20:ぎゃああぁぁぁっす!
『とりあえず新しい連中は主の影に入れておけ。その方が主に馴染みやすいじゃろうからな』
「馴染み?」
俺が首を傾げているとチェルシーが飛んできて『レイジ様の影の中にいると、落ち着くの』と。
他の連中も頷いていて、もやもやっとした嫌なことも忘れさせてくれるんだとか。
「そんな効果があるのあ?」
『ふむ。儂も死霊術は知識として知っておるだけじゃからの。しかし怨霊を使役した際、まずは影に入れろ――そういう記述があったように思うでな』
「ふぅん。じゃあ……新入りさんは影の中に入っててくれるか?」
そう言うと、元冒険者ゴーストは敬礼をして、ひとりずつ影へと入っていく。
あとは――。
「ソディア。しっかりしてくれソディア!」
放心状態のソディアを復活させないとな。
肩を掴んで優しくゆすったがダメだった。
『チューをしてはどうかの?』
『あら、それいいわね。王子様のキスで目覚めるお姫様。んふふ、さぁ、レイジ様』
「う、五月蠅い! 外野は黙ってろっ。ソディア、早く正気を取り戻してくれっ」
心配で心配で、思わず彼女をぎゅっと抱き寄せた。
抱き寄せて……そ、それからどうする?
『チューじゃ、チュー!』
『王子様からの口づけは定番中の定番でしょ!』
『行くっす。思い切っていくっすよ!』
「お前ら、そんなに成仏したいのか?」
『『ごめんなさい』』
『チューじゃあぁぁっ!』
「やかましいっ!」
アブソディラスには成仏攻撃が効かないのか、くそ。
「ん……ぁ……レイジ、くん?」
「ソディア!」
抱き寄せていた彼女の顔を覗き込み、その瞳が開いていることに安堵した。
よかった……やっと目を開けてくれた。
『ぬぅ。惜しかったのぉ』
『惜しかったわね』
「惜しくない!」
「え? なに? どうなってるの?」
「え、じゃあ……あの感覚がその……幽霊と出会った時に感じるものだったの?」
ソディアが気絶した原因を彼女に話すと、少し怯えたようにそう話す。
ただの幽霊ではなく、かなり強い恨みを持った怨霊だったからだろうな。
アブソディラスの時も驚いたけど、奴の場合は怨霊というほどでもなかった。そもそも持ち合わせていた存在感というか、そういうモノで驚いたというのが正しい。
「レイジくんはしょっちゅうあんなのを感じていたのね……」
「まぁさっきのあれほど悍ましいモノも少ないけどね」
『すいやせんでした』
と足元の影から声がする。
その声にソディアが驚き、俺から一歩離れた。そして俺をじっと見つめる。
「もしかして……」
あ、そういえば元冒険者ゴーストのこと話してなかったな。
「成仏させようとしたけど拒否られて……」
「きょ、拒否?」
こくりと頷き、成仏させられなかったから死霊術で使役するしかなかった……と説明する。
何故か頭を抱えだすソディア。
ぶつぶつと「いったいどれだけ増やす気よ」と言っているのが聞こえた。
俺もそう思うよ。
どんだけ増えるんだ、俺のアンデッド軍団。
落ち着いたところで当初の目的に戻る。
『あっちじゃ』
と、アブソディラスが奥の壁を指差した。
その壁の前で合言葉を復唱しろ――と。
『古代語での――"自由になりたーい"じゃ』
「……旅をしたいっていうのは、割と普通に夢だったみたいだな」
『……うむ。だって儂、巨大過ぎていろいろ大変じゃったしの』
なんとなく同情するよ。
この言葉によってゴゴゴっと地鳴りとともに壁がスライドし、その向こうに隠されていた部屋があらわになった。
『ほれ儂、伝説の古代竜じゃろ? 神々の大戦の時に大活躍じゃった儂は、大戦後にたくさん褒美を貰ってのぉ。更にその後、魔導王国の王に知恵を授けてやったら、まぁあれやこれやとお礼の品を持ってきてのぉ』
なんか胡散臭そうな自慢話が始まった。
アブソディラスは無視して中へと入った……が、思ってたんと違うってぐらい、中は殺風景だった。
何かある――と言えばある。
でもなんていうかな。大量のお宝を持ち運ぶときに、ちょこっと落としました的な感じで、金貨や銀貨、それに宝石っぽいのがぽつぽつとある。
「どうやら先客がいたようね。きっとあなたを召喚した連中でしょう」
「あぁ……王子様一行か。当てが外れたな、アブソディラス」
『うんにゃ。この部屋はゴミしか置いておらんかったからの。まぁ儂から見ればゴミでも、人間から見ればお宝じゃろう。ほれ、あっちじゃ』
え、もしかして隠し部屋の先に、別の隠し部屋が?
『ほぉほぉ。なるほどですね、はい。この部屋の金銀財宝を見せて満足させ、本命に気づかせない、と。いやぁ、それにしても、どのくらいあったのですか?』
『さぁのう。魔導王国から樽に入れられて送られてきたからのぉ。ここにあったのは金貨に銀貨、それに宝石の類に、比較的弱い魔法が付与されたアイテム程度じゃ』
樽……たしかにそれらしき残骸があちこりに転がっているが、いくつあったのかと問われると、1、2、3……いっぱいって感じなんだが。
落ちてるのを拾い集めたら、そこそこの金額になりそうだぞ。それこそ、王子に貰った金貨二十枚を遥かにしのぐぐらいには。
竜牙兵に硬貨と宝石を拾うよう命令を出し、更に奥の壁へと向かう。
今度は先ほどとはまた別の言語、竜語で――。
「隠された言葉、隠された鍵。開け、ごま」
と唱える。
なんでそれなんだよ。開けごまって異世界でもメジャーなのか!?
そんな馬鹿ばかしい言葉で開いた壁はこれまた巨大で、しかし部屋の方は意外とこじんまりしていた。
こちらは手前の部屋と違い、整然と武具やアイテムが並べられている。
『うむ。好きな物を使うがよい』
『本当っすか、アブソディラス様!』
『うむうむ。なんせ儂、ドラゴンじゃから、そもそも装備できんし』
「『あぁ、確かに』」
ってことで、アンデッドたちが飾られた武具に群がる。
だが待てよお前ら。
それ、触っちゃダメな奴だぞ?
と俺が提言する間もなく――。
『ぎゃああぁぁぁっす! 痛い、痛いっすううぅぅぅぅっ』
『浄化される。浄化されますわいっ』
次々に悲鳴を上げて俺の影に潜っていくアンデッドたちだった。