再び茶に口をつけた。

 黒瑛をもつられて茶を口にする。


「涼性か……。確かに、すっきりとした味わいは、涼しげかもしれない」

 と言って温かい茶を飲む。飲むと熱い湯が喉を通り一瞬、体が温まるような感覚を覚えるが、それも次第に落ち着いて涼やかな茶の香りを感じる。

 本草学にはそれほど詳しいわけではないが、涼性を持つと言われればそうかもしれないと思えてきた。


「ところで、陛下、碧螺春のことですが、何か分かりましたか?」

 采夏にそう尋ねられて、黒瑛はゆっくりと座椅子の背もたれに寄りかかった。

 今日の采夏はいつもと違ってどこか剣呑な雰囲気があったが、この話題のためかと黒瑛は内心で納得する。


「今、礫に調べてもらっているが、まだ詳しいことは分かってない。道湖省は、青国の北限だ。調べに行くと言っても時間がかかる」

「そうですか……」

 気落ちしたような采夏の声に、きゅっと胸を締め付けられた。


(くそ。北州の顔を立てないといけないとかの面倒なこと全部かなぐり捨てて、呂賢宇を絞り上げて吐かせようか)

 黒瑛の心の内に黒い思いが沸く。

 だいたい、道湖省で何かが起こっているのに、何もないと皇帝である黒瑛に嘘をついているとしたら呂賢宇は罪人だ。そして、逆に何も気づいてないのだとしても、それもまた責任者として罪にあたる。

 北州の一族でなかったら、問答無用で捕らえていたかもしれない。

 あの気の弱そうな男を内心で罵っていると、「へーいかー!」と妙に明るい男の声が聞こえてきた。

 その声の主に心当たりのあった黒瑛は思わず顔を顰めた。

 やってきたのは虞家の兄弟の兄にあたる礫だ。

 秦漱石を共に打倒すると誓った仲間で付き合いも長い。

 気安い話し方も許しているし、大体のことは無礼とも思わない。

 背格好が黒瑛と似ていて、たまに影武者になってもらうこともあるぐらいには信用している。

 だが、采夏と過ごしている時に当然のようにやってくるのはどうだろうか。

 そもそもここは男子禁制の後宮だ。


「おい、礫、なんでここにいるんだ」

 ため息混じりにそう言うも、本人は全く気にせずペロッと舌を出して片目をつむって見せた。


「ごめんごめん。ちょっと、報告したいことがあったから来ちゃった!」

 きちゃったじゃねえよ、と黒瑛は内心あらぶったが、口に出すのはやめた。

 礫には口喧嘩で勝ったことがない。何をいっても動じないし、責めたら責めたで逆に喜ぶような男だった。


「礫様、お久しぶりです。礫様は相変わらず神出鬼没ですね!」

 采夏も普通に明るく挨拶をしてくれてるのが、幸いだ。普通の皇后だったら、突然の闖入者に怒っていてもおかしくない。


「采夏ちゃんも久しぶり! 陛下と采夏ちゃんが一緒にいるって聞いたから、ちょうどいいと思ってきたのよ。碧螺春の産地、道湖省のことで変な噂を聞いてね」

「道湖省の噂ですか?」

 礫の言葉に采夏が身を乗り出した。


「そう。采夏ちゃんも聞きたいでしょう? あ、ちょっと一杯お茶飲ませて。急いできたから喉乾いちゃって」

 そう言って、礫はちゃっかり黒瑛と采夏の間に座ると、黒瑛の飲みかけの茶碗を奪って口に含んだ。

 流石に無礼過ぎる気がしたが、咎めたら咎めたでやはり喜ぶような男だと知ってるので黒瑛は見逃す。

 それよりもと、話の続きが気になった。


「で、わざわざ二人の時間を邪魔しに来たんだ。有益な情報なんだろうな」

「有益かどうかは分からないけど、これは二人の耳に入れるべきかなって。商人から聞いた話なんだけど、碧螺春が不作と言うのは、嘘なんじゃないかって」

「どう言うことだ?」

 黒瑛は訝しんだ。

 皇帝の元には碧螺春が虫害により不作ということで聞いている。故に今年の茶葉は届かなかった。


「春先に碧螺春の茶畑の近くを通った商人の話では、確かに、茶の葉っぱの香りがしたんですって。しかも、どちらかというと例年よりも強く茶葉の香りがしたらしいわ。離れた場所でも風に乗って茶畑の香りが十分飛んでくるぐらいには、畑に茶が芽生えていたんじゃないかってことね」

「呂賢宇は嘘をついているということか?」

 黒瑛はそう呟くと、礫に目線で話の続きを促した。


「それともう一つ、最近、碧螺春の茶畑周辺の警備が厳重になってるらしいわ。どうやら、人手を増やしてるみたいで」

 礫の報告に黒瑛は訝しんだ。

 碧螺春は青国の有数の名茶だ。龍井茶を生産している龍井村と同じように、その製法を秘匿するために周りを塀で囲み守ってはいる。しかしそれも必要最小限。

 だいたい何故今、不作だと言う茶畑の警備を増やす必要があるのだろうか。


「で、これが一番やばそうなんだけど、その増えた人手って言うのが、異国民のような格好をしてるらしくてね」

「異国民だと!?」

 思わず黒瑛から大きい声が漏れる。


「ま、噂だけど、でもなにもなければそんな噂もたたないでしょう?」

 黒瑛は口元を片手で隠し、視線を斜め下に向ける。考える時の黒瑛の癖だ。


(異国民が碧螺春の茶畑の警備に関わっている? いや、茶畑の警備というが、どちらかといえば監視なのではないだろうか……。まさか、私の知らぬところで、異国民に侵攻されたか?)

 そもそも異国の民が、青国にいるということがあり得ない状況だ。


「不作でない様子の碧螺春の茶畑に、異国民が関わっている。もしや、虫害と言って、碧螺春を国に出さなかったのは、異国民に茶を流していたからか?」

 そう推測をした黒瑛は、呂賢宇と謁見したことを思い出す。

 呂賢宇のそばには、布で顔のほとんどを覆って隠していた男が側にいた。

 うっすらと布の隙間から見える肌は浅黒かった。

 彼は、異国民なのではないだろうか。

 そしてその鋭い目をした呂賢宇の従者は、呂賢宇を見張るためについてきたのではないだろうか。

 そう思うと色々と腑に落ちるような気がした。

 呂賢宇のあのいかにも人の良さそうな笑みを思い出す。

 正直、気の弱そうな男だった。

 異国民に脅されているのかもしれない。つまり異黒民が、青国の茶を奪っている。

 そこまで考えて黒瑛は軽く首を振る。


(だめだ。これはあくまでもただの憶測……まだそうと決まったわけではない)

 すぐに答えを求めようとする己を律していると、


「……実は、先日、後宮で呂賢宇様が連れている従者の方とお話する機会がございまして」

 考え込む黒瑛の耳に、采夏の声が響いて思わず顔を上げた。


「な、何? あの従者と?」

 何故、あの男と采夏が話を? いつ、どこで……。

 顔のほとんどを布で覆ってはいたが、なかなかの美男だったように思う。

 こんな時に変な方向で嫌な気持ちがむくむく込み上げてきた。嫉妬だ。

 はっきり言えば気に入らない。美男だと言うところが特に。


「それ本当? 采夏ちゃん。何か話せた?」

 礫が話の先を促すと、采夏が頷いた。


「燕春妃に会うためにきていた呂賢宇様と一緒に後宮内を歩いていたところ、はぐれてしまったようで。それで、東屋でお茶を喫しておりました私と遭遇したのですが……彼は、私の知り合いだったのです」

 采夏の話を聞きながら、後宮で采夏とばったり遭遇という幸運を決めた男を内心罵っていると、最後に思ってもないことを言われた。


「……采夏の知り合い? 南州のものだったのか?」

「いいえ、南州のものではありません。そもそも青国のものでもないのです。彼は、北州のさらに奥の山脈を越えた場所にあるテト高原で暮らすテト族、遊牧民族の方です」

「遊牧民族!? しかもテト族だと!?」

 さらに衝撃的なことを言われて思わず黒瑛の声が裏返る。


「でも、それなら、アタシが聞いた話ともつながるわね。道湖省にいる遊牧民はテト族なのかもしれない……」

 礫の言葉に微かに頷く。


(だが、何故テト族が……)


 以前、北方の遊牧民族、テト族との茶馬交易を復活させようと呂賢宇に交渉するように命を下した。

 だが、結果、色良い返事は来なかった。

 七年ほど前にこちら側が勝手に断交したことを責められ、交易再開の提案は突っぱねられたという話だ。

 彼らの言い分ももっともで、嗜好品である茶のために嫌な相手と交易を結ぶのを厭うのも当然といえた。だから、時間をかけてゆっくりと交渉しようと思っていたのだ。

 だが、礫や采夏の話ではそのテト族が、北州にいる。

 あり得ない。いまだ彼らとの繋がりは断絶したままのはずだ。


「本当にテト族なのか?」

 黒瑛が確かめると采夏は頷いた。


「それは間違いありません。以前、陛下にバター茶をお出しした時に、話しましたでしょう? 遊牧民族のお茶が気になって、教えを請いに北州にいったことがあると」

「……!? ああ、確か交易で町に降りてきた遊牧民族を捕まえて、茶の飲み方を色々と教えてもらったとかいう……」

 と言いながら、采夏と話した後の時の会話を脳内で思い出す。


 バター茶の存在を知ってわざわざ北州にまで出向き、出会った遊牧民のお世話になった。そしてそこで、お世話になった者の名前は、確か、『ウルジャお兄様』。

 あの時感じた嫉妬心が、再びむくりと黒瑛の心の中で立ち上がった。


「というと、あの従者は、ウルジャとかいうのか」

 思ったよりも堅い声が漏れる。


(そういえば、謁見した時に、睨んできていたような気がする。采夏は俺の女だと言いたげだったかもしれない。よもや宣戦布告か)

 黒瑛の中で妄想が膨らんでいく。


「陛下」

 その黒瑛の妄想を止めたのは、采夏の甘い声だ。

「名前まで記憶されてるなんて。私の話をちゃんと覚えていてくださって嬉しいです」

「もちろんだ。采夏の話は、どんなことでも記憶してる」

 黒瑛がそう答えると、ほんのり采夏の頬が赤くなる。

 少しはにかんだような采夏の顔に、先ほどまで黒瑛の中でもんもんとしていた感情がきれいさっぱり散っていった。


(やはりかわいい。娶りたい。既に娶っているが、もっと娶りたい)

 黒瑛が采夏に微笑みに頭をやられていると、礫が呆れたようにため息を吐く。


「ちょっとちょっと陛下、落ち着いてくれる? 気持はわかるけど今はデレデレしてる場合じゃないでしょ?」

 礫に諭されて黒瑛は気まずそうに咳払いした。礫の言う通りだった。


「べ、別にでれでれしていたわけでは……まあいい。話を戻そう。テト族のことだ。他にどんなことを話した?」

「碧螺春の産地のことについて伺いました。ですが、彼は何も知らないと。けれど、無関係だとは思えません。それに、茶馬交易を再開したいと青国が訴えていることを知らないようでした。でもウルジャお兄様が知らないと言うのはあり得ません。彼は、テト族の族長の息子、後継者です。茶馬交易再開の交渉が持ちかけられたら、彼の耳にも必ず入ります」

「では彼が知らないというのなら、部族全体が知らないのと一緒ということか?」

 ますます疑問が深くなる。


 呂賢宇は、交易の再開についての交渉に行かなかったのだろうか。

 もちろん、ウルジャと言う男が嘘を吐いている可能性もあるが。


「テト族の方は嘘が苦手です。それにウルジャお兄様は、寂しそうでした。それはおそらく長らくテト高原に帰っていないから」

 黒瑛の迷いを見透かすように、采夏が言った。


「なぜそう思う?」

「バター茶を見て、ひどく懐かしそうな顔を。それに、何より彼が宮中にいると言うこと自体が、おかしいのです。彼らは高原でいきる民なのです。大人しく宮中に留まっているということはつまり、そうせざるを得ない何かに縛り付けられている」

 必死で訴えかけるような采夏に思わず黒瑛は目を見張った。

 しかし、采夏の言うことは最ものように感じられる。

 青国の民は地に根付いて暮らすことを選んだが、テト族のような遊牧民族は地に根付く暮らしを拒否し、遊牧生活をして暮らしている。

 そこには彼らなりのこだわりと誇りがある。

 青国の民が、地に根付いての暮らしに誇りをもっているように。

 そのテト族が、今、内密に青国で暮らしているというのはあり得ないのだ。だが、実際に彼らは青国に滞在している。すくなくとも、呂賢宇の付き人としてきたウルジャと言う男は、大人しく宮中に滞在している。

 ふと、呂賢于の顔が浮かんだ。

 先ほどまで、異国民に脅されて困り果てた顔で茶を奪われていく呂賢宇を想像していた。しかし、今は違う可能性が見えてきた。


(呂賢于こそが、全ての元凶なのではないだろうか……)

 そしてどちらにしろ、国に内密に遊牧民族を抱えているのだとしたら、それは大問題で、呂賢于の責任問題になる。


(しかし今はまだ疑惑の段階。糾弾するには証拠がない。呂賢宇は北州一族の一人。証拠もなしに下手に糾弾して失敗すれば、他の三州のあたりが強くなる)

 それに全容が良く見えない。呂賢宇の目的、そしてテト族の目的も。


「せめてテト族のウルジャというやつと呂賢宇を引き離して、話を聞けたら良いが。呂賢宇は従者を片時も離さない。妙だなとは思っていたが、変に情報が外に漏れないためだったのかもしれないな……」

 ウルジャという青年と直接話をしてみたいが、おそらくそれを呂賢宇は許さないだろう。


「直接、ウルジャお兄様にお話しされたいのですか?」

 小首をかしげながら采夏が言った。


「ん? ああ、まあな。……呂賢宇は、おそらく腹芸では俺より上手だ。奴からは核心となるような話をひきだせないだろう。だから、そのウルジャというやつと接触したい」

 黒瑛がそうこぼすと、采夏は控えめに「陛下」と名を呼んだ。


「それでしたら、私に良い考えがあります。……一緒にお茶を飲めばよいのです」

 采夏はそう言うと、ニンマリとした笑顔を浮かべた。



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どうぞよろしくお願いします!

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