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あなたしかいないんです!④

 このめの手元を興味なさげに見遣りながら、紅咲が訝しげに尋ねる。


「演劇部、じゃないね。教室に連れて来るくらいだし。けど芝居って、どういうこと?」

「ええっと、『あやばみ』って知ってる?」

「ああ……あの漫画の」


 思い出したように言う紅咲の机上に、目的の動画を表示したスマフォを置いて再生を押した。

 少し割れた音と共に、静止していた人物が動き始める。

 興味が湧いたのか、一歩引いた位置で腕を組んでいた定霜も、このめの横に立ち画面を覗き込んだ。


「これ、その『あやばみ』を舞台にしたやつなんだ。漫画とかゲームを原作にしたお芝居を『二.五次元舞台』っていうんだけど、俺、その愛好部を立ち上げようとしてて。七月の文化祭で、この『あやばみ』のお芝居を演りたいと思ってる」

「ふーん……。で、その『沙羅』ってキャラを僕に演らせようってワケね」


 このめは画面を見つめ続けた。

 感情や思いを言葉にするのは得意ではない。上手い勧誘をしたいのなら、それこそ初めから吹夜に頼んだほうが良かっただろう。

 けれども演りたいと思ったのは、このめだ。だから吹夜では駄目なのだ。

 このめは静かに口を開き、湧き出るまま素直に告げた。


「俺、どうしてもこれを演りたくって。でもただ演れればいいんじゃなくて、ちゃんと、この空気感に寄せたいんだ。この役者さん達やスタッフさん達をスゴいって思ったし、本当に感動したから。単純に、自分が演りたいってのが一番だけど、こういうのを知らない人にも、もっと知ってもらえるキッカケになれたらいいなって気持ちもある。……紅咲さんを見た時、あ、『沙羅』だって、思ったんだ。だから一緒に、出来たらいいなって」


 窓辺から見守る吹夜も、このめに隣に立つ定霜も、黙ったままだ。

 そして、紅咲も。


(やっぱり、駄目、かな……)


 伝えたい事は言えた。これで駄目だと言うのなら、残念だけど、諦めるしかないのだろう。

 夕陽の射し込む教室に、『あやばみ』の音だけが流れていく。大好きな筈なのに、黙ったままの紅咲の反応が怖くて、まったく集中できない。

 胸中に重々しい緊張が溜まっていく。


 このめはそっと視線を上げ、紅咲を伺った。

 このめを見遣るでもなく、じっと画面を見つめる紅咲は、不機嫌そうに双眸を細めている。


 いつ『止めろ』と言われるのか、気が気ではない。

 このめは必死に焦燥を押し込み、紅咲の言葉を待つ。

 一文字に引き結ばれていた唇が動いたのは、終盤に差し掛かった映像の中で、横並びのキャスト陣が客席に向かい頭を下げた時だった。


「……演技とか、中学校の学芸会が最後なんだけど」


 このめは一瞬、耳を疑った。が、直ぐに言葉を受け止め、


「それはっ! 一緒に! 頑張ろう! 俺たちも演劇部とかだったワケじゃないしっ!」

「つーか、ソッチはいつも『演技』してるじゃねーか」

「うっさい」

「テメッ! 凛詠サンにケチつけんのかぁ!」

「迅、お前が入ってくると進まないからちょっと黙ってて」

「ウッス!」


 椅子に背を預けた紅咲は、ゆるりと腕と足を組み、このめを見上げた。


「いーよ。演ってあげても」

「……え! ホント!?」

「りっ!」


 定霜が驚愕に口を開く。が、すかさず紅咲に鋭く睨まれ、その先を耐えるように両手で口元を覆った。


「ホントの、ホントにいいの!?」


 興奮に頬を上気させながら詰め寄るこのめに、紅咲は「うん。けどさ」と挑発的な笑みを浮かべ、


「さっきから『ちゃんと』って言ってるけど、そっちの実力はどの程度のモンなの?」

「え?」

「いくら熱意があってもさ、肝心の演技が目も当てられないようなお粗末なモンなら、いくら優しい僕でも『協力してあげる』とは言えないワケ。ほら、高校生活もまだ序盤じゃん? 早々に泥の船に乗って一緒に沈んであげられるほど、お人好しじゃないからさ」


 その時だった。

 窓側から迫る何かに、このめは反射で片腕を上げた。

 パシンッ! と甲高い音を立て、このめの腕に衝撃が走る。

 丸められたノートだ。そしてそれを手にしているのは。


「っ、啓! なんすんだよ急――」

「『黙れ。オレはもう、お前のお守りなど御免だ』」

「!」

「『山神の血筋? 笑わせる。覚醒も出来ないままの、只の脆弱な人間じゃないか』」


 低い声で吐き捨てた吹夜は冷徹な視線でこのめを見下ろし、阻まれたノートを振って一歩を退いた。

 だが纏う空気は諦めたそれではない。次の一手の隙を伺うように緊張を張り巡らせ、ゆっくりとノートを構え直す。


「『いっそ喰ってやる。そうすれば、オレの血肉として守り神の一部となれる。先の烏天狗も、愚息がこのまま未熟な半妖として恥を晒し続けるより、ほんの僅かでも糧になれたのならと喜ばれるだろう』」


 このめを襲うのは、戸惑い、絶望、信じたくないという、微かな可能性を探る焦燥。

 だから問う。


「『どうして、そんな……!』」


 揺れる瞳で捉えた目の前の出来事を確かな『事実』として認識した瞬間、今度は怒りが一番に湧き上がってきた。


「『わかってる! 今のオレでは只の役立たずだ! けどお前は、お前だけは! 何があっても友達だって言ってたじゃないか!』」

「『甘いな。昔っからそうだ。簡単な言葉で騙される。力を持つ者は常に利用するかされるだけだと、何度も言い続けているだろう』」


 このめの動揺をチャンスと捉えたのか、吹夜のノートが再びこのめを襲った。

 先程よりも、確実に急所を狙った軌道。このめは必死に腕で弾いて、間合いをとるように跳ね退いた。


「『ぐっ……! っ、全部、嘘だったっていうのかよ!』」


 喉を裂く悲痛な問いにも返答はない。

 注がれる視線は依然として温度のないもので、交戦により痛みを訴える腕よりも、一番、心が痛かった。


「『オレの知る朱斗は全部っ! オレを利用してただけの白蛇だっていうのか!』」


 泣き叫ぶように発したこのめに吹夜はすっとノートを担ぐと、首だけで振り返り、紅咲と定霜を見遣った。


「っとまぁ、こんなもんでどうだ?」


 ケロリと言う吹夜は、すっかりいつもの飄々たる吹夜だ。

 終了を悟ったこのめも感覚を戻すように薄く息を吐き出し、「ビックリしたー。よく覚えてたね」と吹夜の側に戻る。


「そりゃ、あんだけ付き合わされればな」


 告げる吹夜の声色には、微かな呆れが混じっている。

 このめはこの舞台の台本を書き起こした後、印刷した一冊を吹夜に押し付けた。

 それは吹夜が、このめが宣言通りこの高校に合格出来たのなら、部に付き合ってやると約束したからだ。


 共に訪れた合格発表で、二人の受験番号を見つけた瞬間、開口一番に「今日から読み合わせだ!」と両手を上げ、周囲から疑問の視線を浴びたのが懐かしい。

 それから毎日のように付きあわせた結果、吹夜も台詞の殆どを覚えてしまったのだろう。


「……なんなの、アンタら」


 唖然の表情で立ち竦む定霜の横で、座る紅咲が呆然と呟く。

 このめと吹夜はなんとなしに、互いの顔を見合わせた。ほぼ同時に視線を流し、笑みを浮かべて、


『二.五次元舞台愛好部!』


 綺麗に重なった声が教室内に轟く。

 このめの持つ申請書は、この日、新たに二枠を埋めた。



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