結束の合宿!⑧
翔として告げたこのめは、碧寿の元を去る。思わぬ形で碧寿と翔の真意を知った朱斗と沙羅は、『友』である翔のその胸中を知れなかった悔しさと、碧寿への小さな同情に動けないでいた。
そして次に湧き出たのは、翔がいつか、自分達ではなく碧寿を必要とするのではないかという不安だ。
『山神と鬼には、互いに切っても切れない縁がある』
舞台上で発する碧寿の台詞が脳裏に過る。
しっかり背を向け戻ってきた翔は二人に不思議そうな顔をした後、「ただいま」と笑った。帰ってくるのはここ、そして迎え入れられるのも当然だといった言葉に、吹夜は朱斗ととして、紅咲は沙羅として安堵を覚えた。
自身の感覚と感情が、演じる対象と混ざり合う感覚。奇妙な感覚にもすっかり慣れた五人は、また二人と三人に分かれた。
それからまた暫くして、突如庭が騒がしくなった。視線を転じると、濃染と睦子が青いブルーシートを広げている。
と、部屋を覗き込むようにして、文寛兄弟が縁側の先に並んだ。
「よってらっしゃいみてらっしゃい。今巷で話題のスイカ割りとやらを始めるよ」
「お兄さん方はラッキーだー。なんせ、そう簡単にお目にかかれるものじゃないよー」
『さあさあーご注目ー』
軽快な台詞とは反対に、文寛兄弟の口ぶりはいつも通りの平坦だ。
あまりに突拍子なく始まった小芝居に、紅咲が思わず「は?」と口にした。途端、『はい、りよりんアウトー』と窘められ、慌てて口を押さえている。
大玉のスイカを抱えて現れた定霜が、よたよたとブルーシートの上に置いた。このめはそっと吹夜に視線を送る。ここから先は、『翔』と『朱斗』ではなく、このめ達自身としての一芝居が必要だからだ。
吹夜も小さく頷いた。とうとう、作戦決行である。
「なんだ? 面白いのか、それ」
訊いた獏に、文寛兄弟は腕を対にして横に流す。そのまま恭しく低頭する様は、どちらかと言うと洋風レストランのウェイターだ。
「面白いか面白くないかは」
「ご自分にてお試しくださいませー」
『まずはルールをご説明ー』
それを合図のように、睦子が文寛兄弟に近づきタオルと長い棒を渡した。
「ルールは簡単。この棒であのスイカを叩き割るだけ。振り下ろしは一回まで」
「けど見えてちゃ割れて当然ー。そこでこのタオルで目隠しをキッチリとー」
『外野からの応援結構ー。声を頼りにいざ参らんー』
文寛兄弟が真顔で言い切ると、碧寿が獏に「行っておいで」と告げた。獏は眼を輝かせて頷いた後、「どうだ、オレが一番だ。羨ましいだろう」とこのめ達に自慢してみせる。
雛嘉が演じているとわかっていても、あまりの自然さに、幼子を相手にしているかのような微笑ましさが勝る。このめは瞳を和らげた。
「うん、ずるいな」
「だろうとも。オレが一発で終わらせてやる!」
意気揚々と縁側から降り、用意されていたスリッパを引っ掛けた獏は、琉生にタオルを巻かれ、琉斗に棒を持たされた。
ブルーシート上へと歩を進めると、二人がかりで、くるりと一回転させられる。
『さあどうぞー』
「っし!」
大股で歩き出した獏に、碧寿が「もっと前だ。右。ああ、行き過ぎだ」と柔らかな声で指示を送る。見守る双眸は温かい。けして、翔達には向かない瞳だ。
朱斗と沙羅は口を出さない。敵対する立場として、応援すべき場ではないからだ。このめも黙ったまま見守る。楽しげな碧寿達を邪魔しないようにだ。
「なるほど、ここだな! 仕留めた!」
獏が振り下ろした棒は、スイカの僅か横の地面をガツンと叩いた。
「あ?」
「ハイ残念」
「アウトアウトー」
『振り下ろしは一回までー』
棒とタオルを奪われた獏は、未練がましく割れなかったスイカを何度も振り返りながら、不貞腐れた顔で戻ってきた。
このめと目が合うと、
「お前の為に残しておいてやったんだ」
「……ありがと」
フン、とそっぽを向いてドカリと腰を落とした獏に、このめは苦笑しながら礼を告げる。
雛嘉がスイカを割らないのも、杪谷が碧寿として「オレはいい」と辞退するのも、実は『打ち合わせ』通りである。
そして、
「オレもやらん。興味がない」
吹夜も断る。実際、碧寿がいる状況で翔をこちらに置き、目隠しゲームに向かうなど朱斗はしないだろう。その自然さに、特に疑問を抱くこと無く紅咲も「わらわもじゃ」と告げた。
「沙羅もか? こーゆーの、好きそうなのに」
意外そうに尋ねたこのめに、
「スイカが割れれば破片が飛ぶ。わらわは着物を汚しとうない」
「ああ、そっちね」
理由はどうであれ、紅咲も翔であるこのめに譲るとふんでいた。
このめは翔としてではなく、自身として騒ぎ立てる胸中を無理矢理押し込んで、「じゃあ、行ってくる」と縁側から降り立つ。
琉斗に棒を渡され、琉生に目隠しをされ、グルリとまわって『はい、スタート』
「もっと前じゃ! ええい、思いきりが足りないのお!」
「おい違う、右だ」
「え? 右?」
「行き過ぎじゃ! 左に……そこじゃ!」
「えいっ!」
ポコン! 情けない音を立てて、棒の先が地面から跳ね上がる。このめが叩いたのは、スイカの手前だったのだ。
「何をやってるんじゃ翔!」
「いやー、なかなか難しいや」
「集中力が足りない。そうだから未だに『烏天狗』の力もコントロールが」
「あーあーもう、朱斗は何でもそれだ。只のゲームだろ?」
部屋へと戻っていったこのめの背を見遣りながら、文寛兄弟は『ふむ』と態とらしく顎に手をやった。
「困った。スイカはまだ丸のまま」
「困ったー、ならば別の者に割ってもらうしかないー」
『という事で少年、ちょいと試してくれー』
「え! 僕ですか?」
文寛兄弟に背を押され、睦子が困ったように眉尻を下げる。が、文寛兄弟は『よろしく頼んだー』と手際よく棒を持たせ目隠しをして、ブルーシート上へ誘い、くるりと身体を回転させた。
ここまでやられては仕方ないと、睦子もおどおどと棒を構える。
「いいぞ! 前に進んで!」
言ったのはこのめで、紅咲も沙羅として「左に……ああ、行き過ぎじゃ。半歩右に戻れ!」と援護している。吹夜も「戻りすぎだろう。それと、身体の向きが違う」と声をかけ、雛嘉はじれったそうに「違う! 反対だ! ああいっそオレがかっぴらいてやる!」と喚き、杪谷に「大人しくしていなさい」と窘められている。
「ここですかね? えいっ!」
「あ!」
沸き立ったのは、睦子の振り下ろした棒がスイカを叩いたからだ。だが命中、とはならず、スイカの端にわずかのヒビを入れただけで、割れるまでには至らなかった。
「おしいね。いったと思ったのに」
肩をすくめるこのめに、睦子も苦笑する。
「簡単にはいきませんね」
スイカは残ったままだ。睦子からタオルと棒を受け取った文寛兄弟は、すすすと歩を進め、別のひとりの両端に立った。
挟まれたのは定霜だ。濃染の隣で、ひっそりと成り行きを見守っていた。
突如左右から肩に肘を乗せられ、「は!?」と慌てふためき双方を見遣っている。




