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46:俺は好きだよ

「助けていただき、誠にありがとうございます」


 そう言って頭を下げる女性。

 薄紫色のやんわりとした髪の、これまたやんわりとした容姿の女性だ。

 俺やソディアと歳も近いようだが、どことなく気品に満ち溢れているというか……たぶん貴族のお嬢様とかだろうな。

 ただ彼女はずっと涙を浮かべたまま、必死に耐えているようにも見える。

 よっぽど恐ろしかったのだろう。


 考えたくはないが、さっきのような恰好にされていたってことは――いや、止めよう。


 俺たちは今、奴隷商人が使っていた馬車に乗って山道を下っている。

 女性が驚くといけないので、今は竜牙兵も俺の影の中だ。

 御者にはこっそり呼び出したコラッドが座り手綱を握る。


『もうすぐ検問所に付きます』


 御者台からコラッドの声が聞こえると、それまでずっと耐えてきた女性がわっと声を上げ泣きだした。


「コラッド、ちょっと止めてくれ」

『分かりました』


 馬車を止め、彼女が泣き止むまで待つ。

 自分が泣き叫ぶ姿なんて、出来れば知らない奴に見られたくないもんな。

 だから俺もそっと馬車を下りて待った。

 ソディアも下りてきて俺の隣に立つ。


「優しいのね」

「そんなんじゃないさ。俺だって他人に泣き顔なんて見られたくないし」

「そう……でも、辛いことがあったら相談してね? 少しは受け止めてあげられるんだから」

「え? お、俺、辛そうにしてるように見える?」


 ソディアは首を左右に振って「見えない」と答える。


「でも、異世界から突然連れて来られたんですもの。帰りたい……でしょ? 家族が待っているもの」

「あー……両親とはもう死別しているんだ。祖父母や曽祖父母ともね」

「あっ……ごめんなさい」

「いや、平気。大丈夫。でもそう思ったら……」


 樫田たちってどうなんだろう?

 戸敷の親父さんは確か弁護士だったかな。生きてるはずだ。

 高田の家も教会だし、親父さんは現役の神父だ。やっぱり生きてる。

 帰りたい……って、思うのかな。


 俺は……。


 学校から帰っても、誰もいない家。

 学校に行く時、帰って来た時、寝る時に、それぞれ仏壇に手を合わせるのが日課だった。

 両親が事故で亡くなって、しばらくは姿を見ることが多かった。

 俺を心配して成仏できなかったのだろう。

 でもこの一年、まったく二人の姿を見ない。

 出てきて欲しいと思うこともあったけれど、それを願ってはいけないことだと分かっている。

 だから、考えないようにした。

 寂しいと思わないようにした。


 だけどやっぱり……。


 今、隣にはソディアがいる。

 コラッダもいて、竜牙兵がいて、足もとの影の中にはアンデッドたちがいる。

 あぁ、肩に乗っかってる背後霊もいたな。


 ひとりじゃない。


 でも、元の世界に戻ればまたひとりだ。


「俺は好きだよ」


 そう言ってソディアに笑いかける。


「す、好き!?」

「うん。この世界が好きだ。ひとりじゃないからね」

「こ、この世界……そ、そういう意味ね。ふふ、ふふふ」

「どうした、ソディア?」

「ふふふ、なんでもないわ」


 いや、まじでどうしたんだろう?

 笑いながら馬車の中に入っていったけど。


『もうっ、馬鹿ね!』


 ビシっと鞭が飛んでくる。


『馬鹿ですぅ〜』


 ビリビリっと魔法が飛んでくる。


『サナドの爪の垢でも飲ませるべき?』


 俺がいったい何をした?


「レイジくん、ちょっと」


 馬車の中から俺を呼ぶソディアの声が、「おう、御霊。ちょっと面貸せや」と言う樫田の声とシンクロしているように聞こえた。






「え……じゃあ君は……お姫様?」

「はい。私はドーラム王国王女、アリアン・ローゼン・ドーラムです」


 薄紫色のぽやんっとした女の子が、この国――あ、まだここはヴェルジャスか――じゃあ隣のドーラム王国の王女様!?

 そんな大物貴族、いや王族が、何故奴隷商なんかに。

 運ぶためと言っていたが、いったい誰がどこに運ぼうとしたんだ。


「みなさまは私を助けてくださいました。お礼をしなければなりません。ぜひ、我が父君の待つお城まで来てくださいませんか?」

「え……し、城……」


 どうしたものか。

 そんな所に出て行って、万が一アンデッドが見つかりでもしたら大変だぞ。


「それにしても、お三方は大変お強いのですね。ならず者たちの人数は、あなた方より多いと言うのに」


 と、まだ赤い目でほほ笑むアリアン王女。

 倒れている暗殺者の数を見て言っているんだろうな。

 そしてすっとぼける俺とソディア。コラッダは御者として馬車を走らせている。


 彼女は知らない。

 アンデッド軍団の手によって、暗殺者たちが倒されたことを。

 いや、最初から気絶していてよかったかもしれない。

 もしアンデッド軍団を目の当たりにして、あの奴隷商みたくぽっくり逝かれでもしたら大変だったぞ。

 まさか王族だとは思わなかったもんなぁ。


「でも、どうして一国の王女様が……」


 遠慮がちにソディアが訪ねると、アリアン王女は顔を伏せ呟いた。


「私は呼び出されたのです」


 うつむき、何かに耐えるよう唇をぎゅっと噛みしめてから彼女は話を続けた。


「愛しいあの方に……隣国ニライナ王国のキャスバル王子に呼び出されたのです」


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