15:今ここで晴らそう
全員で手分けして探す事数分。
ソディアが川面をじぃっと見つめるチェルシーを発見した。
「チェルシー。もう出発するよ?」
呼びかけても反応が無い。他のアンデッドの声にもだ。
ただじぃっと水面を見つめているだけ。
まさかこのまま成仏――ではなさそうだよなぁ。どうみてもマズい感じにしか見えない。
というか、彼女の周りに黒い靄が集まり出しているし!
『マズいのぉ』
「やっぱり怨霊化?」
こくりと頷くアブソディラスを見て、背筋に悪寒が走る。
もしここで怨霊化して、たまたまここを通りかかる一般人にでも憑りついたりしたら……俺のせいだよな。
無理やり墓場から起こして連れまわし、そして休憩中に目を放してしまった俺の。
「チェルシー! 戻ってこいっ」
語気を荒げ彼女に手を伸ばすが……霊体では触れることも出来ない。
出来ないが……チェルシーの体を俺の手がすり抜けた瞬間、ずんっと肩に重く伸し掛かる気配を感じた。
この気配は……憑りつかれた!?
『きゃっぁっ、ゆ、勇者様!? え、どうして私、勇者様に憑りついてるのぉ〜!?』
「あぁ……戻った、みたいだな……」
『ぐぬぅ〜。ミタマレイジの肩に二人は狭いのぉ』
「やだっ。チェルシーって子、急に見えなくなっちゃったわよ。もしかして成仏できた……とは違うみたいね。その顔だと」
その通り。チェルシーは成仏していないし、むしろ俺の肩に乗っかっている。
うぅ、めちゃくちゃ重い。
憑りつかれたことは何度かあったけど、同時に複数に憑りつかれたのは初めてかも。
しかもこの感じ……今までには感じたことのない感覚だ。
「え? ちょっと、レイジくん!?」
おかしいな。
ソディアが斜め……からの、横向きに見える。
『勇者様っ』
『やだ、勇者様大丈夫なの?』
『うえぇ〜ん、勇者様ぁ〜っ』
みんなが俺を心配してくれる声が聞こ……え……。
「チェルシー。これを受け取って欲しい」
そう言って俺に向かって木彫りの何かを差し出す男がいた。
年齢は二十歳かそこら。
「わぁ、可愛い髪飾り。これ、サナドの手彫り?」
俺の意思に反してそれを受け取り、更にお礼まで口にしている。
だがこの声……チェルシー!?
え、まさか俺、チェルシーになった?
いや、これは彼女の記憶か。
憑りつかれた相手の記憶を追体験というのは初めてだ。
チェルシーが見つめていた小川のほとりで、二人はデートを重ねていたようだ。
少し年上の幼馴染であるサナドと、極自然な流れで恋人関係に。
そしてこの髪飾りが、彼からの結婚の意思でもあった。
心のこもった木彫りの髪飾りは、小さな花が咲き乱れるさまを描いたような、確かに可愛いと言える代物。
それを受け取ったチェルシーの気持ちがダイレクトに流れ込んでくる。
それたただただ幸せという、その一言に尽きる。
なのに――そのわずか十日後に二人は喧嘩をしてしまった。
数日前から降り続く雨の中、農作業をする彼を迎えに行くべく傘を手にして行くと――。
そこで見たのは別の村娘と仲睦まじく、相合傘で歩くサナドの姿。
俺自身、その女のことを知らない。
けれどチェルシーは知っていた。
チェルシーとは姉妹のように育ったチーコだと。
チーコはチェルシーの気持ちを知っていた。そしてチェルシーも……チーコがサナドのことを想っていたことを。
「私とチーコを天秤にかけていたの!? それとも私とは遊びだったの!?」
「誤解だチェルシー。僕が愛しているのは君だけなんだっ。その証拠に髪飾りを――」
「嘘っ、嘘っ、嘘付きーっ!」
二人が愛を誓ったこの場所で、チェルシーは濡れたその髪に刺した髪飾りを手に持ち川へと投げ捨てた。
数日続いた雨で水かさは増え、更には流れも速くなっている。
そんな川に、大事な髪飾りを放り投げたのだ。
「私への愛が本物だというなら、取りに行ってよ!」
チェルシーはそう叫んだが、彼女の言葉が終わらないうちにサナドは川へと飛び込んでいた。
その姿を見て、チェルシーは後悔する。
彼を信じられなかった自分を。
髪飾りを川に投げたことを。
そして、彼に行かせてしまったことを。
頭の中が真っ白になり、どうしていいかわからない彼女は、降りしきる雨の中で呆然と立ち尽くした。
サナドの姿を探し、自分も流されるかもしれない危険も冒して川辺を歩きまわる。
待てども、彼は戻ってこなかった。
やがて彼女は魂が抜けたようにふらふらと歩き、それでも村へと到着すると直ぐに大人たちへこの事を伝えた。
大勢がサナドを探す中、杖を突いて歩く男を見た。
あれは……コウ?
他人の空似にしては無理があるほど瓜二つの男には、左足の膝から下が無い。
生前から足を失っていたのか。
しかしチェルシーの記憶にコウがいるってことは、二人は同じ年代に生きていたんだな。
そういえば二人はよく一緒にいるな。
その姿は恋人同士というより、まるで兄妹のような。
今も不自由なその足で必死に川辺を歩き、サナドを探してはチェルシーを元気づけようとしている。
しかし――。
数日後、雨は上がりそれでも彼の遺体が上がる事は無かった。
やがて遺体がないまま葬儀が行われ、その夜、チェルシーは川に身を投げた。
自らを呪いながら、そしてサナドへの愛を誓いながら。
「――ジくん。レイジくん!?」
『――よ。主よ!』
「うわあぁぁぁっ! 美女と巨大トカゲ!?」
重たい目を開くと、黒光りするトカゲが……あ、アブソディラスか。
その霊体と重なるようにして、ソディアが心配そうにこちらを覗き込んでいる。その顔が随分と赤い。
「あぁ、ビックリした」
『ビックリじゃと!? ビックリはこっちじゃいっ。しかも目を開けるなり人をトカゲ呼ばわりしおってからにっ』
「ビックリしたのはこっちよ。突然倒れるんですもの。しかも目を開けるなり変なこと言うんですもの」
「ご、ごめん。お、俺、なんて言ったんだっけ?」
「忘れちゃったの!?」
『忘れおったのか!?』
なんだろう……この二人のシンクロ率が半端ない。
ソディアは本当に見えていないのだろうか?
そんな二人の脇で、もうひとり俺を心配そうに覗き込む子がいた。
チェルシーだ。
『勇者様……ごめんなさい』
「あぁ……いや、いいんだ。ここは君にとって思い出のあり過ぎる場所だったんだな。知らなかったとはいえ、なんか辛いことを思い出させてしまって。ほんとごめん」
『そんなっ。そんなことないです! 忘れていたのは私なんだし……え? 勇者様、どうしてここのことを?』
意識を失っている間、チェルシーの記憶の断片を見たことを伝える。
その内容までは言わずとも、チェルシーの生前最後の記憶を見た――とだけ伝えれば、彼女と、そしてコウには伝わったようだ。
大粒の涙を流すチェルシー。
その体からは黒い靄が発生しかかっている。
「チェルシー、そこまでだ。それ以上は怨霊化するからマズい。そうなったら……俺は君に成仏するよう祈らなきゃならなくなる」
『あぅ……は、はい……』
とはいえ、忘れることなんてできないだろう。
『チェルシーはただ探したかったんっすよね? だからふらふら〜っとここに』
『う、ん。見つけてあげたかったの……サナドを……髪飾りを……』
それが出来なかったことによって、チェルシーは成仏できずに墓場でずっと幽霊をやっていた。
「その無念。今ここで晴らそう」
『『え?』』
そうすることで、チェルジーが心おきなく安らかに眠れることを祈って。