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結束の合宿!⑩

 スイカを手にした吹夜が、当然といったように、


「俺は外すと思ってたけどな」

「アアッ!? テメエはそもそも参加すらしてねーだろーが!」

「朱斗として行く場面でもなかったし、わざわざ計画した『作戦』だってのに、俺が出てって割っちまう訳にもいかないしな」

「そういえば」


 睦子が不思議そうに小首を傾げた。


「あの時、僕が割ってしまっていたら、どうする予定だったんですか?」


 チラリと見遣る吹夜の視線が痛い。

 このめは「ええーっと」と情けなく頬を掻いた。


「そこは、考えてなかったかな……。成り行きって感じで」

「んでこのめはいっつも詰めが甘いんだよ!」

「え、えへへ」

「でもほら! 結果うまくいったんですから! ね!」

「感謝しろよ」

「くっそ、その面ムカつく……!」

「迅、うるさい」

「サーセン! 凛詠サン!」


 やっぱり、こうでないと。

 数日ぶりに戻ってきた和気あいあいとしたやり取りに、このめはこっそりと胸中で安堵する。

 仲直りも出来たし、キャラの感情も、掴めたような気がする。

 今回の『作戦』はどれも、このめ一人では出来なかったものだ。この仲間達がいたから、上手くいったんだと思う。


 ふと、隣の部屋へと視線を転じると、このめ達と同じく台所から追い出されてしまった杪谷が、縁側でのんびりと庭を眺めていた。手には藍色の扇子。閉じられているそれは、たしか雛嘉の所有物だった気がする。

 このめはそっと立ち上がり、その側へと歩を進めた。


「スイカ、なくなっちゃいますよ」


 杪谷はこのめに気づくと、「ああ、うん。皆で食べちゃっていいよ」と微笑み、それから「……座る?」と少し右に腰を移動させた。

 別に譲られずとも、縁側は長い。座る箇所はいくらでもあるというのに、そうしてくれたのは、このめの話したがっている雰囲気を察してくれたからだろう。杪谷の洞察眼が優れているのか、このめがわかりやすいのか。


 苦笑して、杪谷の隣に腰掛ける。すっかり夜に沈む庭は昼間よりも静かだ。艶やかに主張していた一株の紫陽花も、寄り添いかしこまっている。


「……ありがとうございました。濃染先輩達にも話をして頂いて、お家まで」

「ううん。僕だって、この部の一員だからね。皆で成功させたいって気持ちは、一緒だよ」


 杪谷の手元で扇子がくるりと回る。

 思わず視線を遣ったこのめに気付いた杪谷は、「ああ、コレ?」と肩を竦めて、


「なんか、何か持ってないと、落ち着かなくって。まだ、『碧寿』が抜け切れてないのかな」


 部屋の明かりを背に受けて、穏やかな横顔には藍色の影がおちている。庭を眺める双眸は柔らかい。

 このめは足を抱えた。


「……成映先輩は、落ち込まなかったんですか?」


 驚いたような眼が向く。それからまた、その視線は夜の庭へ。


「うーん、落ち込んだ、んだと思う。正直言うと、よくわからなかったかな」

「わからない?」

「僕はこうして、皆で演れるのが楽しかったから。『生きてない』って言われた時も、『だって、生きてるのは僕だし』って思っちゃったんだ。それが多分、違うんだよね。……今日、碧寿として翔と話した時、碧寿がどんどん、僕を侵食してくるような感覚がしたんだ。このめくんだってわかってるのに、本気で『いつか喰ってやらなきゃ』って思ったよ。哀れに思ったんだ。妖かしと人の狭間にいる翔の事を。父親の影に縛られる苦しみが、自分と重なったりもして。不思議な感覚だったなあ」


 自分という輪郭がぼやけて、溶けて、別の存在に移り変わっていく感覚。

 このめにも、よくわかる。


「……俺も、碧寿の事、本気で『自分と似てる』って思いました。信用、じゃないけど、自分の身内みたいな感覚で。怖くなかったです。喰われれば、楽になれるって思ったし、でももっと話してみたいから、今喰われたら勿体無いなあって」

「……そっか。それが、『このめくんの翔』だね」


 扇子を手にした右手が、杪谷の頭上に掲げられた。望む夜空には、砕かれた光の欠片がケタケタと笑っている。

 見下ろす月の眩しさに当てられたように、水色の瞳が愉しげに細まった。


「この感覚で演れたら、もっと、『違う』ものになるんじゃないかな。……今は早く、舞台に立ちたいよ」


 珍しい。杪谷がこうして、胸中の熱を露わにする姿は初めて見た。

 このめは右手を胸元へ引き寄せ、ギュッと強く拳を握った。杪谷と同じ様に、『早く』と急く熱が胸を叩くからだ。


 掲げられていた扇子が、すっと下ろされた。杪谷は視線だけを、静かに向こう側の部屋へと流す。

 追ってその先を見遣れば、雛嘉や濃染、文寛兄弟達も加わり、スイカの争奪戦になっているようだ。


「……もっと早く、皆で集まれればよかったね」


 それは今日のような合宿を指しているのか、それとも、この部に集えたらという意図だったのか。

 愛おしげに眺める様は、多分、両方だろう。


「……俺は、皆が好きです。この部の、皆が」


 吹夜と二人でこの部を立ち上げた当初は、知り得なかった感情だ。


「俺の翔は、皆を大切に思う、翔にしたいです」


 告げたこのめに、杪谷は嬉しげに「それはズルいね」と相好を崩した。

 三年生の杪谷達は、今度の文化祭が、最初で最後の『舞台』となる。


***


 時刻は八時半。天気は薄曇り。

 休日の行楽地への道は混むだろうと余裕をもって出てきた武舘は、自前の乗用車で路地を抜け、覚えのある屋根を見つけた。


 大事な大事な生徒たちが合宿に励む、杪谷のもう一つの家だ。見れば車庫は空いている。杪谷には大方の到着時刻を告げていたので、誰かが開けておいてくれたのだろう。

 二回切り直し、倉庫のようなコンクリ仕立ての車庫に停車する。一息ついてシートベルトを外し、鍵を引き抜いた武舘は「よし!」と自身を鼓舞して降り立った。


 急遽『合宿』へと至った経緯は、杪谷と雛嘉から聞いている。武舘の脳内は、どちらかと言うと定霜の件でいっぱいだ。


(もし、上手くいってなかったら、ここは先生として俺が何とかしないと)


 決意と共に握りしめたビニール袋の中には、たんまりとアイスが入っている。

 緊張の面持ちで呼び鈴を押す。程なくしてスピーカーから『あ、先生。おはようございます』と声がした。杪谷の声だ。


「休日にすみません。助かります」


 玄関を開ける杪谷はジャージ姿だ。まだ起きたばかりなのか、どこか眠そうで、髪には少しだけ寝癖がついている。

 いつも大人びている生徒の年相応の姿にほっこりと和んだ瞬間、廊下の奥から「ホラー! アンタ達! いい加減起きなさい! 机出して! ご飯よ!」と母親のような怒号が届いてきた。


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