7:でも魔法だけは止めてね
「――くん、起きて。ねぇ、レイジくん」
「ん……はう!?」
目を開けると、俺を見下ろしている美女がいた。
緑掛かった銀色の長い髪に紅の瞳。ぷるんっとした桃色の唇。そして――大きな胸!
大きいが、大きすぎるわけじゃない。そこがいい。
あれ……これは夢か?
「レイジくん。寝ぼけているの?」
「……あ、そうか。ソディアだ」
「くすっ。やっぱり寝ぼけていたのね」
いや、そりゃあ目の前にいきなり銀髪美人とか現れたら、寝ぼけもするだろう。
地球では絶対にお目にかかれないような、そんな美人なんだからさ。
起きた時には既に朝食の準備は整っていた。
早いな、ソディア。
昨晩、盗賊を成仏させたあと盗賊を埋葬。穴は竜牙兵に掘って貰った。
埋めたとはいえ、遺体の傍で寝るのは嫌だ。
暗い森を歩き、暫くして眠りについたんだが……ソディアはちゃんと眠れたんだろうか。
「さ、今日は町に入りましょう。服も買いなおさなきゃいけないし、レイジくんの分の旅支度もしなきゃでしょ?」
「え……でも俺、お金とか持ってないし」
そう。先立つものが何もない。
これは非常にまずい。
「私が払ってあげるわよ」
「い、いや、でもそれじゃあ悪いよ。そうだ、ソディアは冒険者なんだろう? お、俺にも仕事を紹介して貰えないかな?」
しばらく考えた後、彼女は俺をじっと見つめてこう言った。
「そう。じゃあ体で払って貰おうかしらね」
――と。
『ここがアズの村かの?』
「村っていうか、どう見ても町じゃないか?」
「ここはアズの町よ。私も来るのは初めてだけど……賑やかねぇ」
『賑やかすぎじゃろ。儂の知るアズは、田園風景の似合うド田舎だったんじゃがのう』
森を歩いて暫くすると、ようやくここにたどり着いた。
アズの町――というそうだが、アブソディラスも知っている町……いや、村、なのか?
町の門を潜りったところでソディアが門番と会話する。
どうやら昨晩襲ってきた盗賊たちのことを話しているようだ。
途中、ソディアが盗賊が持っていた荷物を彼らに見せていた。
話を聞き終えた門番のひとりが門の奥――そのまま詰め所になっているようで、扉の中へと入っていく。
「待っててね。もしかすると賞金が掛けられた連中かもしれないから」
「あぁ、なるほど。じゃあ報酬がでるのかも?」
「えぇ。やつらの持ち物を渡したから、それで確認が取れるといいんだけど」
門番を待つ間も、町を出入りする人の往来が激しく、その上馬車も通る。
ソディアと二人、門に寄りかかっているが、それでも邪魔になっているんじゃないかと心配になるほどだ。
そして時折風に乗って硫黄のような匂いが漂ってくる。
ほんのり……なので、臭いとまではいかないけれど。
もしかして、温泉でもあるのか?
暫くすると、さっきの門番とは別の男がやってきて、報酬を用意するので後でまた来てくれと。
ソディアは頷き次なる目的地へと向かう。
「まずは服を買いましょう。レイジくんのも穴が開いちゃってるし」
「あぁ、確かに」
「報酬はあなたのよ。まずは立て替えてあげるから、着替えもついでに買っちゃったら?」
そういうことなら、立て替えて貰おうかな。
それに、初の野宿でわかったことがある。
土の上は冷たい。そして痛い。
ある意味当たり前なんだけど、これが結構しんどいんだよ。
ファンタジーなんだ。マントとかカッコいいよな? 防寒にもなるし。
寝袋的な物があると尚いい。
二人でやってきた店に入ると、カウンターの向こうには背の高い男がいた。
店員なんだろうけど、ず、随分と気合の入った化粧だな。
「あらぁ~。いらっしゃ~い♪ まっ、素敵な服ねぇ」
「いえ、違うの。服が破けちゃったから、彼の上着を借りてるだけ」
「んまぁっ。破いちゃうほど激しかったのね!?」
破くほど激しい?
何を言っているんだ、このおネエは。
「ち、違うわよ! レ、レイジくんは好きに見ててね。私は二階のほうに行くから」
「二階?」
「お二階は女の子用のお洋服とか、装備を取り扱っているのよぉ」
あぁ、なるほど――って、じゃあ俺はこのおネエと二人っきりなのか!?
他に……他に客は!?
あ、いないのね。
俺、絶体絶命のピンチ。
「んふぅ。坊やも着替え用かしら?」
「あ、あぁ……シ、シャツに穴が開いたんで。つ、ついでに上着も」
「あら、ほんと」
すぐにおネエ店員が替えのシャツを出してくる。
着替えろっていうんでその場で着てみると、なんとサイズはピッタリ。
まぁLサイズなんて標準だもんな。
「一枚でいいの?」
「あぁ……出来れば二枚……かな?」
「ズボンは?」
「あぁ、それは一本で」
「上着は?」
「うーん、二着かな」
「んふ、おパンツはどうする? もしもの時用に、五枚ぐらいあったほうがいいわよぉ」
何故五枚も必要なんだ。
でもまぁ、下着は毎日履き替えたいもんな。既に今履いてる奴は二日目だし。
「じゃあ五枚」
「毎度あり~♪」
ちょうどその時二階から声がして、上着のブレザーを返すとソディアが言う。
吹き抜けになっている所から、ソディアではない女の店員さんが投げて寄越す。
こんなの、日本じゃ有り得ない光景だな。
それをキャッチしたのはおネエ店員。
「んまっ。なんなのこれっ。ステキ! 超ステキ!!」
「え、普通の学生服だろ? ――と、こっちでは普通じゃなかったのか」
「シンプルかつシュっとしたデザイン。生地もいいわぁ。それに動きやすそうね。ちょっと坊や、これ着て動いてみてよ」
「はぁ……」
背中に穴の開いたブレザーを羽織り、万歳、上体逸らし、そして腕をぐるぐる。
「いいわねぇ。……ねぇ、坊やぁ」
おネエ。急接近!?
「その服、ワタシに一晩預けてみなぁい?」
そういいつつ、おネエが俺の尻をまさぐった。
アッー!
「レイジくん、顔色悪いけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
結局この町で一泊する――というので、ブレザーはおネエ店員にズボン、ネクタイもろとも預けることになった。
ズボンを脱ぐ時、真後ろでじっと見られることのいと恐ろしきかな。
何度尻タッチされたことか。
真新しい服に着替えたソディアが見れなかったら、発狂していたかもしれない。
破れた服は薄い緑で、髪の色にもマッチしたワンピースだった。
今度の服は白をベースにしたやつだ。縁取りにさっきまでと同じ薄緑が使われている。
同じく白いニーソックスを今回は履いているが、スカート丈が短いのは相変わらずだ。
あんな短さで冒険って……何かと心配だな。
次に向かうのは冒険者ギルドで、簡単に済ませられて報酬のいい仕事を紹介して貰うのだと言う。
「町の雰囲気からして、たぶん宿代が高額かなぁ~って思うの。盗賊退治の報酬を期待するわけにもいかないから……付き合わせることになっちゃうけど、ごめんね」
「いい、いい。体で払うって約束したんだし」
「ふふ、ありがとう。でも魔法だけは止めてね」
にこやかな顔でサラっと言うソディア。
よっぽど俺の魔法はヤバいらしい。
ギルドの建物へと入ったソディアを待つ間、俺は町を観察した。
『はぁ……都会になってしもうたのぉ』
「アブソディラスはなんでこの町……いや村か? そのアズの村を知っているんだ?」
『ん~……ほれ、あそこに山が見えるじゃろい』
アブソディラスが指差し方角には、確かに高い山が見える。
あ、あの山って――。
「お前が住んでいた?」
頷くアブソディラスは、昔、深い眠りにつく前、アズの村に数度訪れたことがある――しんみりとそう話す。
遠くを見つめていたアブソディラスが、突然火事だと騒いだ。
『主よ、大変じゃ! ほれ、煙が上がっておるぞっ』
「え? どこどこ……げっ、本当だ。白煙が上ってるじゃん」
遠くもない建物の上から上る白煙。
避難したほうがいいんじゃないか?
そう思っていると、通りを歩く恰幅のいいおばさんがやって来てにこやかに言う。
「あんた温泉街は初めてかい? あれはね、温泉から上る湯気さね。初めての人はね、あれをよく火事の煙と間違えるんだよ。ほほほ」
「温泉!? な、なるほど。すっかり火事だと思って避難するべきか迷ってました」
「ほほほ。やっぱりねぇ。温泉はねー、体にいいんだよぉ。ゆっくりしていきんさい」
「ど、どうも」
温泉かぁ。この世界にもあるんだな。
泊まる宿に温泉があるといいな。
ギルドから出てきたソディアが開口一番――。
「お待たせ。レイジくん、ごめんなさいっ」
――と言って真っ先に頭を下げてきた。
「ごめんって、え?」
ソディアは手に持った紙――随分分厚くて茶色いけど、これが俗にいう羊皮紙ってやつか!
それを俺に向けもう一度頭を下げた。
「今すぐ行って半日程度で終わらせられる仕事が、これしかなかったの」
羊皮紙に書かれた文字を俺は知らないが、なぜか読める。
そこには――
【アズの町の外れにある、古びた墓地の清掃】
――と書かれてた。