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にごあい!~ただの高校生の俺だけど、2.5次元舞台愛好部を立ち上げました!~  作者: 千早 朔
第七章 結束の合宿!

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結束の合宿!④

「荷物があるところ悪いんだけど、ちょっと寄りたい所があって。いい?」

「俺はそんなに荷物重くないんで……」


 このめの視線を受けた吹夜が「いっすよ」と頷く。紅咲と睦子も同意するように頷いた。

 杪谷の隣と後方を陣取りながら、このめ達は路地を進む。既に紫陽花が見事だ。沿道には最近ではめっぽう減ってしまった瓦屋根の門構えが並んでいる。


 往来する観光客に弾けそうな細い路地を抜けると、一気に道が開けて、このめの家の二倍はある長身の木々が立ち込めていた。


 奥の道へと続く立派な石段の側には、これまた重鎮な寺標が立っている。右も、左も。有名なお寺なのか、写真を撮る人が多い。緑々とした木々の根本には、紫陽花が咲き誇っている。

 このめは思わず瞳を細めた。家の近所とはかけ離れた自然の鮮やかさが、目に眩しい。


「『あやばみ』って、ちゃんとした地名の記載はないけど、僕達が慣れ親しんだコンクリートの住宅街じゃなくて、こういったお寺や自然の多い地域が描かれていたでしょ? あの物語の登場人物は、こうした地で生まれ育ったのかなって」


 翔達の、生まれ育った場所。彼らは高い木々が年月をかけて更に背を伸ばしていく様や、季節と共に移ろい咲き誇る花々を日常としていたのだろうか。

 日差しを遮断する木陰は、それだけで案外ヒンヤリとしている。土の匂いが強い。


「もうすぐだよ」


 そういって杪谷は迷わず歩を進める。

 また路地が細くなった。沿道に随分と大きな側溝があるなと覗き込んでみると、小川が陽光を白く返しながら流れている。耳を済ますと、チロチロと唄う水の音。右手側には先が見えない程に茂った木々。すっと伸びた竹も多い。


 ふと途切れたと思うと、甘味所があった。『抹茶セット』と白抜き文字で書かれた登りの横には、時代劇のような真っ赤な縁台と傘が客を呼んでいる。


 まるで本当に、あの世界を感じるようだ。

 高揚するまま歩を進めると、突き当りに、大輪の紫陽花を溢れさせた門構えが見えた。多くの人が踏みしめたのだろう。石段はすっかりすり減って歪んでいる。上った先に鎮座する年季漂う寺標には、『明月院』の文字。


 拝観料は、杪谷が纏めて払ってくれた。

 人が多いのも納得だ。参道にはこのめの背丈よりも高い紫陽花が隙間ないほどに大輪を咲かせ、花壁となっている。


 澄んだ青のものが多いが、ピンクに近い薄紫のものや、濃い紫もある。花の色は土壌の性質で変わると聞いた事があるが、同じ枝にもかかわらず異なる色の花もあり、その真偽はよくわからない。

 紫陽花に目を奪われるこのめ達を連れ、進む杪谷が足を止めたのは、枯山水の庭園前にある本堂だった。


 開け放たれた部屋の奥へと目を遣ったこのめは、目を見張り「すごい……」と呟いた。

 座敷を縁取るように敷かれた赤い絨毯の先、白い壁の中央にはぽっかりと丸い穴が開いている。その向こうには、絵画のような緑の景色。


「これが有名な円窓。『悟りの窓』とも言われてるみたいだね。奥の庭園は決まった時期にしか開放されないから、あっちには行けないけど、これが見たくて」


 惚けるこのめ達へと視線を転じた杪谷は、柔らかく微笑んだ。


「僕ね、ここは『碧寿』にピッタリだなって思ったんだ」

「碧寿に?」

「うん。煙管を手に、窓の外で変わっていく季節を眺めながら、時の流れを『悟る』。時折、紫陽花達に囲まれてみても、濃い青の碧寿は決して紛れられない。その事にまた、言いようのない寂しさと諦めと、自分を置いていった先代の『烏天狗』への怒りを感じている」


 紡ぐ言葉と共に、このめ達は見える景色に碧寿の姿を重ねた。確かに好戦的な場面の多い碧寿だが、その過去には、彼が時折漂わせる哀愁の要因を作りだした別の物語がある。

 漫画でも舞台でも、こんな景色は示されていないというのに、語られた『杪谷の碧寿』を重ねると、妙にしっくりと嵌った。

 杪谷は静かに、円窓を見つめている。決意と共に、古い友人を見るような眼で、


「僕は、そんな碧寿にしようと思う」


 淡い囁きを乗せて吹いた風が、囲む紫陽花を静かに揺らした。


***


 観光客の行く石道から離れ、山を背にした住宅街の一角に杪谷の家はあった。周囲と同じく瓦屋根の平たい家だ。祖父母の家だったが、内装を部分的に改築したのだという。

 表門の木戸を横にスライドさせると、玄関までは丸い石が道を描いている。左手には和を感じさせる庭。家の戸は開け放たれ、縁側とフローリングの廊下の奥に、畳の部屋が広がっている。中央にはキャラメル色の座卓。机上には白いビニール袋が数個乱雑に置かれていた。

 そこに、のんびりとした足取りで現れたのは、文寛兄弟だった。


「あ、やっと来た」

「とっくに十二時過ぎてるよー」

『眞弥センパイーお昼お昼―』

「ちょっと! 催促するなら早くそこ下ろしてちょーだい!」


 いつもの無表情のまま手を振る二人に会釈して、このめ達も杪谷の後に続き、横に広い玄関をくぐった。飴色の段差を上がる。続く廊下の先が台所になっているようだ。

 開かれたガラス戸の向こう側では、紺色のエプロンを付けた雛嘉が菜箸を片手に、鍋と向かい合っている。その背後にあるダイニングテーブルでは、濃染が包丁片手に小ねぎと奮闘していた。

 そしてその更に奥には、


「っ、迅」


 玄関からの騒音に思わずといったように顔を上げた定霜は、このめ達の姿を捉えると即座に顔を伏せ、抱えたボールをスプーンで熱心にかき混ぜ始める。

 その姿を隠すように、雛嘉が身体をコンロから引いて、顔を向けた。


「思ってたより早かったワね。荷物置いて手洗ってらっしゃい!」

「うん。ありがとう、眞弥。あれ? 壮、包丁大丈夫?」

「ネギくらい切れる!」

「いやさっき俺達が必死に講習しましたし」

「それでも危なっかしいからハサミにしたらって言ったのにー」

『意地っ張りなんだからー』

「うるさい! さっさと箸を運べ!」


 杪谷の案内で、台所横の一部屋に荷物を纏めて置く。

 廊下を挟んだ反対側が、先程の大部屋だ。踏み入れると、その先にもう一部屋が続いている。床の間には紫陽花を活けた花瓶が殺風景な部屋に雅を添え、掛け軸の鶴が喜んでいるように見えた。


 雛嘉をはじめとする家に残っていた部員は、昼ご飯の準備をしてくれていた。このめ達も手伝い、大部屋の座卓上には大量のそうめんを乗せたボールがふたつと、大皿に乗ったポテトサラダが並んだ。


 座布団は端が両隣と重なっている。机をグルリと囲むようにして座り、全員揃ってから「いただきます!」と手を合わせた。定霜は濃染と文寛兄弟の間にいる。

 このめ達はまだ、話しかけてはいない。だが昨晩の杪谷との打ち合わせで、この状況は想定済みだ。このめと吹夜は、『作戦の実行』までは紅咲と睦子に専念する事になっている。


 微妙な空気を纏う二人に、このめは何とか話題を提供するもぎこちなかったようで、すぐに吹夜に「下手くそ」とつっこまれてしまった。


 片や上級生組の自然体は、実に見事なものだった。定霜の隣に座る琉斗は勝手に定霜の器にそうめんを突っ込み、定霜が非難気な眼で見遣るも一口で含むと、それを面白がった琉生が更に真似をしてそうめんを入れてと、椀子そば状態である。

 気づいた濃染が制止をかけると、雛嘉は「アラ、面白かったのに」と残念そうにしていた。杪谷は微笑ましそうにニコニコとしている。

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