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後宮茶妃伝 ~寵妃は愛より茶が欲しい~  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
寵妃は愛より茶が欲しい

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24/90

采夏は大量のお茶を飲む夢を見る


「こんなことをして、何になるというんです!?」

 采夏は訴えた。しかし、彼女の言葉に貞は答えない。

 そして数人がかりで采夏は捕らえられる。


「貴方は、おかしいです……!」

「何もおかしいことないのよ。だってこれは躾よ。後宮のしきたりなの!

 親切なわらわが、それを丁寧に教えてあげてるだけなのよ! 下級の妃が上級の妃に逆らってはいけないってことをね! ふふ、ははははははは!」


 采夏が追い込まれていくさまを見て、楽しくなったのか、貞は高笑いを浮かべた。


 その気分の浮き沈みが、采夏には恐ろしい。

 憐憫さえ抱きそうなぐらいの貞の愚かさに、怒り以外の複雑な気持ちが湧き上がる。


 しかし、現実に采夏は危機に瀕していた。

 侍女達は貞の指示通り采夏を捕らえている。


 玉芳は、息はあるが、今は意識を失っている。

 采夏には、4人がかりで動きを押さえる侍女達に抗う術もなく、頭を押さえつけられる。


 そして、目の前に池。


 自分が育てた茶の葉が、虚しそうにその小さな池に浮かんでいる。

 池は手入れをされているため、池の底のコケや水草などもはっきりと見えるほど透明度が高い。

 そして采夏はふと思った。


 微かに良い香りがする、と。


(この香りは、お茶の香り? 池に落とした私の茶の葉から?)

 じっと、采夏は池に落ちた生の茶の葉を見た。


(まるでお茶みたい。そうだわ。池に茶の葉を浸けたのだもの、この池の水がお茶と言えなくもないような気がしてきた。……そうね、私このぐらい大きな器のお茶を飲んでみたいと思ったことがあったのだったわ)


 采夏の気持ちが落ち着いてきた。

 怒りや憎しみで満たされていた心が、茶の湯を前にして静かになってゆく。


「貞花妃様、貴女が出してくださった、このお茶を飲みきったら、またお話ししませんか? その時は、私のお茶を飲んでもらいたいんです」

 貞は妙に落ち着いた采夏の言葉に怪訝そうな顔をした。


「は? お茶? 何を言っているの? 飲みきるって……まさかこの薄汚れた池のこと?」

「ええ、私、お茶が、大好きなのです。自分で淹れるのも、人に振る舞われるお茶も大好き。ですから、貞花妃様が淹れてくださったこちらのお茶もありがたくいただきます」

「意味わからないことを言わないで! 私はお茶を振る舞ってなんかいないし、大体こんなの飲めるわけがない!」

「この国のすべてがお茶に代わっても、私はすべてを飲み干すことができますわ」

 采夏の言葉は力強く、嘘を言っているようでも強がって言っているようにも聞こえない。


 だからこそ采夏の狂人めいた言葉に、畏怖か恐怖か呆れか、侍女の手の力が緩む。

 采夏はゆっくり顔を貞に向けた。


 そして穏やかな笑みを浮かべた。

 慈悲に満ちた母親のようなその笑顔は、この場にあまりにも似つかわしくなく逆に貞達はゾクリと背筋を凍らせ、一瞬、動きを止められた。


 そして―――。


「お前たち、何をやっているの?」


 凛とした少し低めの声がその場に響く。


 門のところから、複数の女達がやってきた。


 その中心にいたのは齢にして30過ぎほどだろうか。

 つややかな黒髪は丁寧に結い上げられ、金や銀の歩揺を揺らしながら、

 しゃなりしゃなりとゆっくり、それでいて力強くこちらに向かってきている。

 香ってくるのは品のある茉莉花の香。

 紺色の生地に華やかな花の紋様を所狭しと刺繍された祷裙、朱色の腰帯と襟。

 そしてたもとには『寿』の文字が、金糸で縫われている。


 『寿』という尊い文字が刺繍された服を着られる女性は、一人しかいない。


「こ、皇太后さま……!」


 貞の侍女達から動揺の声が上がる。

 あの貞ですら、皇太后がやってきたことに動揺の色を見せた。


「ここで何をやっているの」

 現れた皇太后は、無表情のまま同じ言葉を口にする。


 突然のことで貞はいまだ反応できずに立ち尽くしていると、皇太后は眉をひそめた。


「貞花妃、答えなさい。ここで何をやっている」

 皇太后に名を呼ばれ、貞はびくりと体を揺らす。


「わ、わらわは、ただ……躾を、そうよ! わらわは至らない下級の妃に躾をしてるだけよ!

 上級妃のわらわに無礼を働いた者に、礼儀を教えているの」


「どのような無礼を働いたのです?」


「わらわのことを敬わず反抗的な目をし、そう、挨拶! 挨拶すらしなかったのよ。下級妃は上級妃に会う際はまずは挨拶をするのが礼儀と言うものでしょう?」


「確かにそうね。それは後宮の規律に反しているわ」


「ですから、このわらわが直々にまずは人に頭を下げるところから教えていたのですわ」


 頭を押さえつけている理由はこれだとばかりに、貞は笑って言い切った。

 皇太后が、ちらりと采夏と、側に倒れている玉芳を見る。


「だから、頭を下げさせていたというわけね。それでたまたま池が近くにあって濡れてしまったと」

 皇太后の話に貞は、にんまりと微笑んだ。


「はい、その通りにございます」

「ならば、貞花妃、貴女も池に顔を沈めなさい。私にまだ挨拶をしていないわ」

「えっ! そ、それは……だってわらわは花妃で……!」

「そう。お主は花妃、そして私が皇太后だ。どちらが上か、まさか忘れたのか?」

「……!」


 確かに、貞には後ろ盾がある。

 何も言わない皇太后をいいことに、この後宮でわが物顔で過ごしてきた。

 だが、実際は、皇太后よりも位は下だ。


「ふん、まあ良い。私はそこまで厳しくはない。しかし、自分より位の高い者への挨拶を怠る者に妃の躾は任せられぬ。この二人、私が預かろう。それで良いな? 貞花妃」


 皇太后の言葉は疑問形ではあったが、そこには有無を言わせぬ力があった。




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