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にごあい!~ただの高校生の俺だけど、2.5次元舞台愛好部を立ち上げました!~  作者: 千早 朔
第七章 結束の合宿!

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結束の合宿!⑧

 翔として告げたこのめは、碧寿の元を去る。思わぬ形で碧寿と翔の真意を知った朱斗と沙羅は、『友』である翔のその胸中を知れなかった悔しさと、碧寿への小さな同情に動けないでいた。

 そして次に湧き出たのは、翔がいつか、自分達ではなく碧寿を必要とするのではないかという不安だ。


『山神と鬼には、互いに切っても切れない縁がある』


 舞台上で発する碧寿の台詞が脳裏に過る。

 しっかり背を向け戻ってきた翔は二人に不思議そうな顔をした後、「ただいま」と笑った。帰ってくるのはここ、そして迎え入れられるのも当然だといった言葉に、吹夜は朱斗ととして、紅咲は沙羅として安堵を覚えた。


 自身の感覚と感情が、演じる対象と混ざり合う感覚。奇妙な感覚にもすっかり慣れた五人は、また二人と三人に分かれた。


 それからまた暫くして、突如庭が騒がしくなった。視線を転じると、濃染と睦子が青いブルーシートを広げている。

 と、部屋を覗き込むようにして、文寛兄弟が縁側の先に並んだ。


「よってらっしゃいみてらっしゃい。今巷で話題のスイカ割りとやらを始めるよ」

「お兄さん方はラッキーだー。なんせ、そう簡単にお目にかかれるものじゃないよー」

『さあさあーご注目ー』


 軽快な台詞とは反対に、文寛兄弟の口ぶりはいつも通りの平坦だ。

 あまりに突拍子なく始まった小芝居に、紅咲が思わず「は?」と口にした。途端、『はい、りよりんアウトー』と窘められ、慌てて口を押さえている。


 大玉のスイカを抱えて現れた定霜が、よたよたとブルーシートの上に置いた。このめはそっと吹夜に視線を送る。ここから先は、『翔』と『朱斗』ではなく、このめ達自身としての一芝居が必要だからだ。

 吹夜も小さく頷いた。とうとう、作戦決行である。


「なんだ? 面白いのか、それ」


 訊いた獏に、文寛兄弟は腕を対にして横に流す。そのまま恭しく低頭する様は、どちらかと言うと洋風レストランのウェイターだ。


「面白いか面白くないかは」

「ご自分にてお試しくださいませー」

『まずはルールをご説明ー』


 それを合図のように、睦子が文寛兄弟に近づきタオルと長い棒を渡した。


「ルールは簡単。この棒であのスイカを叩き割るだけ。振り下ろしは一回まで」

「けど見えてちゃ割れて当然ー。そこでこのタオルで目隠しをキッチリとー」

『外野からの応援結構ー。声を頼りにいざ参らんー』


 文寛兄弟が真顔で言い切ると、碧寿が獏に「行っておいで」と告げた。獏は眼を輝かせて頷いた後、「どうだ、オレが一番だ。羨ましいだろう」とこのめ達に自慢してみせる。

 雛嘉が演じているとわかっていても、あまりの自然さに、幼子を相手にしているかのような微笑ましさが勝る。このめは瞳を和らげた。


「うん、ずるいな」

「だろうとも。オレが一発で終わらせてやる!」


 意気揚々と縁側から降り、用意されていたスリッパを引っ掛けた獏は、琉生にタオルを巻かれ、琉斗に棒を持たされた。

 ブルーシート上へと歩を進めると、二人がかりで、くるりと一回転させられる。


『さあどうぞー』

「っし!」


 大股で歩き出した獏に、碧寿が「もっと前だ。右。ああ、行き過ぎだ」と柔らかな声で指示を送る。見守る双眸は温かい。けして、翔達には向かない瞳だ。

 朱斗と沙羅は口を出さない。敵対する立場として、応援すべき場ではないからだ。このめも黙ったまま見守る。楽しげな碧寿達を邪魔しないようにだ。


「なるほど、ここだな! 仕留めた!」


 獏が振り下ろした棒は、スイカの僅か横の地面をガツンと叩いた。


「あ?」

「ハイ残念」

「アウトアウトー」

『振り下ろしは一回までー』


 棒とタオルを奪われた獏は、未練がましく割れなかったスイカを何度も振り返りながら、不貞腐れた顔で戻ってきた。

 このめと目が合うと、


「お前の為に残しておいてやったんだ」

「……ありがと」


 フン、とそっぽを向いてドカリと腰を落とした獏に、このめは苦笑しながら礼を告げる。

 雛嘉がスイカを割らないのも、杪谷が碧寿として「オレはいい」と辞退するのも、実は『打ち合わせ』通りである。

 そして、


「オレもやらん。興味がない」


 吹夜も断る。実際、碧寿がいる状況で翔をこちらに置き、目隠しゲームに向かうなど朱斗はしないだろう。その自然さに、特に疑問を抱くこと無く紅咲も「わらわもじゃ」と告げた。


「沙羅もか? こーゆーの、好きそうなのに」


 意外そうに尋ねたこのめに、


「スイカが割れれば破片が飛ぶ。わらわは着物を汚しとうない」

「ああ、そっちね」


 理由はどうであれ、紅咲も翔であるこのめに譲るとふんでいた。

 このめは翔としてではなく、自身として騒ぎ立てる胸中を無理矢理押し込んで、「じゃあ、行ってくる」と縁側から降り立つ。

 琉斗に棒を渡され、琉生に目隠しをされ、グルリとまわって『はい、スタート』


「もっと前じゃ! ええい、思いきりが足りないのお!」

「おい違う、右だ」

「え? 右?」

「行き過ぎじゃ! 左に……そこじゃ!」

「えいっ!」


 ポコン! 情けない音を立てて、棒の先が地面から跳ね上がる。このめが叩いたのは、スイカの手前だったのだ。


「何をやってるんじゃ翔!」

「いやー、なかなか難しいや」

「集中力が足りない。そうだから未だに『烏天狗』の力もコントロールが」

「あーあーもう、朱斗は何でもそれだ。只のゲームだろ?」


 部屋へと戻っていったこのめの背を見遣りながら、文寛兄弟は『ふむ』と態とらしく顎に手をやった。


「困った。スイカはまだ丸のまま」

「困ったー、ならば別の者に割ってもらうしかないー」

『という事で少年、ちょいと試してくれー』

「え! 僕ですか?」


 文寛兄弟に背を押され、睦子が困ったように眉尻を下げる。が、文寛兄弟は『よろしく頼んだー』と手際よく棒を持たせ目隠しをして、ブルーシート上へ誘い、くるりと身体を回転させた。

 ここまでやられては仕方ないと、睦子もおどおどと棒を構える。


「いいぞ! 前に進んで!」


 言ったのはこのめで、紅咲も沙羅として「左に……ああ、行き過ぎじゃ。半歩右に戻れ!」と援護している。吹夜も「戻りすぎだろう。それと、身体の向きが違う」と声をかけ、雛嘉はじれったそうに「違う! 反対だ! ああいっそオレがかっぴらいてやる!」と喚き、杪谷に「大人しくしていなさい」と窘められている。


「ここですかね? えいっ!」

「あ!」


 沸き立ったのは、睦子の振り下ろした棒がスイカを叩いたからだ。だが命中、とはならず、スイカの端にわずかのヒビを入れただけで、割れるまでには至らなかった。


「おしいね。いったと思ったのに」


 肩をすくめるこのめに、睦子も苦笑する。


「簡単にはいきませんね」


 スイカは残ったままだ。睦子からタオルと棒を受け取った文寛兄弟は、すすすと歩を進め、別のひとりの両端に立った。

 挟まれたのは定霜だ。濃染の隣で、ひっそりと成り行きを見守っていた。

 突如左右から肩に肘を乗せられ、「は!?」と慌てふためき双方を見遣っている。

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