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結束の合宿!⑥

 このめ達の姿を、杪谷は目だけで見遣った。そしてまた静かに庭へと戻す。

 気づいた獏が、ゴロリと腹を床につけて、見上げてきた。


「いいのか?」


 それは『混ざらないで』なのだろうか、それとも『狩らないで』なのか。獏の性格を考えれば、おそらく後者だろう。だから杪谷は、「ああ、いいのだ」と諭すように言った。

 碧寿は確かに翔の存在を追っている。だが只の『人間』である翔には、それほど興味がないのだ。

 翔が完全な『覚醒』を迎えるまでは、泳がせておく。それが碧寿の『計画』で『呪い』だ。


 現状、ここに居る翔は『覚醒前』の状態だろう。杪谷はそう状況付けている。だから碧寿と言えども、この時間は常とさして大差ないのだ。

 庭を照らす陽光が徐々に位置を変えるのを望みながら、ただ時が流れるのを待つ。眼前の風景に、あの溢れんばかりの紫陽花が重なる。


 ふと、暇を持て余した指が、煙管をくるりと回した。無意識だった。

 自身の行動に驚いた杪谷はその妙な感覚をなぞるように、もう一度、今度は意図的にくるりと回した。


「……ふむ」


 なるほど。これは良いかもしれない。

 達観しているようで、執着を捨てられない碧寿は、きっと、ただ時間を流すだけにも微かな虚無を感じるだろう。だから無意識に、手が遊ぶ。

 納得いった様子でまた再び庭を眺め始めた杪谷は、それから時折煙管を回す事にした。目標は碧寿の『癖』にすることだ。


 それから時折くるりと周る煙管を眺めながら、雛嘉は大きな欠伸をひとつ。普段なら控えめにするものだが、獏はそんな気を回さない。だから思いっきり口を開けた。いったい、幾つぶりだろう。

 畳の匂いとこなれた腹が、昼過ぎの陽射しと共に眠気を増幅させる。このまま眠ってしまってもいいのだが(獏としても不思議ではない)、一応、演技という範囲から逸脱させない為にも、雛嘉は眠気に耐える事にした。


 とりあえず身体を起こして、ぞんざいに胡座をかく。足に両手を乗せゆらゆらと無意味に身体を揺らしながら、雛嘉は楽しげに遊ぶ翔達の姿を見た。

 この部屋の中で、『生きていない』という指摘に一番ショックを感じなかったのは、自分だと思っている。


 杪谷に付き合う形で入部した雛嘉は、さして『演じる』という事に『ハマって』いる訳ではないからだ。どちらかと言うと、ウィッグのセットやメイクを施す方が、興味を惹かれた。他の四人と比べて、雛嘉自身は少し『違う』所に居るのだと思っている。

 だからと言って、それは演技を疎かにするという意味ではない。必死に想像力を働かせる。自分の届く範囲で、喰らいついてやるのだ。負けず嫌いな性格なのである。


 雛嘉の理解では、獏は碧寿の許可無しでは側を離れない。原作に何度が登場しているが、相手からは出合い頭に突然飛びかかってきているように見える場も、事前に碧寿から『遊んできていい』と許可をとっている。

 だが今は、碧寿の許可はない。だから雛嘉はただ翔達の姿を見るだけに留め、向かっては行かないのだ。


「……なんか、透明なスクリーンがあるみたいですね」


 感慨深そうに呟いたのは睦子だ。

 これまでなら定霜が相槌を打つだろうが、反射に出かけた言葉をグッと呑み込んでしまったので、濃染が拾う。


「成映達から『キャラ』として過ごしてみようと思うと言われた時は、何を言ってるのかよく分からなかったがな。こうして見ていると、中々妙案に思えてくるな」


 また突拍子もない事を、と呆れたもんだが、確かに『理解』を深めるには手っ取り早そうだ。

 このめと吹夜からの案だと聞いて、ああ、一つは突破したのかと、らしくもなく安堵した。だがもう一つの『壁』は、果たして例の『作戦』で本当に上手くいくのだろうか。


 開いたパソコンで、先日の舞台映像を映す。定霜は記憶が蘇るのか、画面を見ないように距離をとっていた。

 このめ達の部屋を「んー」「んー」と観察していた文寛兄弟が、珍しく不満げに眉根を寄せ唇を尖らせている。仕草は芝居がかっているが、眼は真剣だ。


「なんだ、鬱陶しい。悩むなら黙って悩め」

「いや、センパイ気付きません?」

「俺達は感じ取ってますよー?」

『音響効果組の改善点にー』

「なに?」


 左右から濃染の肩越しに画面を覗き込むようにして、マウスを奪った文寛兄弟は映像を早送りで見ていく。


「俺達ってキホン、元の舞台に寄せる事ばっか考えてましたけど」

「多分そのまんまだとー、微妙な『ズレ』がでちゃいますねー」

『だって役者が違うからー』


 文寛兄弟達の言い分はこうだ。出来るだけ音も演出も本家に寄せていたが、今のこのめ達を見ていると、『キャラ』の雰囲気が異なるのがハッキリとわかる。

 例えばこのめは本家よりも朗らかな柔らかさがあるし、吹夜は大人っぽさに欠けるも鋭利さが強く、紅咲は熟練した色気よりもしたたかな可愛気が濃い。杪谷は持ち前の透明度がにじみ出ているし、雛嘉は端麗な面持ちが冷淡さを醸し出す。


「だから本家と『同じ』じゃなくて」

「それぞれの雰囲気を『生かす』ようなやり方にしないとー」

『場合によっては補うようなー』

「補う? ……ああ、なるほど。場面によって足りない『雰囲気』を、こっちで担うということか」

『さっすが壮センパイ、話が早いー』


 折角殆ど固まっていたというのに。そう思うが、異論はない。出来うる最大限を費やすと約束している。

 睦子と定霜も巻き込んで、濃染達は『向こう側』と映像を観察しながら、追字だらけの台本を開いて議論を続ける。

 気まずそうに視線を落とす定霜は、やはりまだ、話さない。


 それは一時間ほどが過ぎた頃だった。

 本を読み進めがらも茶々を入れていくる朱斗にゲンナリとしつつ、このめはもう何度目かも覚えていない神経衰弱を終わらせた。

 沙羅は手を抜くと言ったのに、中々勝ちを譲ってくれない。二重でゲンナリだ。


「弱いのお、翔。烏天狗の名が聞いて呆れるぞ」

「しょーがないじゃん。オレまだちゃんとコントロール出来ないんだから。わかってて言うなんて、意地が悪いぞ、沙羅」

「所詮は狐だって事だ。わかったらさっさと元いた所に戻してこい」

「いやだから拾った覚えはないって」

「酷いのお、翔。誑かすだけ誑かして放置とは、妖狐よりもたちが悪い」


 沙羅もからかっているのだ。扇子から覗く双眸は楽しげに細められている。

 別のゲームにしよう、と提案しながら何となくカードをきる。すっかり翔としての意思が先行してるこのめは、不意に碧寿の存在が気になった。視線を転じると、やはり変わらず獏を足元に庭を眺めている。

 突然、その姿に言い様のない寂しさと疑問を感じ、このめはすっくと立ち上がった。と、


「翔、何をするつもりだ」


 強い力で手首を掴まれた。朱斗だ。赤い瞳が剣呑な光を携えている。

 引き止める手を援護するかのように、沙羅も上体を乗り出した。慌てたような顔で、


「放っておけ。大人しくしておるのだ。何もこちらからつつきに行く必要もあるまい」

「うん、そうなんだけど」


 このめは笑う。その表情に、吹夜と紅咲はドキリとした。

 いつものこのめの笑い方ではない。少し困ったような、それでも大丈夫だと伝えるようなへらりとした笑みは、『翔』のものだ。

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