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『初めまして。私が元魔王のディカートです』
半透明な男、金髪金目のすっごい美青年がそう言う。
その顔は段々と緩んでいき、そして最後には感動していた。
『聞いた? 元魔王なんだよ。ねぇアデッサ君、聞いたぁ?』
「聞きました。元魔王ですね。えぇ、あなた様は死んでいらっしゃるのですから、元ですね」
眼鏡を掛けたキャリアウーマン風の女性が、呆れたように言う。
なんだろう……ダメな魔王とデキル幹部。そんな感じだ。
『相変わらず呑気じゃのう』
『おやアブソディラスじゃないか。いやぁ、死に友だねぇ』
『こんな奴の死に友なんて、儂は嫌じゃい!』
いや、凄くお似合いのお友達だと思うんだけど。
「はぁ……埒が明かないのでご説明いたします。私、ディストレトの宰相を務めますアデッサと申します。もちろん人間ではございません」
そう言って眼鏡のアデッサさんが、横髪をかき上げた。
そこにある耳は、エルフのそれよりは短く、だけど人間のソレよりは長く尖った耳だ。
あれ?
ソディアの耳もこんな感じ……じゃあ彼女も?
「えっと、魔族ってやつでいいんですかね?」
「はい。人間とエルフの中間的な種族とお考え下さい」
「でもハーフエルフって訳じゃあないんだからね」
とソディアが補足する。
魔族は世界に漂う魔力の源をコントロール種族で、寿命は人間の凡そ3〜4倍。エルフだと7〜8倍なので、確かに中間的ではある。
「ただ例外として、そこの死人は神々の大戦頃からずっと生きている、我々魔族の始祖なのです」
「そこの死人……」
『儂よりは年下じゃがのー』
『アブソディラスより若いって思ってね』
『なんじゃと! 儂を年寄り扱いするのかっ』
『だって自分を"儂"なんて言っちゃってるし。ねー?』
なんか俺も同じようなこと思ったな。
アブソディラスもそうだが、神々の大戦〜って下りから生きてる奴は、どうしてこんなに緊張感が無いのだろう。
死んだことに対して、悔しいとか、悲しいとか、そういうのは無いのだろうか。
「お二人とも、お黙りください」
『『はい』』
「こほんっ。では続けます。まず魔王ディカート様がこうなってしまった経緯をご説明しましょう」
ある日突然、ヴァルジャス帝国から使者がやって来ました。
その使者は『親書』を持参しておりましたが、その内容は凡そ親書とは呼べないもので……。
―我が帝国は先日、勇者の召喚に成功いたしました。
世界をより平穏へと導く為、彼らの力を借り受けようと願ったのですが……
うちひとりは勇者とは名ばかりの人物でして。
召喚した我らに非があり、内々に解決しようとしたのですが、
恥ずかしながら、その者に脱走を許すこととなりました。
その行方を捜していたところ、貴殿の国に逃げ込んだという情報を掴み
こうして自国の恥を晒してお願い助力をねがおうと親書を送らせていただきました。
ディストレトに逃げ込んだ男を、どうかこちらに引き渡しては貰えないだろうか。
魔王様は数か月前に、ヴァルジャスで召喚魔法が行われたことを探知しておりました。
ですので勇者の存在については驚きもせず、しかし内容には不信感を抱いておりました。
私としても、まるで我が国が勇者を匿っているような内容に憤慨しております。
そもそもヴァルジャスが「平穏へと導く」などと、まずそこからして矛盾しているのです。
かの国がドーラムやニライナに行ったこと。こちらはちゃんと把握しております。
何よりヴァルジャスが中心となって、周辺諸国と小競り合いしていた事実もございます。
まったく、どの面下げて「平穏」などという言葉を――。
『うん。アデッサ、脱線しているよ』
「はっ。私としたことが、とんだご無礼を」
「あ……いえ……」
それででございますね。
使者は親書を渡すとさっさと帰っていったのです。
脱走した勇者という方の似顔絵だけを置いてね。
そこからして怪しのですが、数日経つと今度は勇者ご本人がやってきまして。
『匿って欲しいと言って来たんだ』
「魔王様は黙っててください」
『ごめんなさい……ぐすん』
やって来た勇者の方と魔王様が謁見をしまして、直ぐにおかしな点があると気づきました。
「あの、その前に……その勇者って……」
「えぇっと、似顔絵がありましたよね」
『あ、そこの引き出しに』
「あー、はいはい、ありました」
「――樫田……」
どうやらお知り合いのようですね。
でもその方が魔王様を手にかけたのです。
あぁでもご心配なく。
その方の意思で魔王様の命を奪ったのではありません。寧ろその方は居なかったのですから。
「居なかったってどういう?」
「レイジ様……と呼ばせて頂きます。その方の意思――いえ、魂はそこには存在しておりませんでした」
「え……」
カシダさんとおっしゃる方の中には、別の者――冥府の女神の四天王、死烏のヴォルデが入っておりました。
それに魔王様がお気づきになりましたが――。
「魔王様、何故たやすく殺されたのですか!」
『いやぁ、彼の中にね、魂の欠片がまだ残っていたからさぁ。助けてあげられるかな〜って。あぁでもごめんね、無理だったよ』
「まったくもう! 他人に情けを掛けて、自分が死んでしまっては意味がないでしょう!!」
『あぁ、うん、ごめん。あ、でもさ。ほら、こうして憑りつける相手が来たんだし、大丈夫だよ』
え……俺……憑りつかれる為にここまで来たのか!?




