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38:幽霊ごときで狼狽えるとは

『幽霊ごときで狼狽えるとは、情けない!』

『す、すみません。小隊長殿』

『まったく、何百年経っても肝の据わらぬ奴め』


 ……騎士の亡霊、同じ騎士の亡霊から説教されてるぞおい。

 しかも、あれだけおどろおどろしい登場の仕方をしたくせに、物凄く軽そうなんだけど?

 っと、ソディアは大丈夫だろうか。


 抱きしめた彼女を見ると、きょとんとした顔で騎士の亡霊を見ている。

 俺が見ていることに気付いたのか、目が合うと再び顔を埋めるようにして小さく震えだす。

 うん。もう暫くぎゅっとしておこう。


『えぇぇ、こほん。そこの御仁、よろしいですかな?』


 小隊長の亡霊が一歩前に出る。

 彼は冑を脱ぎ、優雅に会釈をした。

 あらわになった顔は、やはりやせ細っている。

 騎士といえばもっとこう……精悍そうなイメージだったんだけどな。

 あれだと、餓死する寸前――いや、もしかすると、彼らは餓死者なのだろうか。


『確認させて頂きたいのでござるが、我らが見えておいででござろう?』

「見えてます」


 頷きつつそう答えると、騎士は安堵したような表情に。

 それを確認してか、残った騎士もみな冑を脱いだ。

 やっぱり全員、餓死でもしたのかってぐらいやせ細った顔をしている。


『我らはエスクェード王国の王国騎士団、第四師団第十二小隊の者でござる』

「はぁ……」

『我らと会話が出来る者を、ここでずっと待っていたでござるよ』

「はぁ……」


 何故騎士が『ござる』口調なのか、そんな疑問が浮かんだけれど、ここは耐えて黙って聞くことにした。

 彼らこそが、カルネの言っていた王国騎士団であり、冥府の女神を討伐するために迷宮へと足を踏み入れた張本人たちだ。

 もっとも、多くの騎士のうち……であって、彼らは五十階層から下へは下りたことがない、と。


『我らはここから這い出す魔物が地上に出ぬよう、扉を固く閉じ、仲間たちが戻ってくるのをひたすら待ち続けてきました』

『だけど先輩たちは誰ひとり戻ってこず、ボクらもまた……』

「餓死するまで扉ってのを守っていたのか?」


 頷く騎士たち。

 仲間を見捨てて自分たちだけが地上に出るなど、騎士道に反すると。

 

「だからって死ぬ必要はなかっただろう!」

『いいえ、冥府の女神が地上に出れば、この世界は混沌に包まれてしまいます。それ故、この扉は死守せねばならなかったのででござる』

『女神の眷属が、この扉を開放しようと何度も襲ってきました。そのたびに、残った我々が必死に守ってきたのです』

『幸いというか、我らの命が尽きる前に、深層部へと続く道が崩落しました。そのせいか、女神の眷属らもぱったりと姿を消したのです』

「だったらその時に地上へ――」

『仲間がこの下のいるのです。今も……ずっと』


 そう言って彼らは床を見つめる。

 地下五十階のここよりももっと下。そこに仲間の騎士たちが眠っているのだと。


『我々は知りたい。同胞たちが女神を打ち取れたのか』

『ただその一心で、私どもは成仏できず、この鎧に魂を縛り付け生きながらえてきました』

『いや、我らは死んでいるのだ、生きながらえるというのはおかしかろう。はっはっは』

『いやぁ、一本取られました。ははははっ』


 なんだろう。

 ものすご〜く暗い話題に突入するのかと思ったら、軽いオチを付けてくる。

 

「そ、それで、俺にその話を聞いてほしくて出てきたのか?」

『『いやいやいやいや』』


 一糸乱れぬ動きで、全員が手を振る。


『本題はここからなのでござる。我らは死んだ身。死しても暫くは扉を守り、仲間の帰りを待つ意味でもここに留まっておりました』


 誤って成仏しないよう、鎧に魂を定着させて。

 そして長い年月が経ち女神の眷属もやってこないし、深層部の様子を見に行こうとしたが――。


『いやぁ、すっかり鎧に憑りつく地縛霊と化してしまいましてなぁ。はっはっは』

『せっかくの霊体。扉も壁もすり抜けられると思ったらこのザマですよ、ははは』


 そう言って騎士の亡霊たちは鎧を打ち鳴らす。

 本来幽霊は物体をすり抜けるもの。

 だけどその物体に対しての思いが強く、それそのものに憑りついた場合はああなるのか。

 幽霊なのに、幽霊の利点を生かせないとはなぁ。


『見れば貴殿は死霊を使役しているようで。つまり死霊使いでござろう』

「ま、まぁ、そうなる」

『では、我らも使役して頂けぬでござろうか? そうしてこの鎧から魂を引き離して頂きたいのでござるよ』


 アンデッドが増える!?

 いや、彼らは下の様子を見に行きたいんだ。俺に使役されてついて回るってことになると、下には行けない。

 まさか俺たちにも付いて来てくれなんてこと……。


『使役してくれと言ってなんでござるが、その後、我らは深層部へと向かいまする』

『こいつを――見習い騎士のコラッドをお付けします。どうか、しばしの間、お暇をください』

『えぇ!? 先輩、ボクだけ置いて行くんですか!?』

『新しい主にお仕えし、我らの分までしっかりと働くんだ、コラッド』

『私たちもみなを見つけたらすぐに行く。お前が主の元にいてば、すぐに見つけ出すこともできよう』


 なんだか話が勝手に進んでいっているな。

 村人、冒険者ときて、次は騎士のアンデッドか。


『レイジ様。これでまた軍団の戦力が上がりやしたね』

『うおおぉぉぉっ! 騎士団っすよ! 俺、騎士に憧れていたんっすよ』

『えぇぇ、コウ兄さん。俺は冒険者に憧れていたって言って、旅に出たんじゃな〜い』

『しっ。それは内緒っす。今は騎士っすから!』

「レイジくん、どうするの?」


 きゅっとしたままソディアが訪ねてくる。

 そ、そろそろ離れようか。

 さっきから頭上のアブソディラスがことあるごとに、ニタニタ笑って見ているし。


 彼女の肩を掴んでさりげなく離す。


「仕方ないから仲間に入れることにするよ。断れば怨霊化して、ここにやってくる冒険者を襲うかもしれないしね」

「そう……ね。またアンデッド人口増えるわね」

「あぁ……うん。増えるね」


 どうしてこんなことになっているのだろう。

 俺はただ、異世界で慎ましく生きたいだけなのにな。


 これ、日本に帰れることになった場合、どうなるんだろうなぁ。


「じゃあ、行くよ」

『いつでもどうぞ』

「現世に未練、恨みを残す彷徨える死霊よ――」


 こうしてアンデッド軍団に騎士十名が加わった。

 騎士見習いのコラッドを覗く九人が鎧を捨て、床をすり抜け深層部を目指して行った。

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