50:こちらは全て順調だとな
レイジ一行がアリアン王女を乗せた馬車と遭遇する二日前。
ドーラムの北、湖の畔にある王家の別荘にて――。
「アリアン!」
愛しいアリアン。
前回会ったのは半年以上前だっただろうか。
本来であれば彼女との再会も、まだ先のことであったが。
我が国ニライナと、アリアンの祖国ドーラムとの親善会議。その使者に、私は是非にと父に願い出た。
その甲斐あって、私は今、ドーラムの地にいる。
会議に参加する他の一行より一足先に、アリアンが待つこの別荘地へと。
毎年この別荘で、ほんのわずかな時間を過ごすだけであったが、今回は二日という長い時間を共に過ごせる。
その後も、表立って彼女の傍にというわけにはいかないが、それでも――目の届く距離で過ごすことが出来る。
あぁ、なんと幸せなことだろう。
出来ることならこのまま……このままドーラム国王に、アリアンとの愛を打ち明けたい。
だがそれは……。
それにしても、呼びかけたにも関わらず、アリアンはおろか誰一人姿を現さないとはどういうことだ?
「ミッター。屋敷の住人の姿を見たか?」
「いえ殿下。屋敷の者はおろか、物音ひとついたしません。何やら怪しい雰囲気でございますね」
「殿下。我々の傍からお離れになりませんよう」
怪しい……。確かに誰の姿も見ない、物音すらしないというのは怪しいが。
私をここに招いたのはアリアンだぞ。
そうか!
「ふふ。アリアンめ。私を驚かそうと、屋敷の者と一緒に隠れているのだな? だったら――」
隠れているのであれば、こちらから見つけて驚かせてやろう。
屋敷の裏手へと周り、部下とともにこっそり忍び込む。
全ての明かりが消され、屋敷の中は薄暗い。
さて、アリアンはどこに隠れているだろうか――。
「ぐああぁっ!」
「何事だっ」
最初の角を曲がった所で、背後の部下から悲鳴が上がる。
慌てて振り向くと、黒づくめの何者かによって部下が――斬られた!?
「何奴!」
「殿下、お下がりくださいっ」
剣を引き抜き身構える間に、部下がひとり、また斬り倒される。
私の護衛として同行する部下たちは、決して弱くはない。
むしろ我が国でも精鋭と謳われる者たちだ。
それがこうもあっさりやられるとはっ。
「誰か! 誰かおらぬのかっ」
声のあらん限りを尽くし叫ぶが、反応は無い。
まさか……この屋敷の住民は……アリアンはこの者に!?
「貴様ぁ。アリアンをどうした!」
「殿下っ」
「アリアンにもしものことがあれば、私は……私はっ。決して貴様を許さない!」
剣を握る手に僅かな力を籠める。
そして小さく呟く呪文。
自らの身体能力を、一時的に向上させる神の奇跡の魔法を。
魔法が完成すると同時にいっきに床を蹴り、殺戮者の懐へと飛び込む。
私の渾身の一撃は、だが相手を死に至らしめるには届かなかった。
「っく」
胸元を切り裂かれ、痛みに声を漏らす殺戮者。
「ほぉ。剣術の腕が立つ、とは聞きましたが、なかなかどうして……」
「新手か?」
「殿下、お下がりください。ここは我々が食い止めまする!」
「しかしっ」
「アリアン王女が殺されたと確定された訳ではありません! アリアン様をお救いするためにも、ここは生き延びてくださいっ」
「っく」
そ、そうだ。まだ彼女が死んだとは限らない。
国境まで戻れば、使者団が待っている。
連れてきた兵は少ないが、それでも精鋭部隊五十名はいる。
彼らとともに再び……。
「確かにアリアン姫は生きているとも」
「な、に?」
「ふ。安心するがいい、いずれお二人には再会していただく」
「再会? アリアンと会わせるというのか!?」
頷いた男が素早く動く。
私はアリアンに会えるという喜びから、その反応が一瞬遅れた。
「お二人が再会したとき――それは即ち死ぬときだ!」
「なっ――」
一瞬を隙を付かれ、腹部に激痛が走る。
思わず痛みに体をくねらせると、次に頭部を……。
「き……さまっ」
見上げた男の顔に、見覚えがあった。
この男は――。
薄れゆく意識の中、胸元のペンダントを握りしめ祈る。
愛しいアリアンの無事を。
そして最後に耳にしたのは、部下たちの断末魔とそして……。
「ヴァン様に報告しろ。こちらは全て順調だとな」




