ダグラスの願い 1
僕は全く意味のわからないことを言われ、ポカンとしてしまう。
ダグラスは真剣な目で僕のことを見つめ続けている。
見かねたのか、アサギが割って入ってくれる。
「ダグラス、何を急に言っているんだ。こいつは妹でリリスという。お前は会うのは初めてだろう。」
見つめていた視線を外し、ダグラスがアサギに答える。
「俺が長年レインホールド隊長を探し続けているのは知っているよな?」
「ああ、そのために、わざわざ左手にそんなものまで埋め込んで放浪を続けているだろ。シロ姉さんから少しは聞いているさ。今じゃすっかり有名人だしな。」
僕は有名人ってフレーズに反応し、気を取り直して、アサギに質問する。
「ダグラスって有名人なの?すごいね!」
「確か、夢渡りの放浪騎士とか痛い通称で呼ばれているよな。お前。」
アサギは真顔でダグラスに確認する。
「うわー。二つ名あるの!カッコいいね!」
僕はそんなアサギから出た素敵フレーズに興奮する。
「「全然格好よくない」」
何故かダグラスとアサギが、はもって答える。
「リリス。話が進まない。お前はお茶を入れてきてくれ。」
アサギが目頭を押さえながら言う。
「はーい。」
僕は名残惜しいけど、アサギに言われた通りお茶を入れに行く。ついでにアサギの秘蔵のお茶菓子も出して添える。
アサギは甘いもの好きなのだ。
「お茶入れてきたよー」
「ちょ、おま。その菓子は!」
「すまない、いただこう。」
「いただきまーす!」
僕も素早くお菓子に手を伸ばす。
アサギは絶望に覗き込まれたような顔で、残ったお菓子に手を伸ばす。
(僕をのけ者にするからだもんね。)
「それで夢渡りって由来は何なの?」
僕はアサギとダグラスを見て問いかける。
二人は視線だけ交わして無言。
どちらが説明するか互いに譲り合っているみたい。
(目が話せるって結構仲いいんじゃん)
僕がそんなことを考えていると、ダグラスが渋々といった感じで口を開く。
どうやらアサギの勝ちのようだ。
「やれやれ。自分の二つ名説明するのは気が進まないが、頼みたいことのついでに教えておこう。」
ダグラスは首を振りながら話し始める。
「夢渡りってのは、要は夢占いみたいなもんだ。」
「夢占い?見た夢に、無理やり意味とかこじつけるやつ?」
「……アサギ。どういう教育してるんだ。」
ダグラスはアサギに呆れたような視線を向ける。
「今の世界でまともな教育などあるわけないだろ。そっちの方がよくわかってるだろ。」
「まあな。」
肩をすくめてダグラスは再び僕の方を向く。
「でだ、夢渡りだが、夢の中で未来の運命の断片を見たり、遠隔地の出来事が見えたり、過去視をしたりする力だ。」
「スキルなの?」
僕はワクワクしながらたずねる。スキルなら僕でも獲得出来るかもしれないしね。
「違う。生まれ持った力、だと思う。」
「そうなんだー。僕も見てみたかったな、残念。」
「話を戻すぞ。世界が崩壊する前まではそれなりに居たんだよ、同じような力を持つ奴ってのは。でも、だいたい皆死んじまったんだ。それでまるで俺の二つ名みたいに言われてるってわけだ。」
「だいぶ省略したな」
アサギがぼそりと呟く。
ダグラスはそれを無視して続ける。
「ここからが大事なとこ何だが、俺はイブ・レインホールド隊長を探している。名前ぐらいは聞いたことあるだろ?」
僕は聞いたことないので、素直に答える。
「えー。知らなーい。」
ガクッと項垂れ、アサギに向かってダグラスは言う。
「アサギ、一体どういう教育を……」
「いや、もうそのくだりはいいだろ。」
アサギは取り合わないが、レインホールドのことは教えてくれるらしい。
「リリス、レインホールドってのは、崩壊前の世界で英雄と呼ばれていた女だ。お前の使う歌唱魔纏もレインホールドの生み出したものが元になっている。このダグラスはレインホールドの部下だった男で、上司に惚れてるのさ。だからこんなになっても探している。」
ダグラスはアサギのからかいには取り合わずに続ける。
「人として、戦士として、俺は隊長に心底惚れ込んでる。だから何とでも言ってろ。あの方ほど真摯で真っ直ぐな人は居ない。英雄と呼ばれるにふさわしい強さを持っている方だ。リリス、レインホールド隊長こそ、無数の二つ名を持っていたし、それにふさわしい活躍の数々を打ち立てていたんだ。会ってみたくないか?」
「そんな凄い人がいたんだ!会ってみたい!」
僕はダグラスの話す英雄に夢中だった。
「よし、じゃあ、一緒に探しに行こうじゃないか。」
「おい、リリス、ちょっと待て!」
アサギが止めにはいる。
「リリス、お前はまだ外の世界は早すぎる。先日も死にかけたばかりじゃないか。あれはお前の甘さが原因だ。その甘えが有る限り、長生き出来ないぞ。それに弟を放っていくのか?」
僕は、アサギの言葉に何も言えなくなってしまう。
(確かにアサギは正しいよ。弟も大事だよ。でも、外の世界は美しかった。とっても怖くて残酷なところだろうけど、本当に綺麗だった。僕は。僕は。)
ダグラスが僕とアサギの両方の顔を見ながら、話し始める。
「確かに俺も、性急過ぎたかもしれん。それに、俺がなぜここに来たかも話さなきゃならんだろう。アサギ、しばらくここに滞在していいか?」
「まあ、それぐらいはいいさ。」
「ありがとう、アサギ。アサギ、リリス、俺の話しはまた日を改めて聞いてくれ。それに俺の体力もそろそろ限界だ。」
そういうダグラスの顔色は確かに悪い。
ひとまずその場は解散し、ダグラスにはスタミナポーションを与え、日を改めることとなった。