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遭遇

 足音を立てないように、慎重に進む。 


 光の粒が濃くなってきた。

 空気が白く光を帯び、前方に流れていくのが見える。


 近そう。


 一度木の陰に隠れ、じっと目を凝らす。


 見えた。


 草葉の隙間越しだけど、何かいる。


 大きい。


 僕の三倍はある。


「えっ、あれって」


 無意識に踏み出す一歩が、ままならない。

 足が何故か震える。


「もしかしたら、シュガーの弟くん、なの?」


 見覚えのある毛皮の模様。

 体の線がだいぶ崩れてしまって、はっきりとはわからないけど、ネズミさんを無理やり大きくしたような姿。


 顔立ちも、記憶にあるものと似ている。


 呆然として。

 これは何だろう?

 ぶるぶる全身が震えてくる。


 胸元で寝ているシュガーを、そっと上からおさえる。

 服越しに微かに伝わってくるシュガーの鼓動。


 今だけはシュガーが寝ていてくれて良かった。


「あ、目があった。」


 弟くんがこちらに向く。

 その目は濁り、何の感情も映してはいない。


 こちらに向かって走り始める弟くん。 


 疾い。


 走りながら、弟くんはその口をあける。


 左右に開く顎。真ん中から左右に分かれるように開く。


 その隙間から異様に長い舌が、湿ったロープのような音をたててこぼれ落ちる。


 首を大きく横に振り、舌を鞭のようにしならせ、操る弟くん。

 走る勢いも加算させ、舌を振るう。


 白く光る空気を切り裂き、唸りをあげる舌が僕に迫る。


 鉈を抜き、構える。


 重い衝撃。


 鉈で、鞭のようにしなる舌を、何とか弾く。

 しかし、衝撃はいなしきれず、僕は弾き飛ばされてしまう。


 シュガーを潰さないように庇いながら、地面を転がる。

 鉈は手放してしまい、別の方へと飛んでいってしまった。



 全身砂まみれになりながら、僕は回転を強引に止めると跳ね起きる。


 弟くんの方を見る。

 再び首を振り、その舌で今度は僕を叩き潰さんとして、振り下ろしてくる。


 咄嗟に、シュガーだけども守ろうとその場でしゃがみこみ、衝撃を待つ。


 鈍く、湿った爆音が辺りに響き渡る。


「あれ、痛くない?」


 恐る恐る顔をあげてみる。


 そこには、僕が一番信頼する背中があった。


「シロガネぇ」


 シロガネが愛用している総鋼製の十尺棒を片手で掲げ、弟くんの舌を防いでくれていた。


「リリスさん、なんで外にいるのかしら」


 シロガネはそのまま振り向き、僕に問いかける。


 僕はそのシロガネの声をきくと、何故か先程までの戦闘でも感じたことのないような悪寒が、背中をざわつかせる。


「え、えっ、とね、シロガネ。ほら、それより、それどころじゃない、よね?」


「あの敵なら一瞬で殺せます。それよりお答えなさい。なんで、リリスさんは、外に、い、る、の?」


 僕の本能が告げます。今が人生最大のピンチだと。


 あわあわしていると、胸元でシュガーがもぞもぞと動くのを感じます。

 そうだ、伝えなきゃ。殺さないでって。


「シロガネ!あれね。あれはね、シュガーの弟くんなの。」


「そう」


 シロガネは一瞬目を伏せます。


 しかし、伏せた目をあげ、僕の方を真っ直ぐに見て、言い聞かせるように話しはじめます。


「一度、暴走魔力を取り込んで変異してしまったら、殺すしかないのよ。わたくしも、アサギからも、前に話してあげたでしょ。」


 こちらを見つめてゆっくりと噛んで含めるように話すシロガネ。

 俯いていたしまった僕には、シロガネの足元から伸びる影が弟くんまで達し、束縛しているのが見えます。


「でも、でも、シュガーの弟なの。弟なんだよ!」


「ごめんね、リリスさん。わたくしには、殺すことしかできないの。カルドなら……」


 シロガネの話す声がだんだん小さくなり、最後の方は聞き取れませんでした。


 「そんな、やだよ。やだよ。ねぇ、お願い、お願い。」


 シロガネは無言で首を振ります。


 「やだよやだよ、お願いお願いお願いお願いおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいやだやだやだやだ」


 僕は思わず顔を覆って、その場に蹲って叫び続けます。


 シロガネが、離れていく足音。

 束縛されて動けない弟くんの方へとゆっくり歩いていく足音がします。

 見たくなくて、認めたくなくて、僕はそのまま顔を覆い首を振り続けます。


 シロガネの足音が止まります。


 「ぃやだよぅ」


 ごおっという、十尺棒の振られる音。


 何かが、粉々に弾け飛ぶ音が続きます。


 僕は胸元のシュガーの鼓動にすがり付くように、その場に蹲まります。


 「リリスさん、顔をあげて」


 シロガネの声に僕は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げます。

 その手には真っ赤に輝くペンダントが握られています。

 それはいつもシロガネが首にかけているものです。


 「前に話したわよね?このペンダントはカルドの魔道具の一つです。シュガーの弟をこの中に封じています。身につけて、常に魔力を注ぎ続けなさい。もし途中で魔力をやめたら、それまでの魔力を全て吸収し、強化された状態で封印が解けます。」


 そこで強く僕のことを見て、問いかけて来ます。


 「覚悟はありますか?暴走魔力に浸食されて、もとに戻れたものを、わたくしは見たことがありません。この、ペンダントをする覚悟がないなら、わたくしが、シュガーの弟を殺してあげますよ。今すぐ決めて下さい。こうしている間にも、どんどん強力になっているのですから。」


 僕は、シロガネの目を見て答えます。


 「僕、お姉ちゃんになるんだもん。かけるよ。」


 シロガネは無言で僕の首にペンダントをかけてくれました。








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