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「昨日買ってきてみたんだが、これで大丈夫か?」


 武舘から受け取ったビニール袋を開き、飛び込んできた目的の物品にこのめは目を輝かせた。

 横倒しになっている、朱色の番傘。沙羅のトレードマークである。

 武舘は百均を渡り歩き、三百円で購入したという。


「ありがとうございます、バッチリです!」

「そうか? なら良かった! それとだなー……」


 教卓に乗せられた布製の手提げに、興味の目が集まる。「ジャジャーン!」という口頭のファンファーレと共に取り出されたのは、掌にスッポリと収まるサイズのビデオカメラと、薄型のノートパソコンだった。


「ど、どうしたんですか? コレ」

「フッフッフッ。先生はな、気付いてしまったんだ! こうしてビデオで撮って確認できれば、客席から動きがどう見えているのかわかりやすいだろ? そして今後、練習場所が教室外になっても、ノートパソコンがあればDVDを観れる!」

「自腹すか」


 すかさず尋ねた吹夜に、武舘は爽やかな笑みを浮かべ、


「必要なんじゃないかと思ったら、居ても立ってもいられなくってな!」


 まだ『部』ではない『愛好部』では、学校側からの援助も少ない。仮に部に昇格し補助金が増えても、衣装や小道具と入用な物を揃えるにも精一杯で、ビデオカメラやパソコンなんて夢のまた夢だろう。

 これは紛れもなく武舘の好意だ。


「そんなわざわざっ! スミマセン!」


 このめが恐縮して頭を下げると、武舘は「先生が好きでやってるんだ、気にするな!」と朗らかに笑った。

 感動と感謝に涙が浮かんでくる。だがそれは、このめだけだったらしい。

 早速とビデオカメラを手に操作を確認する定霜が、ボソリと呟いた。


「こーゆーの思いつきでポンと買えちまうとか、社会人ってヤベェな」

「他に使い道がないんじゃないか?」

「ちょっと迅! 啓!」


 折角の恩を仇で返すような暴言だ。

 このめが慌てて嗜めると、「いいんだ」と肩にそっと掌が乗せられた。


「否定は、出来ないからな……。最近はこれといった趣味もないし、恋人も、いないし」


 窓外の夕焼けを眩しそうに見つめる武舘に、何とも悲しげな哀愁が漂う。


「……悪いセンセー、無神経なコト言った」

「こっ、コーヒー買ってくるか?」

「仕事が趣味って、格好いいと思いますよ」


 打ちひしがれる武舘に空気を読んだのか、慰めには紅咲も加わっている。

 生徒三人のフォローになんとか立ち直った武舘は職員会議があるからと、「大事に使ってくれよ!」と言い残して去っていった。

 武舘の余暇に関する話題は厳禁だと固く誓い、このめ達は気を取り直して机を後方に寄せた。練習用の空間を作ってから改めて教卓を囲み、各々手にしていた紙袋やら手提げやらを広げる。

 このめが持参したのは姉の古い浴衣だ。


「ハイ、これは凛詠の練習用に。もう着ないやつだから、汚しても平気だって」

「ありがと。家族の人にもお礼言っといて」


 受け取った紅咲は物珍しそうに浴衣を広げ、しげしげと眺めている。このめはもう一つ、自身が中学に上がりたての頃に着用していた浴衣と、ネットで購入した安価な袴を取り出した。

 着物を衣装とする朱斗や沙羅とは違い、翔は詰め襟に着物、そして袴という所謂『書生姿』に近い衣装だからだ。


「啓は? 持ってきた?」

「ああ、コレだろ?」


 取り出された黒地の浴衣。このめと同じく、中学一年の夏祭りに着用していたものだ。


「わー懐かしいねー。結局一回しか着なかったけど」

「俺は二回着たぞ」

「え! いつ?」

「親父とお袋に連行された花火大会で」

「ああー……なんか言ってたね、あの時か」


 確かこのめは家族旅行の真っ只中で、吹夜の母の誘いを断った母親が「残念だったわー」と酷く落胆していた。

 懐かしさに浸るこのめの思考を、「ホラ」と紅咲の声が引戻す。


「僕も持ってきたよ、扇子。練習用だし、なんでもいいんでしょ?」

「うん。わ、ちゃんと布のヤツだ」

「紙のやつだと破れそうじゃん。ま、コレも百均のだけど」

「先読みさすがっス凛詠サン!」


 これで話し合っていた品物は全部だ。

 動きの練習を進めていくにも、本番の衣装に近い服装の方がいいだろうと、このめがこの持ち寄りを提案した。

 ジャージと和装では随分と勝手が違う。それに、練習中の気付きは衣装の改善にも反映できる。

 このめ達は舞台未経験者だ。手探りながらも出来る事は全部やりたいし、試すなら早いに越した事はない。

 早速着てみようと各自浴衣を羽織ってみる。が、


「……帯ってどうやるんだっけ?」

「……さあな」


 硬直するこのめと吹夜。紅咲が訝しげに眉根を寄せる。


「ちょっと、着たことあるんでしょ?」

「着付けは母さんがやってくれてたから……」

「俺もだ」

「ったく、使えねえなあ」


 定霜が溜息交じりに「検索すりゃ出てくるだろーが」と着付けサイトを開いてくれたが、文字とイラストの説明でもいまいち理解が及ばない。


「啓のはザックリ結んどけばいいし、俺も袴だから大体でいいけど、凛詠のヤツ全然わかんない……。え? 左を肩にかけて、右を折る?」

「いや、折るって内折りじゃなくて外側じゃないか? つーかもう、紐だけでよくね?」

「バッカヤロ! そんな不格好な状態で凛詠サンに演技させられるか!」

「んじゃお前が着つけてやれよ、ホラ」

「おっ、俺には……無理だ」

「んで赤くなってんだよ、意味わかんねえ」


 ガクリと膝から崩れ落ち床に手をつく定霜を、吹夜が冷ややかに見遣った時だった。

 控えめに開かれた扉の音に視線を転じると、困ったような顔で立つ小柄な青年がひとり。蒲公英色のふわりとした髪の下で、薄い色の瞳がおどおどと揺れている。


「あ」


 と声を出したのはこのめだ。

 彼には見覚えがある。


「睦子≪むつね≫くん、だったよね? 同じクラスの」


 確認するように吹夜を振り返ると、「そうだったか?」と首を捻っている。

 記憶違いだっただろうか。心許ない返しに不安を駆られ「間違ってたらゴメン!」と付け足す前に、彼が首肯してくれた。


「はい、睦子瑞樹≪むつねみずき≫です。如月くん、でしたよね?」

「うん! あ、もしかして忘れ物? ゴメン、占領してて! 気にしないで入って――」

「あ、あのっ!」


 胸の前でギュウと拳を作った睦子の声が、教室に響き渡る。


「良ければ、僕にやらせて頂けませんかっ!」

「……え?」

「そのっ! 浴衣の着付け! わかる、ので、お手伝い出来たら、と……」


 だんだんと尻窄みになっていく声と共に、睦子の視線も落ちていく。

 が、このめは構わず詰め寄った。睦子の手を握り込み、爛々と輝く瞳で繰り返す。

 ――逃がすもんか。

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