11:儂の子かあぁぁっ!
町に戻って遅めの昼食にした。
宿屋兼食堂。
ファンタジーあるあるな店で、ソディアが見つけた宿でもある。
「部屋を二つ取ってあるわ。食事を済ませたら、お墓掃除の報告に行って、それから旅に必要な物を揃えましょう」
「OK。って、ソディアも一緒に来てくれるのか?」
「え……」
あれ? 違った?
ひとりは心細いから、彼女が来てくれると嬉しかったんだけどな。
剣も使えれば魔法だって使えるし。
でも、彼女にだって都合ってものがあるもんな。無理強いは出来ない。
「俺はこの国に残れないし、アブソディラスがあの調子だから――あぁ、今だとだったから……なのかな」
「もしかして、さっきの話を聞いて落ち込んでる?」
落ち込んでいるというか、息すらしていない。あ、死霊だし、当たり前か。
「明日には町を出ようと思う」
「そうね。この国にいる間も、出来るだけ一つ所に滞在しないほうがいいかもしれないわ」
「ソディアにはいろいろ世話になったよ。俺ひとりだったら、この町までちゃんと到着出来ていたかも怪しいし。ほんと、ありがとう」
改めて俺がそう言うと、彼女はきょとんとした顔で見つめてきた。
それから頬を染めあたふたし始める。
「き、急に改まらないでよっ。べ、別に、これからもお世話してあげたっていいんだから」
……え?
「わ、私だってあの場にいたのよ。もし万が一生きてる奴がいたら、顔だって見られている訳だし」
あ……そうか!
自分のことばかり考えていて、ソディアの身に危険が迫るかもとは考えていなかった。
そうか……彼女もこの国いいたら命を狙われるかもしれないのか。
「じゃあ……これからもよろしくってことで?」
服で拭った手を伸ばし、握手を求める姿勢で問いかける。
照れ臭そうにその手をソディアが――掴んだ。
「えぇ、よろしくね、レイジくん」
食後、再び墓地へと足を運ぶ。
途中で見つけた花屋で、大量の花束と苗、そして種を購入。
荷車を借りてそれを運んだ。
「どうするの、それ?」
「うん。墓地がさ、殺風景だったろ? どの季節にも花が咲けば、幽霊たちも穏やかに眠れるだろうと思ってさ」
「まぁ。優しいのね、レイジくんって」
や、優しい!?
いや、彼らが穏やかに眠れれば、自然と成仏できるだろうと思って。
俺みたいな霊媒体質にとって、幽霊の成仏こそが心の癒しにもなるんだよ。
と言ったところで、見えない人にはわからない苦労だよな。
昼ご飯食べている間に成仏とかしてくれてないかなぁ。
そんな淡い期待を胸に向かった墓地には、元気な死人の群れがいた。
『お帰りなさいませ勇者様』
「あ、あぁ……」
メイド喫茶ならぬアンデッド喫茶かここは。
客なんて誰も来ないよ。
そんなことよりも。
俺はアンデッドを集めて指示をする。
どの時期にも花が咲くよう、いろんな種を買ってきた。それを全員であちこちに撒いていく。
が、相変わらずゴーストは役に立たないので見張り番だ。
種を撒き、苗を植え、そして花束をそれぞれの墓に供える。
「よし、綺麗に掃除もした。朽ちていた十字架も取り換えた。花も……すぐにこの花束は枯れるだろう。けど、植えた苗が近いうちに花を咲かせる。種が芽吹けばいつでも花が咲き誇る墓地になるだろう」
『『おぉ~』』
「だから安らかに眠って……いや、成仏してくれ」
そう言うと、アンデッドたちはしーんっと静まり返る。
暫くしてまず初めに動きだしたのはゴーストのヨサクじいさん。
『えぇ!? ゆ、勇者様……わしらをお捨てになるんですかっ』
それを皮切りにアンデッドたちが続々と声を上げ始めた。
『せっかくシャバに出られたっすのにぃ』
「いや、捨てる捨てないじゃなくって、成仏――」
『『嫌だあぁぁぁぁっ』』
俺にどうしろってんだよ……。
ゾンビとスケルトンは地団太を踏み、ゴーストは俺の頭上をぐるぐる旋回する。
叩き落としたい……。
だが触れないからそれも叶わない。
そしてひとりのスケルトンが地団太を止め俺の前にやってくる。
『カタカタ』
「え?」
『カタカタタ……カタタカッタカタ』
わからない。顎の骨が砕けているスケルトンだな。
「彼、何か言いたそうだけど」
「あー、モンドだっけ? 通訳できるスケルトンがいただろう?」
すると手もみをしながらもうひとり、スケルトンがやってきた。
『はいはい。えぇ……ふむふむ。なるほど』
「何て言ってるんだ?」
「何か深刻そうな話かしら? 私いないほうがいい?」
気を使ってソディアが退席しようとするが、それをモンドが制する。
『いえいえ。ラッカさんがですね、山から戻って来たリアラさんは、妊娠していたようだったと、そう申しておりますです、はい』
「は?」
『なんじゃとおおぉぉぉぉぉっ!!』
あ、アブソディラス、半日ぶりに復活。
『ど、ど、ど、どういうことじゃ!』
アブソディラスの霊体がにゅっと伸び、ラッカではなくモンドの首をつかもうとして――スカっと空振り。
まぁそうだな。スケルトンは実体のあるアンデッドだから、霊体であるアブソディラスには触れることができない。
さらにラッカもモンドも、アブソディラスの質問には一切答えようとしなかった。
その理由を思い出したのか、ぷるぷると拳を震わせながら俺を見つめてくる。
「はぁ……わかったよ。妊娠していたかもって、何か証拠でも?」
『カタカタ』
『はいはい、ラッカさんはこう仰ってます。村に戻って来た当初から、吐き気をもよおしたり、貧血で倒れたり、しきりにお腹を気にする様子も見られたそうで』
吐き気……はつわりか。
妊娠すると貧血を起こすものだろうか?
ソディアに視線を向けたが、赤い顔をして首を左右に振るだけ。
「……あぁ……うん、ごめん。誰か妊娠経験のある人は?」
ひとりのスケルトンが手を上げやってくる。
『三人ばかし産んでおりますだが、人によって貧血を起こすのもおりますだで。ラッカさの話だと、やっぱり身籠っとるんじゃないかと』
「そっか。ありがとう」
『お役に立ててよかっただよ』
そう言って種まきの仕上げに戻っていった。
伸びっぱなしのアブソディラスの霊体だが、鼻筋も相当伸びているな。
『儂の子かあぁぁっ!』