42:入れ替われば問題ないぞい
ヴェルタの町を出て八日目。
ヴァルジャス帝国と隣接するドーラム王国との国境にある山脈で夜を過ごす。
目的地はドーラムの最北端。
安全な街道は山脈を迂回するように南へと伸び、コベリアの故郷へと向かうにはかなりの遠回りになる。
加えて街道は人の通りも多い。乗合馬車なんてのもあるが、乗車中に万が一アンデッドが影から出て来ようものなら……。
「あっという間に死霊使いだってバレちゃうものね」
「あぁ。せめてヴァルジャス国内では知られたくない。ソディアには迷惑をかけて、悪いと思っているよ」
「え? わ、私は別に迷惑だなんて思ってないわよ。気にしなくていいのよ、レイジくん」
「うん、ありがとう」
焚火を挟み夕食を取る俺たち二人。
周囲ではアンデッドたちがどんちゃん騒ぎを始めている。
この山に入るまで、彼らは大人しく影に潜っていてくれた。
その反動か、山に入って人の気配がなくなると途端に出てきてこの調子だ。
おかげで山道すら歩けない。
「お前たち、今はまだいいが、検問所近くになったら大人しく影に入っててくれよ」
『『分かってまーす』』
「本当に分かってるのかね……」
「ふふ。ずっと影の中っていうのも、きっと退屈なのよ」
私は入ったことないけどね――と、ソディアは笑みを浮かべて言う。
退屈――か。
俺の影の中って、いったいどうなってるんだろうな。
それをアブソディラスに尋ねても――。
『儂も入ったことないしのぉ、知らんわ』
そんな会話を聞いてか、ヨサクじいさんがやってきて影の中がどうなっているのか教えてくれた。
『特に何もありませんのじゃ。まぁーっくらで、ただただまぁーっくらですじゃよ。じゃが、どうにも落ち着く場所でしてなぁ』
「落ち着く?」
『えぇ。言うなればそう……墓の中のような?』
「いや、その例え全然分からない」
『レイジ様も一度墓に入ってみると分かりますじゃて』
それは俺に一度死ねってことなのだろうか。
いや、深くは考えまい。
ヨサクじいさんの言葉を笑いながら聞いていた冒険者リーダーのチャックが、
『俺らも墓には入ってないんで分かりやせんが、超が付く高級ホテルの超快適ベッドの中――みたいなもんですわ』
と、こちらの方がまだ理解できる表現で説明してくれた。
そんな心地の良いベッドも、一日中入っていれば退屈にもなる。
『それと同じなんでさあ』
「あぁ、なるほどね。影の中だと何もすることが無いのか」
『えぇ。なぁーんにもありやせんね』
『だからレイジ様。またダンジョンに行くっす! 思いっきり体を動かして疲れさせ、そしたらまたたっぷり休めるっす!』
アンデッドって、疲れないんじゃなかったっけ?
そんなことを考えながら、ヴェルタの迷宮でのことを思い出す。
俺もゲームなんかはいろいろやって遊んだ。
ネットゲームなんかだと、初挑戦のダンジョンでは緊張したもんだ。
うまく立ち回れるだろうか。デスペナを貰うことなく攻略できるだろうか。
フィールドとダンジョンとでは、敵の強さも違う。
だから緊張もしたし、同時に興奮もした。
自分の今の強さで立ち向けるか? いや、やってみせる! ――と。
でもなぁ。ヴェルタの迷宮でそれがまったく無かったんだよなぁ。
ゲームと現実とでは違うってのは分かるけど、だったら余計に緊張ぐらいするもんじゃないのか?
アンデッドが無双過ぎたからだろうか?
いや、でも中に入ったときから緊張感はまったく無かった。
迷宮で初めてゴブリンに遭遇した時も。
数十匹のゴブリンが待ち構えていた時も。
守護者に遭遇した時だってそうだ。まぁ直ぐに気絶して、アブソディラスと入れ替わってしまったけれど。
『あれ? レイジ様はダンジョンが嫌いっすか?』
「いや嫌いというか……思ってたのと違う、みたいな?」
もっと緊張感のある、死ぬか生きるかの世界。
そんなのを想像していたけれど、まったく死ぬ気がしない。
どうにもぬるく感じてしまうのだと、アンデッドたちに話す。
「確かに彼らのおかげで、危険性はかなり低かったけれど……だけどレイジくん、一歩間違えば死ぬのが当たり前っていうのが迷宮なのよ?」
「う、ん。いや、でも、頭では分かっていても、なんていうのかなぁ、本能的な何かがまったく危険を知らせないっていうか」
『まぁ仕方ないじゃろう。あの程度の迷宮、雑魚も雑魚。出てくるのは、儂の鼻息ひとつで吹っ飛ぶような奴らばかりじゃ』
「そうなんだよなぁ。雑魚過ぎ――まさかっ!?」
「え? どうしたの?」
ばっと立ち上がり、俺はアブソディラスを見た。
アブソディラス基準での雑魚。
アンデッドたち基準での雑魚。
それは当然違う。
異世界にやってきて、モンスターの実際の強さなんて知らないはずの俺が、何故こうもモンスターに対し恐怖心を抱かないのか。
それは――。
「俺の雑魚基準が、アブソディラス基準になってる!?」
『『あぁなるほど』』
納得するアンデッドたち。
『古代竜様基準でモンスターの強弱を図っているのなら、ほぼ全てのモンスターが雑魚になりやすね』
『うむ。儂から見れば、キメラもクラーケンもバフォメットも、みな雑魚じゃわい。かーっかっかっか』
そんな……異世界に来て冒険者にまでなって……それでモンスターが全部雑魚、だと?
俺はいったい何を楽しみに生きていけばいいんだ!
もういっそスローライフに転換するかな。
『まぁ緊張感が欲しいというなら、古代竜の力を封印すればよかろう? 魔法を練り過ぎてあちこち破壊してしまう主じゃ、その方がちょうど良いかもしれぬ』
「え……封印?」
古代竜の力を封印する――簡単に言えば魔力を封印することなのだと。
何に封印するのか?
じゃあ迷宮でゲットした杖にでも。
「そんな軽いノリでいいのか?」
『じゃあ重たいノリがいいのかの?』
「いや、それは……で、でもさ、誰が封印するんだろ」
『主』
「俺?」
『そう』
自分で自分の魔力を杖に封印するのか……。
ただ今の現状だと、魔力の練り方が下手くそ過ぎて、いつ暴発させるかも分からない――と、こちらはカルネからも告げられる。
『一度魔力レベルを下げて、一から学んだ方が良いと思うですぅ。たぶん今の状態だと、魔力量が多すぎて練っている感じも掴めていないのだと思われますです』
「そうね。封印できるっていうなら一度普通の魔術師レベルまで下げて、基礎魔法から順に覚えていくのがいいのかも」
『はい〜。今のまま広範囲の攻撃魔法なんて教えたら、それこそ地図を描き換える必要になると思うのですぅ』
俺はマップ破壊兵器か。
とにかく魔力の大部分を封印し、魔法の扱いをちゃんと学ぶほうがいい。
慣れれば下級魔法も上級魔法も、状況に合わせてその威力をコントロール出来るようになる――と。
ついでに、魔力を封印することで実質今よりも弱体化する。
弱体化すれば、俺にとっての雑魚基準が変わる。
つまり冒険がハラハラドキドキするようになる、んじゃないかってことだ。
『ならなかったら諦めるっすよ』
「……はい」
『では杖を持って復唱するがよい』
アブソディラスに教えられた呪文を詠唱し、魔力の封印作業を開始する。
「我が魔力。砂粒ほどの欠片のみを残し、来るべきその時まで今ここに封印する。我が身にその力が馴染むその時まで――はいっ!」
こうして俺は自らの魔力を――いや、アブソディラスから吸い取った魔力を杖に封印した。
『残った魔力は元の1%にも満たぬからの、これまで通りとはゆかんぞい』
「あぁ。それで、封印を解く方法は?」
体の中から血液が吸い取られたような、そんな錯覚に襲われ若干立ち眩みもする。
異世界に来て眩暈なんて、初めてだな。
『主が魔力をコントロール出来るようになったら、それに合わせて少しずつ開放されてゆくのじゃ』
「え……他に方法は?」
『無い』
「え……もしモンスターの大群に遭遇して死にそうになったら?」
『アンデッドどもがおるじゃろう? もしくは儂と入れ替わるかじゃ。そうじゃ! 入れ替われば問題ないぞい♪』
いかん。眩暈がしてきた。
ここより2章スタートです。
異世界転生転移物の新作「転生魔王様。勇者召喚されたけど全力でスローライフを送ります(願望)」始めました。
そちらもぜひ、よろしくお願いします。