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結束の合宿!⑨

「なに驚いてんの。この流れなら次はキミでしょ」

「いい加減、飽きてきたからさー。ちゃちゃっと終わらせてきてくんないー」

「いやっ、でも俺はっ」


 当惑する定霜に手早く準備を施した文寛兄弟は、その背を押して数歩を進ませた。


『問答無用ー、いざ出陣ー』

「っ」


 立ち竦む影。静寂に枝葉が揺れる。

 発される声はない。裏手の山から、鳥の鳴き声がした。

 すっと。定霜が力なく両腕を振り上げる。『一振りすれば終わり』。それがルールだからだ。

 声をかけようにも躊躇う紅咲と睦子が苦々しげに瞼を伏せる中、このめは思いっきり、息を吸い込んだ。


「迅の、馬鹿!」


 響き渡った『このめの声』に、一斉に瞳が向く。定霜も、驚いたように身体をビクリと跳ね上げ、タオルの巻かれた顔をぎこちなく向けた。

 このめは縁側に踏み出て、力の限り叫ぶ。発するのは紛うことなき『このめ』の言葉だ。


「もっと早く言えよ! 信用してたんだぞ! 最初っから……俺たちの『演出』を出来るのは、迅しかいないだろ!」

「っ、このめ……」

「でも、ゴメン! 迅が悩んでるの、本当は俺が気づかないといけなかったのに、自分の事ばっかりで……友達だって、仲間だって言葉に、甘えてた! 俺だって、ちゃんと言えなかったクセに。遠慮してたんだ! けど俺は、迅に遠慮なんてしたくないし、させたくない! 友達だから、仲間だから! だから今度は、ちゃんと見て、ちゃんと言うんだ!」


 肺いっぱいに空気を吸い込む。


「もっと右だーっ!」


 やっぱり言葉は苦手だ。感じている事は沢山あるのに、それを伝えようと思うと、うまくいかない。

 だからこのめは、今できる精一杯を口にした。この胸中にある覚悟と想いが、どうか届くようにと祈って。

 定霜は面食らったように停止していた。肩で息をするこのめの荒い呼吸音が響く。

 だが暫くして、定霜は力が抜けたようにゆるく腕を下ろした。腕を過ぎた後に覗いた口角は、力なくも片方が釣り上がっている。


「……そこかよ」


 眉根が情けない皺をつくる。

 呆れたような嘲笑するような、力ないつっこみに、このめもつられて笑みが湧く。

 と、労るように、ぽんと背を軽く叩かれた。隣に立ったのは、吹夜だ。『朱斗』ではない声色が、木々の囀りに被さる。


「単細部のくせに慣れない事しやがって。大方、自分は演者じゃないからとか思ってたんだろ」

「!」


 図星だ。定霜は息を呑んだ。

 違和感の正体に気付いた時、何よりも舞台を、皆の努力を守りたい一心で、胸中に留める事に決めた。だって自身は、舞台に立つ訳じゃない。文化祭が間近に迫り、演技も固まってきた最中、『たかが裏方』の自分が指摘するには、荷が重く思えたのだ。


 だが『個』を知れば知る程、その熱意を目の当たりにすればする程、違う欲が出てきた。

 こんなに『いいもの』を持っているのに、勿体無い。

 技術も演技も、プロの役者には到底及ばない。それでも定霜には、皆の持つ『個』が輝いて見えたのだ。

 否定出来ないまま強く棒を握り込めた定霜に、吹夜は小さく嘆息した。それから続ける。


「表に立つのは俺達だ。でも舞台は、俺達だけじゃ出来ねえだろうが。衣装は瑞樹とお前が作ったもんだし、武器だって俺は何一つ関与しちゃいねえ。シゲちゃん先生も、わけわかんねー部の顧問だってのに、俺達が頼まなくたって沢山協力してくれた。俺には音響なんてさっぱりだし、演出効果なんて一ミリもわかんねえよ。けどそうやってそれぞれで積み重ねてきたモンを、最初から『演出』って目線で纏めてきたのが、お前だろ。十分すげえだろーが。胸張っとけよ」

「啓……」

「ぼ、僕はっ!」


 胸前でふたつの拳を握る睦子の叫びに、定霜が振り返った。


「僕は、後悔しています。あの時、迅くんを説得出来なかったのは、僕にも『自分は演者じゃないから』って気持ちがあったからです。迅くんも自分と同じだって、どこかで三人と、線を引いてたんです。……逃げてたんです。お前は違うだろって言われるのが怖くて、友達だって思ってたくせに、三人を、信頼しきれていなかったんです」

「瑞樹……」

「けど、僕はやっぱり友達として、チームとして、仲間になりたいんです! 先輩達や、三人や、迅くんとも! だからちゃんと、向き合いたいんです! お芝居の事はよくわからなくても、それ以外で支えられる事は、沢山あると思うから……!」


 睦子が息を吐き出すと、吹夜が肩を竦めて「もう沢山、助けられてるんだけどな」と呆れたように笑った。


「あ! えと、これから、もっとです!」


 慌てて言い直す睦子は、どこか嬉しそうだ。

 つられて笑みを浮かべるこのめの横で、キシリと床が鳴いた。紅咲だ。表情は未だ堅い。

 定霜と紅咲は、このめがこの部に誘う前から仲が良かった。二人の間には明らかな信頼関係があったし、それが崩れたとなると、このめ達のようにはいかないのかもしれない。


「迅」


 張り詰めた緊張の中、定霜が恐る恐る顔を向ける。


「っ、凛詠サン、オレ……」

「ばーか」


 茶化すような口調に、このめは不意をつかれて紅咲を見た。

 紅い唇が三日月を描く。目端は薄っすらと赤くなっていた。


「早く割んないと、スイカ、ぬるくなっちゃうんだけど。僕、食べるなら冷えたやつがいいんだよね」

「っ!」

「もっと右だ。さっさと割って、一番美味しいとこ持ってきてよ」

「……ッス!」


 直接的な言葉はない。だがこれが、紅咲と定霜の『仲直り』なのだろう。

 タオルの上から腕で目元を乱雑に拭った定霜は、何かを込めるかのように棒を両手でキツく握りしめ、力いっぱい振り上げた。


「いっけー!」


 声が重なる。

 勢い良く振り下ろされた棒が、ガッと鈍い音を青空に響かせた。


***


「で、なんであそこまでお膳立てしたのに外すの?」


 綺麗な三角のてっぺんをシャクリと食む紅咲の横で、正座をした定霜が勢い良く低頭する。


「ほんっとサーセンした凛詠サン!」


 あの時定霜が振り下ろした棒はスイカに掠りもせず、その横の地面を思いっきり叩いた。

 結局、スイカは『終わったしー、面倒だから切ろー切ろー』と文寛兄弟があっさりと持っていき、『やっぱ冷えてないとー』と再び冷蔵庫に戻された。


 このめ達も双方の目的は果たしたと、着替えてメイクを落とし、少し早い夕食作りに取り掛かった。なんせこの人数の男子高校生集団だ。カレーを作るにも、材料を切るだけでそれなりの時間を費やす。

 料理長の雛嘉特性カレーは、美味しいが辛かった。いわく、「これでも抑えたのよ?」らしいが、杪谷と文寛兄弟以外はてんで駄目だった。一緒に並べたスイカの甘みが、いい緩和剤だった。


 食べ終わった食器を運ぶと、雛嘉に「アンタ達は残ったスイカ食べちゃって!」と追い出されてしまった。台所からは、


「ちょっとヤダ、アンタ食器洗うにも危なっかしいってどういうコトよ」

「どこが危なっかしいんだ、普通だろう!」

「いやセンパイ遅すぎですし」

「拭き拭き隊暇なんですけどー」

『ともかく割らないでくださいよー』


 と、慌ただしい声が聞こえる。

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