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にごあい!~ただの高校生の俺だけど、2.5次元舞台愛好部を立ち上げました!~  作者: 千早 朔
第七章 結束の合宿!

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結束の合宿!①

 霧雨の空は雲が厚く、常よりも夜が早い。

 いつもならば夕焼けが鮮やかな時刻だというのに、外はすっかり真っ暗だ。校舎から漏れ出る明かりが、薄靄に滲んでいる。

 予報ではもうすぐ止むらしい。とはいえ、水滴を含んだ足場は最悪のコンディションだ。

 今日のランニングはお預けだろうか。窓に流れる水滴をボンヤリと眺めながら、このめが思考を飛ばしていると、教室のドアが開かれた。


「待たせてすまなかった」


 鞄を肩に下げた濃染は教室内をグルリと見回すと、意外そうな顔をした。


「ひとりか? 紅咲と睦子はわからないでもないが……吹夜はどうした?」

「あー……今日は先帰ってます」

「先に? ……フン。まあいい、それよりもデータは」


 このめが濃染を待っていたのは、昨日の舞台練習のデータを渡す為だ。収めたUEBを渡すと、濃染は「確かに」と鞄にしまう。

 ちょっと裏取引の現場みたいだな、と過ってしまったのは内緒だ。


「……月曜の練習はどうするんだ」


 このめの心臓がドキリと跳ねる。

 昨日、定霜はあの後、覚悟を決めていたかのように、冷静な足取りで大ホールから去っていった。

 誰も追わなかった。追えなかった。間を置いて、ハッとしたように武舘だけが駆け出して行ったが、程なくして消沈しながら戻ってきた。

 結局、あの後の練習には揃って身が入らず、使用終了時刻を迎える前に切り上げる事にした。このめの判断に、異論を唱える者はいなかった。

 ショックだったのだ。

 気落ちするこのめ達があまりに危うかったのだろう。今のままでは怪我をすると、武舘の進言で今日の練習は休みとなったのだ。

 今日は金曜。

 土日の活動を取り決めていないこのめ達が次に集まるのは、休み明けの月曜だ。


「感覚を忘れたくないんで、やるつもりですけど……」


 はたして皆、集まってくれるのだろうか。

 定霜の言葉は、このめ達の『根本』を否定するものだった。

 藻掻いて藻掻いて、やっとの事で掴みかけた輪郭が、手の内からサラサラと零れ落ちていくような。


「……今回の件は、珍しく成映と眞弥もへこんでいたからな。完全に立ち直るにはもう少し時間がかかるだろうが、練習に出れない程ではないだろう。懸念すべきはお前達だ。拗れた糸は、一本や二本ではないだろう」


 断言する鋭利な視線に、このめは息を呑んだ。

 それからふと、濃染の双眸は窓へと転じた。映しているのは景色ではない。昔の記憶に馳せるような、遠い眼だ。


「……一番手っ取り早いのは、切り捨ててしまう事だ。『モノマネ』だろうと、舞台は舞台だ。幸い、定霜が欠けた所で公演に大した支障はない。アイツの事はさっさと諦めて、お前達の調子を戻す事に専念するんだな」

「そんな……!」

「なら、止めるのか?」

「っ」


 再び向いた剣呑に細まる瞳は、威圧のそれだ。


「ひとりの為に、これまでの全てを無駄にするなど愚鈍の策だ。お前は舞台をやりたくてこの部を立ち上げたのだろう? それともなんだ、『友情ごっこ』がしたくて人を集めたのか」

「ち、違います! けどっ」


 己の無力さが、悔しい。


「……けど俺は……どっちも、大事なんです」


 わかっている。こんなのはただの我儘だ。濃染の意見は正しい。

 そう理解出来るのに、諦められなかった。

 初めはただ、『二.五次元舞台』という新しい世界を知って、画面越しの熱意に惹かれ、感情の赴くまま突き進んだだけだった。

 演れればいいと思っていた。

 けど、今は違う。知ってしまったからだ。

 舞台という華々しい『板』の下には、沢山の努力や、苦労が積み重なっている。このめが立つ『板』は、この部に集う皆で積み重ねた、想いの結晶だ。

 踏みしめ顔を上げた先には、誰一人、欠けていてはならない。欠けていてほしくないのだ。


「……迷惑をかけているのは、わかってます。けど、もう少し、時間をください」


 声が震える。哀しみにではない、決意からだ。

 嘆息する気配がする。と、頭上に重みを感じて、このめは信じられない思いで顔を跳ね上げた。

 慌てたように手が退き、顔を背けた濃染がメガネの縁を押し上げる。


「言ったろう。この部の部長はお前だ。部員として、部長の決定は尊重する。……俺達も、この間の稽古で満足しているわけではない。裏方として、できる限りの準備はしておく」

「っ、ありがとうございます!」

「だが、時間がないのも事実だ。紐を解くのに、順序付けている場合でもない。先ずは手近なヤツから、片付けてこい」


 吹夜の事だ。

 察したこのめは緊張に肩を上げながらも、「はいっ!」と叫んで鞄を抱きしめた。


「お先にしつれいします!」


 勢い良く頭を下げて、駆け出す。背後から「廊下を走るな」と声がして、早足に切り替えた。

 訊かなくちゃ。

 吹夜の胸中を知りたいと思うのならば、直接ぶつかるしかない。そしてぶつけよう。『頼らない』と決めた、その発端を。

 変に悩んでウジウジとしているから、気持ちも湿っぽくなってしまうのだ。自分は頭の回転が良い方ではない。すっかり忘れていた。

 雨は止んでいる。足元の水溜りには薄くなった雲。

 もう少しすれば、月も覗くだろうか。


「まったく、慌ただしいな」


 階段を下りていく背が見えなくなったのを確認して、濃染は教室の電気を消そうとスイッチに手を伸ばした。

 この教室に残るのは、濃染だけだからだ。が、


「青春真っ盛り! って感じねえー。転ばないといいのだけれど」

「後で気をつけてってメールしておこうか」

「アラ、ダメよ。見てたのバレちゃうじゃない」

「お前達……帰ったんじゃなかったのか」


 所用を済ませに放送部へと向かう前、雛嘉と杪谷が揃って教室から出ていく姿を見た。てっきり帰ったと思っていたのだが、どうやらまだ校内に残っていたらしい。

 訊けば部活終わりの濃染を捕まえようと待っていたのだが、帰路につくでもなく移動する様を見て、後をつけて来たのだと言う。


「『通訳』なしで優しく出来るようになれて良かったワね」

「馬鹿言うな。誰が優しくなど」

「慰めてあげてたよね。頭、撫でて」

「ちがっ! あれは……っ! アイツが、泣きそうになってたからで」

「ハイハイ、そーゆーコトにしておいてあげるワよ」

「泣かれるのに弱いよね、壮は」

「なっ!」


 ならお前達は目の前で泣かれても、平気だというのか。

 言いかけた言葉を奥歯を噛んで飲み込み、濃染は痛む額を抑えた。

 この二人とまともにやり合って、勝ち目はない。ついでに言うのなら、『わざわざ待っていた』という時点で、嫌な予感しかしない。


「……帰っていいか」


 ゲンナリと肩を落とした濃染に、雛嘉は楽しそうに「アラ、ダメよおー。なんの為に待ってたと思ってんの?」と口角を釣り上げる。


「壮に、お願いがあるんだ」

「……何を企んでる?」

「拗れちゃった後輩達の手助けと、僕達の舞台の成功の為に必要なコトだよ。ちょっと、荒療治だけど」

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