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2.5次元舞台愛好部、始動!③

 台本の精査を終えた翌日から、このめと吹夜は動作付きの練習に入る事にした。

 入学前から読み合わせを始めていたので、既に台詞の殆どを覚えているのだ。


 生徒の出払った教室のドアに、作り直してきた『二.五次元舞台愛好部』の札を張り(それでも紅咲はどこか不服そうだった)、机と椅子を後方に除け、前方に空間を作った。

 黒板前にスクリーンを下ろし、プロジェクターで映像を投影する。紅咲は除けた座席の一角で、定霜を相手に読み合わせをしている。


 今、映像の操作権はこのめにあった。吹夜と共に該当のアクションシーンを凝視している。

 このめの手には百均で仕入れてきた、プラスチック製の白い突っ張り棒が握られている。

 同じく吹夜も、ひと目で玩具だとわかる簡素な刀を握り込めていた。

 不意に吹夜が声を上げた。


「あ? 待て、巻き戻し。なんだ今の。刀どうなってんだ?」

「うーん、手首だけで回してる感じじゃなかったね。ええと、スローモーションは確か……これだ」


 ピッピッという操作音の後、巻き戻された映像がゆっくりと動き出す。


「……鞘から抜いた後、指で挟んでるのか」


 言いながら吹夜は真似して柄を指で挟み、刀身をクルリと一回転させた。

 が、どうにもぎこちない。


「これをあのスピードでやんのか……」

「練習あるのみ、だね……」


 吹夜の演じる朱斗は刀を、このめの演じる翔は仕込錫杖を武器とする。

 当然、アクションシーンは殺陣が主になるのだが、勿論この部内に経験者などいない。

 映像を元に、形を真似ていくしかないのだ。


「俺がここで屈んで、朱斗が一振りの、止めて、いち、に」

「あ? ここ右足もっと奥か?」

「かな? で、俺がこっちじゃん?」


 脳内に焼き付けた映像と照らし合わせながら、動きを一つずつ確認していく。

 と、突然。


「アアーったく! ちげえちげえ!」


 紅咲の向かい側で着席していた定霜が、痺れを切らしたように台本を叩き置いて立ち上がった。

 大股でズカズカと近寄ってきたかと思うと、このめと吹夜の肩を順に掴み、力任せに上体を動かす。


「このめはもっと重心左! テメエはもっとガッと右倒し! ホラ! 肩張れ!」

「え? あ、うん!」

「ちっか」

「アア? それくらいやってただろーがよ! ちょっとそのまま止まってろ!」


 ポケットからスマフォを取り出して数歩離れた定霜は、素早く写真を撮ると再び戻り、


「ほらよ! これで丁度だろ!」


 向けられた画面を覗きこむと、確かに映像で見た『画』と近い体制で写っている。


「ホントだ……」

「だろ? 大体啓もさっきから動きがシャッとしすぎなんだよ! 『朱斗』はもうすこし骨太な動きするだろーが!」

「まだ確認の段階だかんな。一応、頭入れとくけど。つーか、いつの間に『啓』になってんだよ」

「ッセェ! このめが『啓、啓』ウッセーからうつんだよ!」


 どうやら定霜は指摘したかったのを、ずっと堪えていたらしい。

 手渡されていた画面を再び覗き込みながら、このめはその再現度に胸中がホワリと温まるのを感じた。

 この教室には、鏡がない。こうして誰かが客観的に見て、判断してくれるのは、とても大きい。

 それにしても。

 定霜に動かされた時は『大袈裟だ』と思ったが、案外そのくらいで『丁度』となるようだ。


「ねえ、迅。今んとこ区切りの最初から演ってみるから、動きの確認してくれない?」

「アア? まあ、いいけどよ」


 面倒そうながらも頷いた定霜に、吹夜は「へえ」と顎に手をやり、


「お前、わかんのか?」

「テッメ馬鹿にすんなよ! さっき体制作ってやっただろーが!」


 本当に演るのか、と問う吹夜の視線にこのめが頷くと、吹夜は軽く肩を竦めながらも歩を進めて位置についた。

 このめの貸したDVDは、まだ紅咲が持っている筈だ。つまり定霜は、この教室でしか映像を観ていない。だが確かに、先程指南された場面は舞台の通りだった。

 このめと吹夜は切り替えるように薄く息を吐き出し、構えの姿勢をとる。


「――いくよ」


 駈け出したのはこのめだ。飛びかかるようにして振り下ろした棒を吹夜が刀で受け止め、即座に左手にした鞘を振るう。それをこのめは屈んで避ける。と、勢いのままクルリと身体を回した吹夜は、今度こそその刀をこのめ目掛けて振り下ろした。

 低い体制のまま棒で受け止め、弾く。そのまま腕を抜き、返して右、左と斬りかかる。


 吹夜が最後の一斬りを受けよろめいた隙を狙い、このめは突くようにして棒を振るった。

 が、吹夜は寸前に刀で防ぎ、力任せに押し込もうとするこのめの腕に耐えながら、一歩を詰める。ここが、先程定霜に指摘された箇所だ。

 吹夜とアイコンタクトを取り、このめは定霜へと視線を遣りながら、


「……こんな感じなんだけど」


 たったこれだけの動きでも息が上がる。

 肩で息を繰り返しながら体制を戻し、定霜を見遣った。腕組む彼の眉間には、やはり不満の色が深い。


「まずこのめ、全体的に動きが小せえし、弱っちい。武器の衝突んとき勢い緩めるのが早え。あとしゃがみ方がダセエ。組み体操じゃねぇんだぞ!」

「うっ、やっぱり、足伸びきってないんだ……」

「んで啓! さっきも言ったがシュッとしすぎだ!」

「これでもか? あー、もうちょい肘張るか」

「それもだろーけど、姿勢が良すぎんだよ。背筋が伸びすぎってーか」

「背筋、なあ……なるほどな。このめ、再生」

「うん!」


 置いていたリモコンで急いで画面を巻き戻し、演じた箇所を再生する。

 定霜の指摘を注視して観ると、確かに納得の不満だ。このめが思わず「スゴいね、迅!」と振り返ると、定霜は焦ったような顔で「テメエらがザックリすぎんだろうが!」と返してくる。

 これは定霜なりの照れ隠しだ。このめは何となく察して、「ゴメン」と微笑んだ。


「そっかぁ、もっと大きく動かないとかぁ……」

「でもスピードは落とすんじゃねえぞ。只でさえ遅えんだ。これ以上落としたら虫が止まる」

「止まるか?」

「物理的な話しじゃねえよ! 例えだろうが!」

「あーもーなんなの!」


 ガタリと椅子を鳴らして紅咲が立ち上がる。そういえば読み合わせの最中だっただろうに、うっかり定霜を奪い取ってしまった。

 このめが謝罪を口にする前に、ツカツカと歩み寄ってきた紅咲はギロリと三人を睨め上げ、


「なんで僕だけひとりなの! 混ざる!」

「へ?」


 あ、そこだったんだ?

 拍子抜けするこのめとは正反対に、吹夜は飄々とした顔のまま、


「セリフは?」

「冒頭の朱斗とのやり取りんトコなら覚えた」

「凛詠サン、さすがっス!」

「このめは見てて! 啓はスタンバイ!」

「へーへー」


 窓側へと向かう紅咲とすれ違うようにして移動した吹夜が、気だるげに中央より廊下側に陣取る。「啓、テメエ! 凛詠サンと演るんだからもっとシャキッとしろ!」と憤る定霜にも、すっかり慣れたようでどこ吹く風だ。

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