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67:その頃の勇者様

 ヴァン王子から、東の港町ロデスコまで使いに行って欲しいと頼まれた。

 使い程度でなんで俺ら勇者が――とも思ったが、港町の近くに海底へと通じる迷宮があると。

 つまりその迷宮で腕を磨くついでに、お使いも頼まれてくれってことだ。


「荷物を受け取ってきてくれ。途中、その荷物を奪おうとする盗賊が現れるかもしれない」

「じゃあ荷物を守るのも仕事だってことだな」


 ヴァン王子が頷く。

 よし。勇者らしくなってきたじゃないか。


「荷物の中で気に入ったものがあれば、二つ三つ持って行っても構わない」


 ヴァン王子はそう言って、何故か相田の肩を叩いて出て行った。

 俺にはくれないのかよ。


 準備を整えその日のうちに東へと出発する。

 メンバーは相田、高田、戸敷、そして俺。

 更に俺たちが迷子にならないよう、従者が五人付きそう。

 前回のヴェルタの迷宮で一緒に潜った奴らとはまた違うメンダーだ。

 五人のうち二人は女で、嫌な予感しかしない。


 途中、野宿することもあったが、嫌な予感は当たった。


「じゃあ俺たち、あっちのテントを使わせて貰うから」


 そう言って相田が女二人とテントに潜って行った。

 その後聞こえてくる女たちの喘ぎ声。

 耳を塞いでも、目と鼻の先にあるテントから洩れる声と音とを遮断することは出来ねえ。


「あいつら……人目つうか、そういうのも気にしねえのかよっ」

「オラオラ相田! 樫田さんがお怒りだぞっ。他所でやれ、他所でよっ」


 高田がそう怒鳴ると、女たちの喘ぎ声がいっそう激しくなる。


「はぁ……これでは集中して本も読めやしない。"かの空間の音が漏れ出ぬよう――聞き耳妨害(サイレンスフィールド)"」


 戸敷が魔法を使うと、途端に静かになった。


「狙った空間――まだ狭い範囲でしか使えないんだがね、その空間の音を外に漏れさせないようにする魔法さ」

「おぉ。サンキューな、戸敷」

「いや、僕としても迷惑だからね。アレは」


 戸敷は本に目を落としたままそう言う。

 こいつはほんと、勉強することしか頭にねえのかよ。

 さすが三年連続学年首位なだけある。

 そういえば……。


「戸敷、お前ってさ、東大受かってただろ?」

「あぁ」

「異世界に連れてこられたせいで、通えなくなったな」


 あの大学に合格した。

 それだけで箔がつくってもんだ。

 俺らの高校から推薦で、しかも東大合格者なんて、前代未聞だってセンコー連中も騒いでいたしな。

 普段は大人しいこいつが合格報告のために職員室へ向かうとき、スキップを一瞬だけしたのをハッキリと見ている。

 それだけ嬉しかったんだろう。


「東大か……ここには大学で学べないことがたくさんある」

「お、おぅ……そうだな」

「樫田さん、ヤベェよ」

「わかるか樫田、高田! 日本、いや地球にいても絶対学ぶことのできない知識がここにはあるんだそれのなんと素晴らしいことか! はぁはぁ」


 た、確かにヤバいな、こいつ。

 勉強好きもここまでくると狂気でしかないぜ。

 黙々と、厚さ五センチほどの本を読み漁る戸敷を見ていると、頭が痛くなりそうだ。


 ごろんと寝ころび夜空を見ると、日本にいたときには見たことも無い星空が広がっている。

 こんなすっげー夜空を見れるっていう点で言えば、異世界に来た甲斐もあるってもんだ。

 そんな夜空を見上げて、ふとあいつのことを思い出した。


「魅霊、生きてっかな」

「どうですかね。まぁ冒険者を二人雇ってたみたいですし、生きてるんじゃないですか?」

「――だな」

「死霊術でアンデッドを使役出来ているようだし、無事だろう。それより興味深いのは、君が彼を気にかけていることだ。学校ではあれだけ魅霊に絡んでいたのに。どういう風の吹き回しなんだ?」

「う、五月蠅ぇよ戸敷。黙って本読め」

「オウオウ戸敷よぉ。樫田さんはなぁ、いっつもぼっちだった魅霊がかわいそうだから、絡んでやってたんだよ。この人はなぁ、不器用だから絡むことでしか遊んでやれなかったんだよ」

「おいいっ。こ、高田、止めろっ。それ以上言うな!」

「ふぅーん」


 あ、ヤベ。

 戸敷のやつ、本読みながら顔をにやつかせてやがる。

 一回しめとくかっ。


「実は俺……魅霊の奴が羨ましかったんですよね」

「は?」


 お、おい高田。何語りだしてんだ?


「俺のじいさんも、魅霊と同じ霊媒体質だったんッス。それで、神童とか言われて祓魔師エクソシストだったんッスよ。んで糞親父もまぁ、少しだけ力が合って。まぁ祓魔師になれるほどじゃなかったッスけどね」

「自分語りが始まったな」

「言ってやるな戸敷」

「俺が生まれたとき、親戚が期待したみたいなんッスよ。じいさんみたいな祓屋になってくれるんじゃないかって。知ってるッスか。祓魔師ってね、収入いいんッスよ!」


 金の話かよ!

 いや、今の感じだと、その金に親戚どもが期待したってことだろうか。


 俺の読みは当たって、金を無心する親戚が後を絶たなかったという。

 だが高田には霊媒体質が無かった。完全なゼロであった。

 まぁそれが普通なんだけどな。


「じいさんが全盛期の頃には、年間で億も稼げていたそうで」

「うわぁ、すげーな」

「毎年親戚ひと家族につき、家を一軒建ててやってたぐらいで」

「うわぁ……そりゃあ、何かを期待する馬鹿な親戚もいるわなぁ」


 だが孫は稼げそうにもない、ただの一般人だった。

 その父も若干幽霊が見えるとはいえ、祓魔師にはなれずただの神父。稼ぎはごくごく普通。

 期待外れだった父親のこともあり、親戚の見る高田への目が余計に厳しくなった、と。


「俺も見える人間だったら、あの親戚どもを見返してやれたのになって……魅霊を見てそう思うことがあるッスよ」

「神父の家も、いろいろ大変なんだな」

「それよりも僕は、祓魔師なんて非現実的な者が実在していることに驚いたね」

「オイ、俺のことディスってんのか? テレビ番組のオカルト特集にしょっちゅう出てくんだろ、あぁ?」

「いや、クイズ番組や経済番組以外興味ないから」

「高田。戸敷と俺たちは、違う世界の住人なんだ。諦めろ」

「いや、同じ世界だろ? 今だってこうして会話をしているのだし」


 俺が言いたいのはそんなことじゃないんだ。

 そしてやっぱり住む世界の違う戸敷は、何事もなかったかのように分厚い本を閉じ立ち上がる。


「よし、試してみるか」

「は? 何をだよ」

「空間転移魔法だ」

「は?」


 ポケットから小さな石を取り出すと、戸敷はそれを握りしめてぶつぶつ言い始める。

 石が光って――。


「樫田、これを握りつぶしてくれ」

「は? んまぁ、それぐらいなら――おらよ」

「投げろ」

「ほいよ」


 砕いた欠片を投げると、そこにぐるぐるした小さな渦巻のようなものが現れた。

 地面にではなく、宙に――だ。


 そのぐるぐるに向かって戸敷が石を投げる。

 何故か俺の頭に石が当たる。

 

 まて、石はちゃんとぐるぐるの中に入っていったろ?

 なんで俺の頭に当たってんだ?


「おい戸敷、今のなんなんだよオラァ」

「だから空間転移さ。いやぁ、案外簡単だったな」


 ……ダメだ。

 こいつと俺たちの次元が違い過ぎる。

 本を読んだら新しい魔法をどんどん覚えていきやがって、末恐ろしいったらありゃしねー。


 更に改良したいからと戸敷は分厚い本を開いて読み漁る。

 頭痛くなってきた。

 高田の意外過ぎる話も聞けたし、もう寝よう。

 相田のテントでは今も男女が重なり合う影が映しだされていた。






 馬車での移動で港町に到着したのは、帝都と立って五日目の昼過ぎ。

 さっそく迷宮の下見をして夜に戻ってくると、まさかの荷物到着でさっさと帝都に戻れと言うお達しだった。

 もっと暴れたかったのによぉ。


「んで、荷物ってなんなんだよ」

「あの荷車みたいッスね」


 高田が顎で教えたのは、五台もある幌付き荷車だ。

 何が入ってんだ?

 そう思って近づこうとすると、戸敷の奴に腕を掴まれ阻まれる。


「アァン? 戸敷、樫田さんの邪魔をしてんじゃねえよ」

「邪魔というより、樫田のためを思って止めたんだが」

「アァ? どこかどう樫田さんのためだつんだ?」

「相田を見てみろ」


 言われて相田の姿を探す。

 あいつめ、ひとりだけ先に荷物の中身をみていやがる。

 ヴァン王子に二つ三つ持っていってもいいとは言われてたが、だからってひとりで抜け駆けとはな。

 許せんっ。

 ぶん殴ってやる!


「おい、相田!」


 戸敷の腕を振り払い、相田に向かって怒鳴りつける。

 そして右拳を引き――。


「なんだ樫田。お前も欲しいのか?」

「貰えるもんは貰う! てめーだけ良い思いさせてたまるかっ」


 ついでに一発なぐ――え?


 相田が荷車の幌を捲り、そこにあった荷物たちが一斉にこちらを見つめた(・・・・)


「なんだよ……なんなんだよこれは!」

「だから樫田のためだと僕は言ったんだ」


 荷車の中には鉄格子が。

 そしてその中には俺らよりも若い女が大勢詰め込まれていた。

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