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後宮茶妃伝 ~寵妃は愛より茶が欲しい~  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
寵妃は愛より茶が欲しい

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29/90

黒瑛は微笑む


 都から出て既に数日が経過した。

 国の端にある北州まではあと少し。


 その間、幸いにも采夏の男装が他にばれることもなく順調に旅は進んでいる。

 采夏が怪しまれなくて済んだのは、とある噂のおかげと言えた。

 後宮に通わない黒瑛には男色の噂がある。

 そのため小柄で少女のような小姓が、皇帝陛下と同じ軒車に四六時中同席していることについては、さもありなんというふうに受け止められ誰も気にしなかったのだ。


 それについて黒瑛は、少なからず内心傷ついていたが、そのおかげでうまくいったので采夏たちにとってはありがたい話である。


 しかし、北州に着いた後のことはどうするのか采夏は聞いていない。

 北州に着いたら、一度この隊列から離れて、陸翔という人がいる龍弦村に行くのだと聞いているが、こんなにたくさんの人に囲まれた状態で、ひっそりと龍弦村に行ける気が全くしない。


「そろそろね」

 ちょうど北州に差しかかったというときに、礫がそう言った。

 いそいそといつも大事に抱えている布袋から、黒塗りの箱を取り出す。

 小さな引き出しがたくさんついたその箱は、礫の化粧道具入れだ。

 采夏にとっても毎朝男装する際に見慣れている化粧道具だが……。


(どうして化粧道具を今開いたのかしら)


 時はすでに昼を回っている。

 采夏の化粧はすでに済ませている。


 采夏が不思議に思っていると、礫はその化粧道具で礫自らの顔に色々と塗りたくり始めた。

 貴族が乗る軒車は、普通の馬車よりも多少揺れにくいものの、全く揺れないわけではない。

 そんな揺れの中、器用にも礫は自分の顔に化粧を施し始めた。


 不思議に思って見ていると化粧によってだんだんと礫の顔が変わってくる。

 どこかで見たことある顔に。いや、どこかで見た顔と言うよりも、今目の前にいる人の顔だ。


「陛下にそっくり……」

 思わず、そう声に出していた。

 そう、礫の顔は、化粧の力によって、どことなく黒瑛に似てきたのである。


「陛下に似せてるからね。……ほら、陛下ものんびりしてないで、服脱いで用意して」

 礫がそう言うと、うつらうつらと手にあごをのせてうたた寝していた黒瑛が、大きくあくびをした。


「ああ、もうそんな頃合いか」

 そう言って面倒そうに龍紋の入った上衣を脱ぎ始める。

 気づけば礫も自分の宦官服を脱いでいた。

 そしてお互い脱いだものを渡して……。


「もしかして、お二人、入れ替わるおつもりだったのですか?」

「これしか方法が思いつかなくてな」

 采夏の質問に黒瑛が肯定で返した。

 どうやって陛下がこの隊列から離れて龍弦村に行くのだろうかと疑問に思っていたが、まさか仲間を身代わりにするつもりだったとは。


(大胆なことをなさるわ)


「引きこもり帝の名に恥じない陛下の日頃の行いがあるからこそできる作戦よ。陛下の引きこもりのおかげで、宦官でさえちゃんと顔を覚えている人がそうそういないの。それにアタシの化粧もあるしね」


 そう言った礫は、その身に紫の龍紋の入った衣を着ていた。

 顔を化粧でそれっぽくしており、うり二つとは言えずとも、黒瑛にきちんと似せてきている。

 陛下の顔がうろ覚えの宦官なら、この二人の入れ替わりに気づかないだろうと采夏も思えた。


「采夏妃はどうする? 俺と陸翔に会いに行くか、それともここで礫と待ってるか」


 宦官服に身を包み、顔を布で覆った黒瑛からそう問われて、

 采夏は「陛下と一緒に龍弦村に行きます!」ともちろん即答した。

 なにせ彼女の目的は、龍弦村なのだからしょうがない。


「え? ヤダ即答? 寂しい!」

 と礫は嘆き、「まあ、俺に茶を淹れに来たわけだしな」と黒瑛がまんざらでもないような顔をした。


 ◆


 そうして、采夏と黒瑛、そして護衛として礫の弟の坦はひっそりと皇帝陛下のご一行の隊列から離れることに成功し、龍弦村に向けて馬に乗って先に進む。


 采夏も二人と一緒で馬に乗っていた。


(采夏妃は俺と一緒の馬に乗せようと思っていたが、まさか自分で馬に乗れるとは意外だったな……。まあ、その方が早く移動できるし、馬の負担も少なくて済むしありがたいが……)

 黒瑛はそんなことを考え、馬に乗る采夏をまじまじと見て話しかけた。


「まさか馬に乗れるとは思わなかったな。元々騎馬民族である青国の貴族女性が乗馬を嗜むことも多いが、そこまで一般的じゃないだろ?」

「そうなのですか? でも、私は良い茶葉や名水があると聞くとどこへでも駆けつけられるようにしたかったので」

「ああなるほど、茶のためか」

 と、納得したとばかりに頷き笑う。


 すがすがしいほどにお茶を中心にして行動する采夏を見ていると、その自由な生きざまに憧れに似た気持ちが、黒瑛の心のうちに湧いてくる。


 その様を傍から見ていた、護衛の坦は大きく目を見開いた。


「殿下が! 女性に対して! 優し気に! 微笑まれているッ! あのッ! 殿下がぁっ!」

 と大仰に驚いた。


 但は、いつも大概大げさな男だ。


「うるせぇよ。俺だって笑うことぐらいあるだろ」

「いいえ、そんな穏やかな微笑み初めて……ハッ! やはり殿下はその女子に惚れ……んぎゃ!」


 何事かを口にする坦の後頭部を、黒瑛は思いっきりひっぱたいた。

 兜がずれて顔をしかめる坦を、黒瑛はぎろりと睨みつける。


「ほら、あぶねぇだろ、馬に乗ってるときは大人しくしてろ。舌噛むぞ」

「危ないのは陛下が、頭を叩くからなのですが……」

 と坦は泣きごとを言いつつ、頭をさする。

 そんな二人のやりとりを呆然と見ていた采夏に、黒瑛は再び顔を向けた。


「そういや、バタバタしてて紹介してなかったな。このうるさい男が、坦だ。礫の弟で、まあ、数少ない俺の味方だ。頭は悪いが腕っぷしはなかなかだ。やばい時は頼っていい」

「陛下!? 頭が悪いは余計では……!?」

 坦は嘆くが、黒瑛は相手にせず前を向く。


「陸翔のいる龍弦村まではもう少しかかる。礫が身代わりをしてくれてるとはいえ、早く戻るに越したことはねぇから、馬の速度は上げていく」


 そう言って黒瑛は足を速めた。


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