勇者一行の事後処理対応特別室2
これはとある世界の話――
遠い遠い昔より、幾十、幾百と繰り返されてきた戦い。
選ばれし勇者と大魔王との戦い。
何度倒しても数十年の後、復活する大魔王。
その度に神託により勇者が選ばれ、命懸けの旅に出る。
世界の平和のため、仲間とともに戦うのだ。
そしてまた今回も、数々の苦難を乗り越え、勇者は仲間とともに大魔王を倒し、世界に数十年の平和が訪れたのでした。
めでたし、めでたし。
――なんてなるのはお話の中だけ。現実はめでたいだけでは終わらない。むしろ終わってからの方が大変だったりするのだ。
「はあぁぁぁ!? なによこの請求書! 高級娼館を半日貸切りにして年忘れ会を開いた代金!? しかも酔っ払って魔法暴発させて娼館の一部を損壊させた修理代を含む、だって!? ふ・ざ・け・ん・な! そんなものてめえらで払えや。なにしれっと国の金使おうとしてんのよ、クソ勇者ども。永遠に子孫残せないようにしてやろうか。いや、そんなもんじゃヌルいな。もう滅びろ。滅びてしまえ! 私が焼却炉に強制テレポートさせて土に還してやるわ! 魔法文官の底力なめんなよ! この〇〇〇〇〇〇が!」
アンドゥ国の王城。その一室で、魔法文官のイーが書類片手に怒声をまき散らしていた。
ここは、大魔王を倒した勇者とその一行が、旅の途中でしでかしたアレコレを処理する部屋。その名も事後処理対応特別室。略して対特室。
「落ち着いて、イー。下品だよ」
イーと同じ魔法文官で、対応室の一員であるアールが、紅茶を飲みながら諭すような口調で言う。
「いやいやいやいや、落ち着けるわけないでしょ!? 確かにここは勇者様ご一行の事後処理対応特別室だよ。でも、事後処理の“事”ってのは大魔王倒すまでのことだよね? あいつら旅から帰ってきてもう二ヵ月は経ってるからね? 百歩譲って私たちアンドゥ国の民のために何かをしたとかだったらまだ分かるわよ。でもね、娼館借り切ってその代金払えとか、一体何の処理をさせようとしてるんだよ! バカなの? アホなの? 大魔王に呪いでもかけられたの?」
「イーの言い分は間違ってないとは思うけどね。今回の勇者様は頭のネジが壊れたオルゴール並みにユルユルで、脳みそがアンデッド並みに傷んでいて、思考がゴブリン並みに弱いみたいだから、仕方ないと思って諦めるしかないよ」
「……ソウダネ」
感情を表に出さない奴ほど怖いものはない。穏やかな顔で淡々と猛毒をまき散らすアールを見て、イーの勇者に対する怒りは少し収まり、代わりに同僚に対する恐怖が少し芽生えた。
「その請求書をどうするかは、俺があとで大臣と話し合って決めるから。それよりこっちの方が問題だ」
ガチャリと扉を開けて部屋に入ってきたのは、上級文官でこの対特室の長であるサーン。彼は、苦虫を百匹ほど噛み潰した顔で、イーとアールに二枚の紙を見せた。
顔を寄せ合って紙に書かれた文字を読む。次第に二人の顔が面白いように変化していった。
眼は限界まで見開き、口は顎が外れんばかりに開いている。
双子のようにそっくりな顔になっているな、とサーンは少し笑いそうになった。自分がさっきこの紙を見せられて全く同じ顔になっていたことは、すっかり棚に上げて。
「な、な、なんですか、これは!? 勇者様ご一行の新年祝おう会の企画書と見積書おぉぉっ!?」
あまり綺麗とは言えない文字で書かれた二枚の紙の内容を要約するとこうだ。
勇者様ご一行と新年を祝おう! 特別な催しをやるよ!
剣士と腕試し! 剣士は利き腕とは反対の手で戦うよ。勝てば豪華な賞品が貰えちゃう! 参加は十五歳まで。
拳士と力試し! 勇者一行の中で一番の腕力の拳士と腕相撲で勝負。腕の骨が折れなかった人は豪華賞品が貰えちゃう!
弓使いのスゴ技を見よう! 目隠ししても百発百中。頭の上に載った卵だって問題なし。もし外れた場合は的になってくれた人に豪華賞品をプレゼント!
魔法使いの人生相談! 謎のヴェールに包まれていた彼女がついに人生最大の悩みを打ち明ける。一番的確なアドバイスをした人に豪華賞品をプレゼント!
賞品、酒樽5・最高級の仕立屋で服を仕立てる券5・最高級の料理人1・高級娼婦3・高級男娼2
「突っ込みどころしか無さすぎてどこから突っ込めばいいのか分からないけど、それでも突っ込まずにはいられない! 拳士の腕が折れなかった人は豪華賞品ってなに!? 腕折るの前提かよ! 弓使いのは何で頭に載せるのが卵!? 当たっても悲惨なことになるわ! 魔法使いの人生相談って、相談するの魔法使いかよ!? そこは逆だろうが! まともなのは剣士だけかよ! ってか、勇者様ご一行と新年を祝おう会なのに勇者はなにもしないのかよ!?」
力の限り突っ込んだイーは、ぜーぜー肩で息をする。
「催しの内容も内容だけど、賞品も賞品だよ。誰も貰えないのを前提に考えてるよね、これ。自分たちで使う気満々だよ。さすがにちょっとムカつくな。……ああ、そうだ。こう変えればいいんじゃない?」
一つ頷いたアールは、サーンの手から企画書を取り、机に向かった。
サラサラとペンを動かすアールの後ろから、イーとサーンがなになに? と覗き込む。
アールは賞品の段に線を引いて消し、その下にこう書き込んだ。
賞品、酒樽(犬猫の尿入り)5・最高級の道化師の服を仕立てる券5・最高級のゲテモノ料理人1・娼婦及び男娼(ドワーフ)5
「ナイスだアール。でも、もし参加者が勝ってしまったらマズイな」
「大丈夫、そのときはちゃんとした賞品を渡すから。……と、いうかそもそもの話、僕たち事後処理対応係のはずなんだけど、どうして企画書なんかが回ってくるのかな? これは本物じゃないようだけど」
にこり、と笑顔でサーンを見るアール。イーも同じ気持ちだったが、彼の笑みを見て少し背筋が寒くなった。
「これは勇者たちが書いたやつの写しだ。大臣付きの文官に魔法で転写してもらったんだよ。対応を頼むっていう大臣からのありがたーい言葉付きでな」
「いや、私たち事後処理対応専門だよね!? これ始まってもないんだけど!? っていうかサーンさん、今何時か知ってます? もう夜の十一時回ってるんだけど! もうすぐ新年なんだけど!」
イーの言うとおり、今は今年最後の夜。
窓から見える空は真っ暗で、その下ではもうすぐ来る新しい年を待ちながら人々が賑やかに語らっている。
「お前らの気持ちはよおぉぉく分かる。俺だって出来ることなら勇者どものことなんか放っておいて、城下で騒いでいる連中と一緒になって新年を祝いたい。だが! だがな、俺たちは何百人といる文官の中から選ばれたんだ。これを誇るためには、与えられた仕事はこなさなきゃならない。たとえそれがどんなに理不尽で不満だらけなことだったとしてもな」
サーンの言葉は、二人のすさんだ心に響いた。
ああ、そうだった。大臣から名を呼ばれたとき、確かに嬉しかった。名誉なことだと思ったはず。
色々ありすぎて忘れてしまっていた。
……よし、あのときの気持ちを思い出して、もう少し頑張ってみるか。
勇者は国の英雄。国民の憧れ。彼らの願いを叶えることは国民の願いでもあるはず。
イーとアールは眼を合わせ、同じ気持ちであることを確認すると、サーンと向き合った。
「よーーし、気合い入れてやるぞー!」
「みみみみ、皆さーん! 大変ですよーー!」
バタンッ! と勢いよく扉が開き、下級文官のスゥが駆け込んでくる。一致団結して仕事にとりかかろうとしていた三人は、一体何事かと訝しんだ。
「酔っ払った勇者様ご一行が伯爵さまの館をぶっ壊したって報告があ――」
「よーーし、気合い入れて殺るぞー!」
スゥの言葉を遮り、三人は高らかにこぶしを突き上げた。
その後ろで、新年を祝う魔法の花火が、夜空を明るく染めていた。