采夏は皇帝の飲みっぷりを振り返る
宦官改め皇帝陛下が満足そうに采夏の元から離れていき、采夏はハアと大きく息をついた。
(皇帝陛下って、こんな道端でばったり遭遇するものなのかしら?
いや、後宮に陛下がいるのは知ってましたけど、こんな風にいるとは思わないっていうか……もしかして、実はそういうもの? こういうばったり遭遇して運命的な出会い感を演出……? だとしたら、正直演出の趣味が悪いわ。後宮こわい)
眉間辺りに指を置く。
龍弦茶があったから落ち着いた素振りができたが、よくよく考えればすごいことだ。
なにせ相手はこの国の頂点、皇帝なのだから。
ちょっとでも失礼があれば、すぐに首が飛ぶ尊いお方だ。
(まあ、いいか。なんか許してくださったみたいだし)
そしてついっと視線を動かして空になった茶壺をみた。
思わず顔がニヤける。
それもそのはず、なにせ先ほど采夏は、明前の龍弦茶を飲んだのだから。
(ああ、それにしても龍弦茶は本当においしかった!
陛下のことは驚いたけど、あの龍弦茶が飲めたのなら万々歳だわ。
むしろ不敬で処されても本望。
きっとこれは茶の導き……! ああ茶の神よ、感謝いたします!)
両手を空高く掲げ、天に感謝を示した。
傍から見たらその奇矯な振る舞いに驚かれるだろうが、幸いにもこの場には誰もいなかった。
「……けれど、陛下が、龍弦茶を持っていたということは、今年の皇帝献上茶に選ばれたのも、去年に引き続き龍弦茶だったってことよね」
采夏は思わずそう口にする。
今年が最後の機会だと、自分の作った茶を持って皇帝献上茶の選定会のために上京した采夏だったが、結局選定会には参加できなかった。
「龍弦茶、本当においしかった。……私のお茶なんて勝負になりっこないって分かってるのに、なんでこんなに未練がましい気持ちになるのかしら」
采夏は自嘲の笑みを浮かべ、胸のあたりに手を置いた。
そこには、自分で作った茶葉を入れている。
今まで明前の龍弦茶は飲んだことはなかったが、一口飲んだだけでそれがそうだとすぐに分かった。
それほどの素晴らしいお茶だった。
それに、茶を飲んだ時の、皇帝のあの顔。
「私が作ったお茶では、きっと陛下にあんな顔をさせることはできなかった」
そう呟いて、陛下がお茶を飲むときの顔を思い出す。
顔を隠していた布を少しめくって茶を飲む陛下の表情に浮かぶ「おいしい」の顔。
そしてなによりあの夢心地な目だ。
魂だけが、どこかに飛んでいったような……。
采夏は少しばかり、頬が紅潮した。
顔を隠してはいたが、にじみ出る色気というのだろうか……おいしそうにお茶を飲む姿が、采夏にはグッときた。
「噂では引きこもり帝とか何とか言われてるみたいだけど、そう悪い人ではないような気がするわ。だってあんなおいしそうにお茶を飲むし、それになにより……」
そう言って、采夏は先ほどもらった龍弦茶の茶葉を見てうっとりと微笑んだ。
「龍弦茶をくれるんだもの!」
采夏はお茶をくれた人のことは無条件で大好きなのである。
一旦一区切り。
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