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05:あの時の夢

四足歩行のモンスターが、まるで矢のようにこちらへ一直線に飛んでくる。

悪い夢でも見ているようだった。

鮮やかな風景の真ん中を、黒い殺意が塗りつぶしていく。


理不尽な恐怖を、俺は茫然と眺めてしまった。


「あぅー」


赤ん坊のかわいい声がする。

意識を取り戻した俺は、赤ん坊だけを抱きかかえると、全力で走り始めた。


背中には唸り声が響き、距離がどんどん詰められていることを地面から感じる。


あんなものから逃げられるわけがない!


自分の足とは思えないほど、大きく速く回った。

ほとんど転んでいるような感覚。


それでも、人間の速度なんてたかがしれている。

もうあと数秒で、俺は捕まるだろう。


そんなことを思っていると、川が途中から見えなくなり、逃げ道もなくなっていた。

崖になっているのか?

ギリギリまで追い詰められ、下の覗いてみる。


滝ではなかったが、ほぼ壁と言っていいほどの急斜面だった。


これじゃ、助からない…。


しかし、このままではモンスターに食われてしまう。

俺も、この子も…。


俺は、赤ん坊を強く抱きしめると、川へ入り、激しい流れに身を任せた。


一瞬で天地がひっくり返り、自分が落下しているのを自覚する。

川を滑っているのがわかるが、目には何も映らない。

激しく体が打ち付けられ、その度に息が漏れる。

もがいて、ここから抜け出したいが、体が硬直して身動きが取れない。


このまま死ぬかもしれない。

死ぬのはやはり怖かった。

走馬灯なんて言葉をきくが、そんなものを見ている余裕はなく、激痛に怯えることで精いっぱいだった。


この状況から抜け出せるなら、死んでしまうのもいいかもしれない。

俺は、本当の意味で初めて、死を望んだ。


ガッ!!


頭を強く打ったことがわかると、ゆっくりと意識が消えていくのを感じる。

痛みと恐怖を薄れていく。

ゴポゴポと身も心も沈んでいく。


誰かを助けて死ねるなら、俺という存在にも、意味があったことになるのかな…。


…。

……。

………。


淡い夢を見た。


まだ見ぬ大地。

刺激溢れるダンジョン。

頼れる仲間。

まばゆい財宝。


これはただの夢物語ではない。

実話を基にして書かれた、現実に存在する話である。

そんな冒険小説が流行っていた。

俺ものめり込んだ一人で、誰に見せるでもなく書いたこともある。

それがいつしか自分の夢に繋がり、初めて親にやりたい事を告げた。


あの頃は楽しかった。

まだ狭かったけど、世界はやさしかった。


いつからだろう。

世界に憤りを感じるようになったのは。


いつからだろう。

この生活が当たり前になったのは。


いつからだろう。

自分に無関心になったのは。


俺は、"大人"になったのか、それとも、"子供"のままだったのか。

"生きる"とは、どういうことだったのだろうか…。


………。

……。

…。


再び、俺は光によって覚醒する。

今度は、心地よい眠りから覚めたようだった。

やわらかいベッドと暖かい布団。


高い天井で、シンプルだが高価そうな家具が見えた。


生きてる…。

助かったのか…。


ぼんやりする。

体を動かす気にもならない。


赤ん坊は、どうなったのだろうか?


しばらくぼーとしていると、ドアが開いた。

メイド服の女性が入ってきて、俺と目が合った。


「あっ、意識が戻ったんですね。大丈夫ですか?」


女性は驚きつつも、俺の安否を確認してくれる。


「えぇ…、なんとか…」


俺は静かに答えた。


「今、旦那様を呼んできます」


女性はドアを開けたまま、駆け足で去って行った。


「旦那様!」


遠くから聞こえてくる。

再び駆け足が聞こえてくる。今度は二つ。


「大丈夫かね?」


次に現れたのは、初老の紳士だった。

身軽そうだが高そうな服に身を包み、あわてている様子だったが、決して取り乱してはいない。


「はい…」


「今はまだ寝ていなさい。医者を呼ぶから」


俺は再び眠りについた。


それから目を覚ますと、至れり尽くせりだった。


医者から丁寧な検査を受け。

メイドには、体を拭いてもらい、食事をさせてもらった。


一通りの事をやってもらうと、紳士が再びやってくる。


「気分はいかがですか?」


「あの…ありがとうございます」


とりあえずお礼を言ったが、俺はまだ状況がのみ込めていない。


「少し、お話できそうですか?」


「はい、おかげさまで」


紳士から聞かされた話はこうだった。


まず、この紳士はオラウと名乗った。

彼は、赤ん坊の祖父であり、恩人である俺の面倒をみることにしてくれたらしい。


時系列的には、

街はずれにある牧場主が、川岸で倒れている俺を見つけてくれ。

医者と人を呼び、赤ん坊と共に病院へ。

俺と赤ん坊の話を聞いた紳士は、病院から俺らを引き取り。

俺は数日眠っていた。


赤ん坊に何があったかというと、予想通り、モンスターに馬車が襲われたらしい。

そこには娘夫婦と赤ん坊が乗っていて、夫婦は助からなかったようだ。


「絶望の中、孫の無事を聞かされた時は、どんなにうれしかったことか…。

本当に、ありがとう」


紳士は俺の手を取り、感極まって泣いていた。


「本当にただの偶然です。俺はただ…」


謙遜のつもりで言わなくていいことを言おうとしてしまった。

この紳士も今はつらい現実にいる。

変な事は言わない方がいい。


「もしよろしかったら、しばらくここで療養してください。

それと、あなたには何かお礼がしたい。なんでも言ってください。

出来る限りのことを致します」


紳士は深々と頭を下げた。


俺のほしいモノ。

気絶するまでは"死"だったが、今は何も思いつかない。


紳士が部屋を出た後、俺はずっと天井を眺めていた。

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