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『さすが儂のひ孫じゃー。かわゆいのぉ』
「……この変わりよう……ちょっと気持ち悪いんだけど……」
空飛ぶ馬車は満員御礼。すると魔王の指パッチンひとつで長くなった。
まるでリムジンみたいに、シート数が増えて広くなった。
その馬車の中で、アブソディラスは鼻を伸ばしてでれでれだ。
ソディアの気持ちも分かる。
この変わりようは確かに気持ち悪い。
『まぁまぁ。アブソディラスにしても、家族と出会えたんだ。嬉しいんだよ』
にこにこ顔で魔王がそう言う。
なんでも彼らは、自らの血縁者が出来ることすら考えたことが無かったのだと。
そういうものとは縁がない。そんな存在だと、ずっと思っていたらしい。
『だからね、アブソディラスが羨ましいよ。子が出来て、孫が出来て、ここにひ孫がいるのだからね』
『かわゆいのぉ〜』
魔王のいい話のあとに、ひ孫ボケしたアブソディラスの言葉で全てが台無しになる。
これから俺たちが向かうのは、ヴェルタの迷宮だ。
戸敷曰く、
『ヴァン王子は冥府の女神を復活させようとしている。女神が封印されているのは、ヴェルタの迷宮だ。俺たちをあの迷宮に向かわせたのも、迷宮下層へと通じる道を探すためだったようだ』
『レイジ殿。我らが通ったルートを辿れば、肉体を持つ人間でも最深部へと到着してしまいまする』
戸敷の言葉に、足元からエスクェード騎士が不安げに顔を出す。
もちろんそのルートだって、かなり険しい道だ。
彼らは幽霊だったので、狭い通路は鎧を部位ごとに浮遊して運んだから通れた――と。
だがその狭い場所を広げられれば、王子一行も――。
しかし、浮遊させたって……ポルターガイストか。
『おいおいおい。迷宮の周辺を、帝国兵が囲ってやがるぜオラァ』
「え?」
高田が馬車から下に向かってガンを飛ばす。誰も見えてないから、無駄だぞ高田。
しかし窓から覗いた地上には、確かに黒光りする無数の点が見える。
数千……もしかすると万を超える兵がいるのか?
「もしかして、レイジ君を入れさせないためかしら?」
『うぅん。さすがに馬車ごと迷宮には突っ込めないからねぇ。一度どこかに下りないと』
『ソディアはじいちゃんが守ってやるからのぉ』
「いえ、結構です。レイジ君に守って貰いますから」
『ガァーンッ!』
……泣くなよ。あと鼻水垂らして凄い形相でこっち見るな。
さて、どこかに下りるにしても……ヴェルタの町の周辺すら、帝国兵で埋めつくされているし……。
『レイジ様、町の中心はどうっすか? 馬車が下りれるぐらいのスペースはあるっすよ』
「だけどコウ。町も囲まれてるんだぞ。どうやって迷宮まで行くんだ?」
『そこは魔王様の大魔法で!』
何故かコウはキラキラした目で魔王を見ている。そのコウを、魔王はにこにこした顔で見てこう答えた。
『ヤダ』
……やだってあんた……。
『ディストレトから帝国兵を追い出したときに、随分と魔力を消費したからね。この数を消し去るのはちょっと無理なんだよ』
『あ、ああ、そういうことっすか。俺はてっきり、面倒くさいから嫌なのだとばかり思ったっすよ』
『うん。面倒くさいのもあるよ』
……ぶっちゃけるよなぁ、この人。
『まぁそこは、君たちのご主人様に頑張って貰おうよ。アブソディラスの魔力を受け継いでいるんだ。平気平気』
「いや、でも魔力の練り方がいまいちで、自分の力を封印しているんだ」
『みたいだねー。ま、大丈夫。私がサポートするから。魔力の扱いに関しては、アブソディラスより私のほうが得意だからね』
『さらりと自分ageしとるの』
不安を感じながらも、馬車は町の中央に下りて行く。
馬車から出て感じたのは、異様な雰囲気。
「誰も居ないのかしら」
違う……居ないんじゃない。居るけど、彼女には見えないのだ。
重く、冷たい空気が町中を支配していた。
そして――ずぶ……ずぶと、そこかしこの地面が盛り上がる。
「キャッ」
『いかーん! ミタマよ、ソディアから離れるのじゃ!!』
「今はそれどころじゃないから!」
盛り上がった地面から、続々と死者が湧き出てくる。
全てゾンビだ。しかもまだ新鮮……死亡して、それほど日数が経ってないようだ。
「まさか町の住人なんじゃ」
『どうも……そうみたいだね』
『まさか迷宮の女神が既に復活しているのでは? あれは死者を操る神ですので』
エスクェード騎士団が青ざめ、落胆したように言う。
『いや、まだじゃの。もし復活しておれば、儂やディカートが気づくじゃろう』
『そうだね。まだ封印は健在だよ。だけど四天王が三体復活しているからね。彼らから貰った力で、王子様がアンデッドを使役しているのだろう』
「自国民を皆殺しにして……か?」
なんて王子だ。
人の上に立つ人間が、支えてくれるべき国民を殺して力を得るなんて。
許せないっ!
『ミタマ君、思いっきりやってごらん?』
「思いっきり?」
『そう。君がどうしたいのか、思いっきりその力を振るってみるんだ』
俺がどうしたいか……。
馬鹿王子を止めたい……ここの人たちを……。
『ぁ゛あ゛ぁ』
『い゛だぃ……あづぃよ゛』
恐怖と怒り、恨みに支配された死者が、ゆっくりと俺たちに向かって歩いてくる。
切り刻まれた体を引きずり、ゆっくり、ゆっくりと。
「死者を生き返らせることは?」
『それは神でもなければ不可能だし、神であれどおいそれを死者を蘇らせることは出来ない。それを行うために、ほとんど全ての神力を使い切ってしまうからね』
『自然の理なのじゃ。神々でもそれは出来ぬ。逆に奪うことはたやすいがの』
魔王とアブソディラスの言葉は重く、それが嘘ではないことが分かる。
生き返らせられないのなら、せめて安らかに眠らせてあげたい。
「荒ぶる心を静めて、どうか安らかに眠って欲しい。光を見つめ、どうか……どうか成仏して欲しい!」
俺は思ったことを素直に口にした。
両手を広げ、彼らを迎え入れるかのように立つ。
お腹の底から暖かい物が湧き、それが光となって俺から発せられた。
「俺は成仏して欲しい。そう言ったハズなのに……」
『荒ぶる心を鎮めるために、一矢報いたいんっすよ』
『そりゃあ理不尽に殺されたんだものぉ。納得いかないわよねぇ』
コウとコベリアの言葉に、町の住人が頷く。
『自分たちの仇は自分たちで討つ!』
そう言って剣を掲げるのは、町に滞在していた冒険者たちだった。
『レイジ様の下、俺たちの仇を討つぞぉっ!』
『『おおおぉぉーっ!!』』
何万人が俺の契約アンデッドになったんだ!?