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『十二小隊隊長ギャデラック、仲間を連れて戻りましてございます。彼らに事情を話したところ、自分たちもと着いてきた者たちでして』
「え? 使役されたいってことなのか?」
『隊長ぉぉぉ』
『おぉコラッダよ。レイジ様にご迷惑なぞ掛けておらぬであろうな?』
『え……ナイデスヨ』
お前、それをこっち見ながら言うか?
明らかに「そういうことにしてください」って感じじゃないか。
やって来た騎士は大きなため息を吐き、コラッダの兜をごすっと殴り飛ばしている。
いや、兜はすり抜けてるから、中身だけ殴ったんだな。
「ちょ、ちょっとレイジくん……周りを見てっ」
「ん?」
あ、注目の的だ。
あれ? もしかして騎士団が見えてる?
「ソディアも見えてるのか?」
「み、見えてる。レイジくんと契約した彼らだけじゃなくって、ほかの幽霊も……どういうこと?」
『おそらく数が多いからじゃろうなぁ。それに――』
彼ら騎士団ひとりひとりの持つ、戦場での独特の気配が生者にも伝わっている。そうアブソディラスは言う。
帝国軍も王国軍も、一歩も動けず突撃してくる騎士たちを見つめている。
エスクェード騎士団が掲げられた旗。半透明ではあるが、何故かはっきりとそれは見えた。
「あの旗は騎士団の?」
『はい。我がエスクェード騎士団の物でございます』
「だからみんな混乱しているのね。存在するはずのない騎士団の旗を掲げた騎士たちが、確かに目の前にいるんですもの」
ただし幽霊だけどな。
それに気づいている奴もいれば、気づいてない奴もいる。
これはチャンスだ。
勝利するなら今しかない!
「ギャデラック。みんなと今ここで契約する」
『御意』
ギャデラックがラッパを鳴らすと、騎士たちが一斉に突撃を止め馬を止める。
それに安堵したような表情を浮かべる帝国兵もいた。
「レイジくん無茶よ。全員と契約なんて、出来る訳ないじゃない。あなたの精神力が持たないわっ」
「気絶したっていい、出来るだけ大勢を契約して、戦場に出てもらう」
その時馬蹄の音が近づいてきた。
騎士団じゃない、こ、国王陛下!?
「レイジ殿、これはいったい? 主は魔導師なのか、それとも――」
「陛下!? なんでこんな所に」
「死す時と思い、儂も前線まで行こうとしておったのだ。その時、主の影から伸びるモノを見て、敵の魔法攻撃かと思ったのだが」
俺を心配して来てくださったのか……。
こんな良い王様なら、俺が死霊使いだと知ってもきっと……。
「陛下、俺は……帝国の第二王子によって行われた、勇者召喚魔法で異世界から呼び出された人間です。その時受けた鑑定で、死霊使いの適正があると言われました」
「異世界人じゃと!?」
死霊使いだからと追放されたことを伝え、彼らエスクェード騎士団とはちょっとした縁があること。
それだけを伝えると、あとは国王に背を向けた。
騎士団を迎えるために。
そして――。
「陛下、この戦争。俺が勝利に導きます!」
両手を広げ、やってきたエスクェード王国の騎士たちに告げる。
「勇敢なる英雄の御霊たちよ。今俺が持てる精神力を全て使い切っても、あなた方全てを使役することは叶わないだろう。だが願わくば、このドーラム王国に勝利をもたらして欲しい。優しい王女の為に。その未来を陛下が見守れるように。どうか勝利を――」
そして俺は唱えた。
友としてともに歩もうと――助け合おうと――そう命じた。契約の呪文を――。
何人の騎士たちと契約できるだろうか。
俺の精神力はどのくらい持つだろうか。
『新たな主に――友に忠誠を!』
そう叫ぶ騎士の姿が見える。
『エスクェード騎士団はレイジ様と共に!』
雄々しい声を上げ帝国兵へと突撃する騎士たち。
銀色の鎧が赤黒い鎧を飲み込んでいく。
彼らは槍を掲げ、ただただ突撃していくだけだ。そして帝国兵の体をすり抜けていく。
ただそれだけで帝国兵は落馬し、動かない。
稀に即死を免れた帝国兵がいても、他の騎士たち、そしてアズ村の連中や冒険者たちが止めをさしていった。
やがてドーラム国王の号令の下、王国軍もエスクェード騎士団に続いて突撃を開始する。
帝国側の増援によって、一時は十倍以上もあった兵力差も、あっさりと縮まりはじめた。
――ミタマ。
「ん? アブソディラス、呼んだか?」
『いんや? 儂は呼んでおらんが』
空耳……か。
――ミタマ。
まただ。
誰かに呼ばれているような気がする。
エスクェード騎士たちが駆ける戦場で、彼らの隙間から見つけたのは――。
「かし……だ?」
頭痛でもするのか、頭を抱えた樫田の姿だった。
その樫田にエスクェード騎士がひとり駆け出す。
「ま、待ってくれ――」
樫田を殺さないでくれ。そう伝えるよりも早く、樫田は馬の手綱を引き、踵を返して駆け出した。
逃げてくれた……いや、帝国兵が撤退していく!?
「アブソディラス、戦況はどうなってる? 上の方から見てくれないか」
『うむ。よかろう』
びろーんっと伸びたアブソディラスは、十メートルほど上空で辺りを見渡すようなポーズに。
『後ろのほうにおった帝国兵どもが、回れ右しとるのぉ。それに合わせて全体的にあたふたしはじめておるわい』
「回れ右ってことは、やっぱり撤退なのか」
撤退の伝令が届かない前線の帝国兵は、それでも見方が撤退する馬蹄が聞こえて振り返り、そこをドーラム王国兵に突かれ命を落としていく。
数では圧倒的有利だったはずの帝国軍は、こうしてあっさり敗北したのだった。