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「みんなー、早く生まれかわりゅんだおー」
幼女神デストラは、そう言って両手をかざす。その仕草はどうみてもただの「ばんざい」。
願いを叶えてやるという彼女に、最初はこの戦いで犠牲になった人を生き返らせられないかと尋ねたが、流石に神にもそれは出来ないと断られてしまった。
ならばと、デストラの本来の役目である、死者が生まれ変わるまで見守ると言うアレを、ごく短時間にしてさっさと転生させてやれないかと頼んでみた結果だ。
一仕事終えたデストラは疲れたのか、今は姉のリトラ様の腕の中ですやすや眠っている。
こうしてみるとただの子供だな。
『ミタマ様。私の願いを聞き届けてくださってありがとうございます』
「いや……たまたまこうなっただけで……間に合って無ければ、こうはならなかったでしょう」
『それでも……私は感謝しております』
眠るデストラを見つめる目は、女神というよりただの姉だ。
そんな女神さまは、ふぅっとため息を吐いてから再び俺を見つめた。
『ミタマ様……もう一つお願いを聞いてはくださいませんか?』
「え? もう一つ?」
こくりと頷いたリトラ様は、このまま自分がデストラと一緒に居る訳にもいかないのだと話す。
元々は生と死とで見守る魂が違ったことが、人間たちに誤解を与えた。その誤解からデストラが心を痛め、自分を憎むようになったのが原因なのだと。
『同じ死者の魂と触れられる貴方様と一緒に居れば、あの子も穏やかに過ごせると思うのです』
「一緒って……でも俺は人間ですよ? 神様と比べれば、一瞬の命ですし」
『古竜の力を濃く継いでいますから、多少は長生きすると思いますよ?』
そう言ってデストラのように、こてんと顔を傾ける。
「レイジ君、いいじゃない」
「ソディア……」
リトラ様から眠るデストラを受け取ると、ソディアは眩しそうな瞳でデストラを見つめた。
「ふふ。可愛い」
『でしょー?』
女の子は可愛いものに目がないのか!
チェルシーやコベリアもやってきて、いつのまにかガールズトークが始まっている。
「おい魅霊、どうすんだ?」
「どうしようか……」
「布教すればいいだろう。冥府の女神デストラの、本来の役目をしっかり人々に教え込むんだよ」
「おぅおぅ。地方巡業でもして、こつこつ信者を増やしゃあいいんだよ」
なるほど。まぁ口で言うのは簡単だけど、結構それ難しいからね。
『ミタマ様、どうかデストラをお願いできませんか?』
「……わかりました。ただし、条件が一つあります」
「おぅおぅ魅霊ぁ。お前……本当にいいのかよ」
「弁護士になるという夢はこっちの世界でも法を整備すれば出来ると思うけれど……まぁ叶う事ならば日本でそれはやりたいとは思っていたよ。だけど本当に戻れるのか?」
『お任せください。お二人の事は私が責任をもって、お送りします』
俺が女神リトラ様に出した条件は、樫田、高田、戸敷の三人を元の世界に戻すことだ。
だが――。
「樫田さぁん。なんで……なんで一緒にぃー」
「五月蠅い、泣くな。俺は……残るって決めたんだ。残って――」
そう言って樫田はチラりとコベリアを見る。
「残って魅霊の野郎を手伝ってやんだよ!」
そして顔を真っ赤にさせてそう叫んだ。
俺の事はついででしょ?
ぜったいコベリアと離れたくないからでしょ!?
でもどうすんだよ、樫田。コベリアは霊体なんだぞ?
「女神さんよぉ、俺が死んだら魂をよー」
『そこはデストラにご相談ください。大丈夫ですよ、きっとお二人が結ばれるよう、上手くやってくださいますわ』
『んふふ。これで来世はシゲキと――』
「い、今だって俺はぁー」
こうして二人はイチャラヴしはじめる。
コベリアはどうやら、触れても相手の生気を吸い取らないという能力を身に着けたようだ。
進化してるよ……愛って凄いね。
勇者召喚でも何かを生贄――つまり犠牲にしなきゃならなかった。
女神の送還魔法もまた然り。
今回犠牲になるのは俺と樫田だ。
この世界に残るという犠牲を払って、高田と戸敷の二人を日本へと送り返す。
『お二人が召喚されたあの時あの場所に送還いたします』
「僕たちが向こうに帰ったら、魅霊と樫田のことはどうなっているんです?」
『事故……という形で、死んだことになるよう設定いたしました。お二人の生態データから全く同じ器を用意しますので、それを遺体として同時に送り届けます』
女神はそう言って、光の中から俺と樫田そっくりさんを取り出した。
「うえっ。気持ち悪ぃ」
「こ、これ、生きてるんですか?」
『いいえ、生きているも何も、命がありませんから。人形のようなものです。ただ完璧なコピーではありますが』
あんまり長くは見ていたくないな。
察した女神は微笑みながら人形をしまう。
『さぁ、そろそろ送還魔法を行いますね。最後のお別れを――』
女神が複雑に手を交差させていくと、彼女の前に金色の魔法陣が浮かび上がる。
「樫田さぁーん」
「おう、高田。あっち戻ったらよ……その……」
「大丈夫っす。お袋さんのことは、俺が時々見に行きますから」
「すまねえ」
『お母さんの事、好きなのね、シゲキ』
「そ、そんなんじゃねーよ! お、女手ひとつで育てて貰った恩があるから……それだけだ!」
『んもう。照れなくってもいいのにぃ。母親に優しいシゲキも、アタシは好きよ』
……イチャラヴまた始まった。
なんか悔しいのでソディアの手をそっと握る。
目が合って、それから彼女も俺の手を握り返してくれた。
ただ――。
『儂の目が黒いうちは、ひ孫はやらぁーん!』
「もう死んでるだろ! そもそも黒くもないだろう!!」
『やらんといったら、やらんもーん!』
「やめてよひいおじいちゃん! 私が誰と結ばれようと、私の勝手でしょ!!」
『やじゃもーん!』
笑いが起きる中、高田と戸敷と初めて握手を交わした。
お互いそれぞれの世界で頑張って生きて行くことを誓う。
戸敷はアブソディラスに、知識をそのまま頂けないかと頼んでいた。
「向こうの世界でも魔法の勉強をしたいので」
「いや戸敷、あっちの世界で魔法はやばいんじゃないか?」
「使わなければ問題ない」
そんな問題なんだろうか。
戸敷の話に高田も乗っかる。彼の場合、古竜の力が無くなれば、また霊が見えなくなるかもしれないと思ってだ。
どうしても見ていたいようだ。大丈夫かな。
二人の願いをアブソディラスは快く承諾した。というか、
『そもそも主らが吸収した力は、取り戻せぬからのぉ。儂、死んでおるし』
そうアブソディラスは豪快に笑いながら話した。
ちょっと複雑な心境でもあるけど、アブソディラス自体は死んだことを後悔していない。
そこは初めて出会った時から変わっていなかった。
二人は――特に高田は後ろ髪を引かれながらも、女神が用意した魔法陣を潜っていく。
「樫田さん……お元気で――」
「樫田、魅霊。頑張れ――」
二人の姿が消えた後、魔法陣も消滅した。
『では私も行きますね。長く神殿を離れる訳にも行きませんから』
そう言って女神リトラ様も行った。
残された俺たちは地上へと戻る。
そこには生ある帝国兵と、生無き帝国兵、そして同じく生の無いヴェルタの住民が出迎えてくれた。