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『で、君のお友達なんだけどね』
空飛ぶ馬車に乗ると、魔王は話を始めた。
『私を討つためにやって来た彼の魂は、欠片だけどここに居るよ』
「え? 居るって、樫田が?」
『うん。正確には私の中なんだけどね。あまりにも小さ過ぎて消滅しかねないから、私の魔力で包んでいるんだよ』
小さな欠片とはいえ、魂は魂だ。この魂は記憶みたいなもので、失えばその分肉体に戻っても、部分的な記憶喪失状態になってしまう。
しかも二度と戻らない記憶なのだ。
『だから私の中から出せなくてね。もし出せば、こっちの彼が君に会いたくて――そして後悔したり罪悪感感じたりとマイナスの感情を抱くだろうからね』
「マイナス感情? それを抱くと不都合が?」
『うん。そういう感情って、自分自身を否定するようなものでしょ? 魂の状態でそういうのやっちゃうと、消滅しかねないんだよ』
「あぁー……」
『でもね、どうもこの近くに本体があるっぽいんだ。あ、肉体じゃなくって、大きな魂の塊の方ね』
この近く……。
この近くって言ったら、アズの町?
殺された場所で地縛霊になっているんじゃないのか。
『思い入れのある場所とか、そういう所に心当たりあるかい?』
「樫田の思い入れのある場所……いや、召喚されてすぐ別行動だったんで」
『そうか……どこだろうねぇ』
『ディカートよ。ちょっとぐらいその坊主を外に出してみればいいんじゃないかのぉ?』
『何を言っているんだいアブソディラス。そんなことをしたら、彼が一瞬で消滅しかねないじゃないか。欠片のような魂なんだ、一瞬だよ? ヒュンって一瞬だよ?』
本体を合流すれば、マイナス感情を抱いても立ち直ることは出来る。というかマイナス感情で怨霊化する。
怨霊化する前に俺の死霊術で落ち着かせればいい、と魔王は言う。
とにかく、樫田たちの魂がある場所を探さなきゃな。
思い入れ……やっぱり町かな?
俺が知らないうちに町に来てて、そこで何かあったとか。
「ねぇレイジ君。もしかすると、召喚された場所だったりするんじゃない?」
「え? あの洞窟?」
「そう。あなたたちがこの世界に連れて来られた、最初の場所だもの。思い入れとは違うかもしれないけど、何か心に残ったりするんじゃないかしら」
そう……か。
確かにアブソディラスが住んでいたあの洞窟も、近い……と言えば近いか。
俺は召喚されてもすぐ追い出されたし、思い入れってのは……あぁ、でも。
「俺とソディアが出会ったのも、あの洞窟だったね」
「え……う、うん。そう、ね」
「もっとこう……景色が綺麗だとか、せめてまともな場所で出会えてたら、思い出の地にもなったんだろうけどね」
「ふふ。そうね。洞窟の中なんて、暗いしじめじめしてるし汚れてるし、景色を楽しめたもんじゃないわね」
『おぬしら……あそこは儂の家だったんじゃぞ。それをまともじゃないだの汚いだと、酷いではないか!』
「本当のことじゃない! あんな所にひいおばあちゃんが住んでいたなんっ――ぁ」
ん?
ソディアのひいおばあちゃんが住んでた?
いったい何処に。
なんで魔王は笑っているのだろう。
『ぷふっ。ほんと、アブソディラスは魔力感知が下手だよねぇ』
『はぁ? 何を突然言うておるのじゃ』
『いやだって。普通気づかないかなぁ?』
『何をじゃ?』
「ま、魔王様っ」
『だいたい、似てるじゃないか。ソディアは彼女の面影をしっかり残しているだろう?』
彼女の面影……。
あ――。
俺とソディアが出会った時、帝国兵に襲われている彼女を見て、アブソディラスが言ったじゃないか。
リアラに似て――。
馬車の天井に頭を突っ返させたアブソディラスは、腕を組み、首を傾げて考えていた。
その様子をソディアははらはらした様子で見つめている。
あぁ、そうか。
ソディアは――。
『誰に似ておるかの?』
ガタタっと、俺、ソディア、魔王の三人がこける。
え、嘘だろ?
自分で言っといて忘れたのか。
いや、それとも――。
『ボケ始めたのか』
「……クソジジィ」
ソ、ソディアの口からクソジジイなんて言葉が出たよ。
ほんと、ダメだこりゃ。
「ソディア。あの時、君が洞窟に居た本当の理由は?」
「え……そ……の」
『あ、洞窟に到着したよ。まずは彼らの魂を探してからにしよう。その間にアブソディラスのボケも治るかもしれない』
『おい、人を年寄りのように扱うな!』
いや、立派な年よりだから。