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『み、魅霊!?』
『やぁ、君ならきっと来てくれると思っていたよ』
俺たちが召喚された赤い魔法陣のある場所に、三人の魂はあった。
まぁ魂というか、思いっきり浮遊霊だけど。
樫田の幽霊はどことなくぼぉーっとした感じだな。欠片とはいえ、一部無いからだろうか。
『じゃあこっちの欠片も解放するね。すぐ合体するだろう』
「合体……」
変形でもしるんじゃなかろうかと、ちょっと不安だ。
魔王の懐からふわーっと飛び出した白い球体。それがぼぉーっとしている樫田と合わさって――。
『ああぁぁぁっ。勝手に俺の体を動かすなっ。そうじゃねえっ。俺は魔王を殺したい訳じゃ――……あ?』
突然叫び出した樫田に、全員の視線が注がれる。
きょろきょろして、ヘラっと笑って、それから――
『見てんじゃねーぞ! おい、魅霊、てめー今笑ってるだろっ』
『オラオラ魅霊ぁ。樫田さんがご立腹だぞ。笑ってんじゃねーよ! っぷ』
『てめーも笑ってんじゃねえ、高田っ』
うん。いつもの樫田たちだ。
何故だろう。
地球に居た頃は鬱陶しくって、怖くて、目を合わせたくもなかった二人なのに。
今はすごく懐かしい気がする。
『んふふ。相変わらず威勢のいい坊やね』
コベリアが足元からにゅっと出てきて、樫田に絡む。
あ、霊体同士だから触れられるようになったのか。
『ちょ!? て、てめーはあん時の女っ』
『んふふ。今はお互い幽霊同士ね。だったらぁ、今度こそ遊んで、あ・げ・る』
『ふひーっ!!』
樫田がじたばたもがいて逃げようとしてる。
逃げようとして暴れて、振りほどこうとした手がコベリアの胸に直撃。
樫田顔真っ赤にして再び逃げようともがく。
もがけばもがくほど、コベリアのボディにタッチを続けるわけで……。
『あはーん。初心過ぎぃ。楽しいぃ』
コベリアに弄ばれてるよ。
高田のほうは羨ましそうに見てるけど、コベリアはまったく興味ないみたいだ。
『樫田は死んでから春が来たようだな。彼は放っておこう』
「戸敷」
『じゃあ話をしようか。僕たちがこうなった理由と、奴らの計画を』
「わかった。ところで戸敷。なんで俺の背後に?」
気が付くと、戸敷はちゃっかり俺の肩に乗っていた。
『何故って、居心地がいいからだよ。いやぁ、君って本当に霊媒体質だったんだな。幽霊が見えるだなんだと、非現実的だと思っていたけど。こうして自分が幽霊になってわかったよ。君は実に霊にとって素晴らしい肩を持っている、と』
霊によって素晴らしい肩って、どんな肩だよ!?
『――という訳で、勇者樫田の後先考えない行動で、俺たちは捕まった。あ、ところで僕の空間転移の魔法で逃げた少女らは?』
「全員保護したよ。今はドーラム国で心身を癒し、その後故郷に送って貰えることになってる」
『そうか。魔法はちゃんと成功していたようで、良かった。まぁ僕が失敗するはずはないんだけどね』
相変わらずの秀才っぷり。
でもよく独学でそんな魔法を覚えたな。俺なんて背後霊が呪文まで教えてくれるから、楽して魔法を覚えているけれども。
戸敷はアブソディラスの……知識だっけ? まぁぶっちゃけると血なんだけども。
それを取り込んで知識を得たってことだし、もしかすると脳内アブソディラスとかが居たりして。
うわ、考えたら気持ち悪かった。
これが脳内に居るとか、同情もんだろ。
『ん? 儂の顔になんかついとるかの?』
「目と鼻と牙と鱗?」
『うむ。至って普通じゃ』
『話を戻してもいいか?』
「あ、悪い戸敷。戻してくれ」
戸敷は頷いて、再び説明を始める。
追い詰められ捕まった三人は、それぞれ別々の所へ連れて行かれたようだ。
戸敷は北東の国にある迷宮へ。
既に迷宮は帝国軍によって蹂躙され、その最下層まで連れて行かれた彼は祭壇へと捧げられた。
「生贄? 普通そういうのって女の人なんじゃ……」
『偏見だな。ちなみに生贄ではない。そこに封印されていたモノの依り代にされるためだ』
「あぁ、冥府の女神の四天王とかってヤツか。聞いたよ」
『そうか。なら話は早い。俺たちは相田含め、最初から四天王の器として召喚されたのだ』
げ。マジか。
『ちょっと待つのじゃ小僧。もし儂を生贄にして召喚された者が四人以下だったら、どうするつもりじゃったんだ?』
『その時は別の生贄を追加するつもりだったようだ。まぁ伝説の古代竜なのだから、四人以上になるだろうと思っていたらしい』
四人以上なら、誰を器にするか選べばいいだけだ。
他は殺す。
あの王子は最初からそのつもりだったようだ。
『ただし、表向きには勇者の召喚だ。準備が出来るまでは、他国に限らず、国内にもそのことを知られるわけにはいかなかったのだろう』
「準備?」
『この世界を支配するというな。あの王子は冥府の女神を復活させ、この世界の人口の半分を亡ぼすつもりでいるようだ』
そうすることで、残りの半分が自分に逆らうことすら出来なくさせるために。
うぅん。なんで権力持ってる人間ってのは、そこで満足しないんだろうな。
世界征服してどうしたいんだろう?
周囲が自分にペコペコ頭下げるの見てて、楽しいんだろうか。
なんでも思い通りにいったって、それが毎日続くと飽きてくるんじゃないかな。
俺には理解できない世界の話だ。
ただ理解は出来ないけど、あの王子がやろうとしていることはいろいろ間違ってるのはわかる。
誰も喜ばない。
世界の二人にひとりが死ぬなんて、考えただけでもゾっとする。
『ぜぇ、はぁ……で、魅霊。どうするよ』
「ん……止めさせる」
『よぉし。そうこなくっちゃな。こんなナリだが、協力してやってもいいぞ』
「ありがとう、樫田。ところで、何故樫田は服を脱いでるんだ?」
カッコ良さげなセリフを口にはしているが、樫田は上着を着ていない。顔も赤い。
『う、五月蠅い! だ、だいたいなぁ、てめーんところの姉ちゃんが――』
『あぁん。コ・ベ・リ・アって呼びなさいよぉ』
『ひぎっ!? コ、コココベリア、さささ、さんっ』
面白いな、樫田。
硬派な不良然とした男だと思ってたのに、女の人に弱いなんて。
『ガキじゃのう。女が攻めておるのじゃから、男らしゅう身を任せてしまえばいいのに』
『あらぁ、アブソディラス様良いこと言うじゃない』
『うむ。儂は大人じゃからの。女の扱いには慣れておる』
逃げられた癖に――と、全員がそんな目で見ている。
「何が慣れてるよ。身籠ってることにすら気づいてやれず、山から下ろして二人の命を危険に晒したってのに」
『ん? んん? 何故ソディアが怒っておるのじゃ? 二人の命?』
ここまで朴念仁とはねぇ。
遂に怒り心頭なソディアが、顔を赤くして声を張り上げた。
「竜の子を身籠ったなんて村人に知られたら、殺されるってわかるでしょ! だからひいおばあちゃんは身重の体を引きずって、魔王様に助けを求めたのよ!!」
『あはは。そうなんだよ。リアラさんがね、私の所に来て「アブソディラスの子を身籠った」って来たんだ。いやぁ、ビックリしたねー。あははははは』
しーん。
空気が重くなる。
事情を知らないはずの樫田たちも、触らぬ神に祟りなしとでも言うように、アブソディラスから距離を取る。
ただ戸敷はもう俺に憑りついているので、霊体をみょーんっと伸ばして必死に離れている。
俺も離れたいよ。
だって背後のアブソディラスの気配が……気配が……。
『なんじゃとおおおおぉぉぉぉぉっ!? ソ、ソディアが儂の……ひ孫じゃとおおぉぉぉっ!?』
めっちゃデカくなってるっ。