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『お、俺が何をしたって言うんだ。しくしくしくしく』
「そこの台座で殺されてる女性は誰が?」
『俺です。しくしくしくしく』
死霊術を使っている訳じゃないが、俺の声には強制力が働いているようだ。
相田は嘘偽りなく、こちらの質問に答えてくれる。
「女神の復活を阻止する方法は?」
『よくわかりません。しくしくしく。女神の魂はもう僅かだがこっちに漏れ出ています。だから復活はある意味、もう出来ているんです。しくしくしく』
「泣くなようぜー」
『黙れ樫田! 全部お前が裏切ったから、こうなったんだろうが!』
「人のせいにするんじゃねー!」
俺意外には相変わらず強気な姿勢だな。死んでるくせに。
しかしこれは困ったぞ。
もう既に女神が復活しているって……どうすんだ。
『困りましたね。こうなったらこれ以上、女神の魂がこちらに来ることを防がなければ』
『うむ。まだ少ないうちならば、魂を定着させたあと倒せばよいじゃろう』
『うん。私やアブソディラスの力があれば、今ならまだ倒せるからね』
「分かった。じゃあ相田、どうやったら魂の流出を止められる?」
『よく分かりません。でもこの祭壇を壊せばいいんじゃないかなって思います。捧げられた処女の血を吸って、祭壇は機能していますから。しくしくしく』
祭壇――女性の遺体が横たわる台から零れ落ちた血は、床に落ちてそこから――正面の石碑のような物に流れ込んでいた。
あれが祭壇か。
戸敷に教わった魔法をもう一度撃つが、ビクともしなかった。
「ケホッ。おい魅霊、撃つなら事前に言ってくれ」
「ごめん。ケホッ。次からはそうする。ケホケホッ」
「じゃあ次の魔法、言ってみよう」
こうして戸敷開発魔法を次から次へと試していく。
いったいいくつ魔法を創ったんだ……。
そんな戸敷へ、魔法のスペシャリストでもある魔王も感嘆な声を漏らす。
この二人がマッドサイエンティストに見えるのは何故だろうか。
そのうち魔王も加わって、俺にありとあらゆる魔法の呪文を教えてくれた。
『いやぁ、教え子が優秀だと、こっちも面白くなるね〜』
「しかも自分で魔法を使う訳じゃないから、こちらは疲れる心配も無い」
『まったくだー。ははは』
「はははじゃなぁーい! こっちは真剣なんだよっ」
祭壇を破壊できなければ、女神は復活する。
死を司る女神なんて復活したら、この世界は死者だけの世界になってしまうんだぞ。
『主よ。真剣だと言うなあ、もっと気合入れて魔法を撃ってみてはどうだ?』
「気合?」
『魔力をもっと練ろという事じゃ』
だけどそんなことしたら……また爆風でヤバいんじゃないか?
しかも最近は魔力の練り具合も良くなってきている。つまり威力もマシマシってことだ。
『我らがお守りいたします』
『そうっすよ。生きてる人たちぐらいなら、なんとかなるっす』
『はーい。チェルシーも頑張るよ』
『もちろん、アタシはシゲキを守るわよ』
「コ、コベリア……いや、俺があんたを守ってみせる!」
『きゃーっ、本当? 嬉しいぃ』
コベリアさんは今一瞬、乙女になった気がした。
みんな……ありがとう。
こっちの世界に来た時には、死霊使いなんてとんでもないと、そう思っていた。
幽霊で散々苦労した身だからさ、異世界に来てまでまた幽霊かよって。
でも今は感謝している。
右の左も分からない俺にいろいろ教えてくれたり、俺の為にここまでついて来てくれたし。
「これが終わったら、きっと必ずみんなを成仏させてあげるから」
『『お断りします』』
こうして足元のアンデッドたちが勢ぞろいする。
いつの間にか帝国兵たちも入っていたようだ。彼らは盾を構え、祭壇と俺たちの間で仁王立ちする。
『ここが最後の死に場所なれば!』
『いや、貴殿らは既に死んでいる故』
『あ、そうでありました。いやぁ、伝説のエスクェード騎士団と共に肩を並べられるなんて、夢のようです!』
『自分、エスクェード騎士に憧れて、騎士団に入隊しました! よろしければ握手をしてくださいっ』
どこのアイドルの握手会だよ。
そんな光景を目にしながら、俺は魔王にある魔法を教わった。
呪文が長ければ長いほど威力が高くなる。
そんな予想とは裏腹に、彼から聞いた呪文は極短い物だった。
というより、呪文が無い?
祭壇から悍ましい気が駄々洩れする中、俺は深呼吸を一つしてから両手を突き出した。
『ソディア、振動が激しいからね、彼を支えておあげ』
「はいっ」
『ならーん! おいディカートっ。ひ孫に何をやらせるか!!』
「じゃあ僕は結界を」
「コベリア、俺の後ろに隠れてろ」
『はぁい』
「あー……じゃあ俺はフルパワーの肉体強化魔法でもバフっとくぜ」
全員の準備が整い、俺の背中からソディアが手をまわして支えようとする。
目を閉じ集中する。長く、そして短いその時間。
意を決し瞳を開くと、ソディアの方を見た。
彼女と頷き合うと、俺は言葉を紡ぐ。
「"滅せよ"」
何が起きたのか分からない。
両手の先から黒い球体が現れたかと思うと、一瞬にして小さく縮む。かと思えば、祭壇にその球体は再び現れた。
そこからは全ての音と色が失われ、時間さえも止まる。
そして聞こえてくる幼子の声。
『ダメなの?』
その声が冥府の女神の物だということを、何故か俺は直感的に分かった。
だから答えた。
「ダメなんだ」――と。
『そう……ダメ……なんだ』
その返事は惨く切なそうに聞こえた。
『お姉ちゃんに会いたかったな』
その言葉は本心からのように聞こえて、罪悪感が湧く。
『ううん。お兄ちゃんが悪い訳じゃないの。だから気にしないで』
「……あんたは本当に冥府の女神なのか?」
『うん。そうだよ。私はね、デストラだよ。死んだ魂が生まれ変わるまでの、その間の魂が寂しくないよう見守る女神……だったはずなの』
「だったはず?」
『お姉ちゃんは生まれた命が、その天寿を全うできるよう見守る女神。私は死後の魂を見守る女神。いつの間にか、人間たちは「死」という言葉だけを見て、私の事を忌み嫌うようになったの』
そんな時に、邪なる神々からそそのかされて、光から闇の陣営に墜ちてしまったのだと、彼女は悲しそうにそう語った。
なんとも切ない話だ。
確かに死を司るとだけ聞けば、まるで人間を死に追いやるような存在に聞こえなくも無い。
だけど実際はそうじゃなく、死んだ魂が次に生まれ変わるまでを見守る女神なのだ。
『ごめんねお兄ちゃん。今なら間に合うから、私を倒してね』
声はそこで消え、そして全ての色と音、そして時間が進みだした。
先ほどまで存在しなかった、幼い少女を創り出して。