そして時は刻々と迫る②
「はい! 一旦休憩に入ります!」
鏡張りの稽古部屋。響く声に息をついた深い青髪の男は、木製の階段を下りて、共同の長机に置いていたペットボトルの水を煽った。
長身で、半袖から覗く腕は中々筋肉がある。タオルで汗を拭いながら、受信を告げていたスマフォを確認すると、驚いたように「へえ?」と切れ長の双眸を見開いた。
振り返り、休憩だというのに、まだ物足りなそうに黙々と木刀を振っている灰色ジャージの友人に声をかける。
「おい、翠。黄琥からおもしれー情報がきてっぞ」
みどり色の髪を靡かせて不思議そうな瞳が向く。透貝翠。今、人気絶頂の舞台俳優である。
だがそれは呼んだ彼とて例外ではない。
「情報って?」
「横着しねーで自分でみろよ」
「だって藍堂が開いてるじゃん。えーと、どれどれ……」
近づいた透貝が藍堂のスマフォを覗き込む。文章を追って瞳を滑らせると、「え?」と目を丸めて狼狽え始めた。
「『あやばみ』を演るって、本当に? 高校生が、文化祭で?」
明らかな動揺。無理もないだろう。
なんせこの透貝は『あやばみ』の碧寿を演じ、そして座長を務めた男だ。
「みてーだな。黄琥のこのクソうっぜ―テンションみると、デマでもないだろ。にしても『二.五次元舞台愛好部』ったあ、時代も時代になってきたなぁ」
遠い目をして感慨深く言う藍堂は、朱斗役として舞台に立っていた。
更に付け加えるのならば、『やっべーデスよ!』とSNSの画像付きでこの情報を送ってきた黄琥という男は、翔役を務めていた若手俳優である。
「え、と。土曜日? ああ、どうしよう藍堂! 俺、一日稽古だよ!」
「知ってるわ。ってかおんなじ稽古だろーよ」
「だよね。そうだよね。ええっと……あ! 黄琥も稽古あるのかな? 訊いてくれない?」
「いや自分で打てよ。って、つっこみも意味ねえーよなあ。『お前は暇か?』っと」
送信した瞬間に、画面に別のメッセージが現れる。
差出人は桃里廉。沙羅を演じた男だ。
「お、廉さんも同じこといってら。『僕は取材と衣装合わせで夕方まで動けない。翠さん達も難しいだろうし、黄琥くん、動けないかい?』だってよ」
「え? それもしかして廉のモノマネしてる? 驚くくらい似てないからね?」
「まじかよ渾身の出来だったのに、ショックだわー。っと、黄琥からも来たな」
「ハイ、どうぞ」
「あーあー、ゴホン。『ちょっとなんで皆して俺をパシんデスかー! いいデスけどね! 明日は久々のオフデスけどね! そのあと飯ってくれてもいいデスけどね!』」
「あーまあちょっとわかる。今度集まった時やってよ」
今度はお気に召したのか、吹き出しながら言う透貝に、藍堂は文字を入力しつつ「黄琥はいいけどよー」と眉根を寄せる。
「廉さんのはナシな」
「あれ? 渾身の出来だったんじゃないの?」
「渾身すぎて、廉さんのファンに知られたら背中から刺されそう」
打ち込んだメッセージを送信して、丁度良く響いた「再開しまーす!」の声に「はーい」と声が重なる。
常に稽古熱心、舞台一筋の年上同期は、珍しくまだ切り替えが出来ないらしい。
「ああー、行きたかったなぁ。俺達とは違う『あやばみ』を観れるなんて、夢みたいなチャンスなのに」
「しゃーねーだろ、諦めろ。観れるは観れるんだからよ」
「そうだけどさ? でもやっぱ生と映像とじゃ全然感じれる空気が違うじゃん? しかも男子高校生だよ? ああー若さ溢れるエネルギッシュな『あやばみ』を直接観れないなんて損してるよ!」
「若さとか言うんじゃねーよオッサンくさい」
「俺は三十過ぎてるからオッサンです」
「全国の『三十過ぎてもおにーさん』勢に謝れや」
「スミマセンでした」
「おりゃーまだ二十代だ! ギリ!」
透貝とは違い、藍堂は正直そこまで執着はない。
金を取るプロでもない、ましてや演劇部でもない。部名から推察するに、どうせその筋のオタクが集った『お遊戯舞台』だろう。
(さて、どんなモンか)
伏せて置かれたスマフォが、ライトだけで受信を告げた。
『ばっちり了解デス! しっかり録画してきマスよ! あと、あきらサンたまにはちゃんとスマホみてくだサイ!』




