拗れた糸の不協和音⑤
「で?」
「『二.五次元舞台愛好部』、だとなげぇな」
「『にごあい』でいいんじゃないか?」吹夜が答える。
「あーまあ、そんなトコか」
「え? え? なんの話し?」
何やら進んでいく内容が見えずに尋ねたこのめに、
「なにって、円陣の掛け声だよ。ウチの部の名前そのまんまじゃ、ぜってぇ噛むだろ」
当然のように言われ、このめは思わず「円陣!? やるの!?」と訊き返してしまった。
「アラ、いいじゃない。やりましょーよ」
促す雛嘉に、杪谷が頷く。
「うん、僕も賛成。合いの手は?」
「舞台ですし、こう、手を上下して『かい・まく!』とかどうですか?」
「さすがっス凛詠サン! そうしましょうそれしかないっス!」
「いくぞー! って感じで、いいですね!」
嬉しげに睦子が手を打つと、吹夜が「んじゃ決定だな」と伏せた手を円陣の中に伸ばた。
『ハイ、皆てえー出してー』
同じく手を差し出した文寛兄弟の言葉に倣うように、どんどん増えていく掌。
「お、先生もか?」
『当然。はやくはやくー』
「ほら、壮も」
「ったく」
隣と肩が触れ合う程に押し寄った輪の中に、十本の腕が伸びる。
「このめ」
吹夜に促され、このめは込み上げる熱い衝動に耐えながら、もう一本を差し出した。
まるで、向日葵の花弁のようだ。
「……じゃあ、通し稽古。張り切っていきましょう」
すう、と息を吸い込んで、
「にごあいっ!」
『かい・まくっ!!』
高らかに天へと振り上げられた腕を通り抜け、眩しい白は笑顔を照らした。
が。
「あ、このめくん。迅くんはビデオカメラがあるので、ストップウォッチは僕が持ちます」
「わかった。よろしくね、瑞樹」
「はい」
睦子は舞台上からそっと視線を流す。
客席中央へと上がっていく定霜の横顔は、覚悟を決めたかのような固さが覆っていた。
***
準備や挨拶で費やす時間を考慮して、演目は四十分から四十五分の計算だ。
演者全員で頭を下げ舞台袖にはけると、流れる音楽が一際大きく終了を告げ、余韻を残して消えていった。落とされた照明。
「っ、瑞樹! どう!?」
「四十三分五十秒です! このめくん!」
ストップウォッチを手にした睦子が、座席から立ち上がって叫ぶ。
「ひあー、ギリギリっ!」
「まあ、悪くないんじゃない? まだ本番までもう少しあるし、慣れれば安定するでしょ」
崩れるようにして座り込んだこのめ横に倒れ込みながら、紅咲がポンと肩を叩く。額には大粒の汗。舞台袖から中央へと移動し、同じく座り込む他の演者陣も同様だ。
走り込みで体力をつけていたつもりだが、舞台上での消耗は比ではない。実際の舞台はこの倍以上あるのかと思うと、演者のスタミナにただただ感服するのみだ。
それにしても。
肩で息を繰り返しながら、このめは違和感に視線を客席に転じた。
普段の定霜なら終わった瞬間「凛詠サン! お疲れ様っス!」とすっ飛んできて、タオルと水を差し出しそうなものだが、今日はどうにも大人しい。
ハンカチで目元を抑える武舘に遠慮しているのだろうか。コントロールルームから出てきた文寛兄弟が、
「号泣?」
「号泣だねー」
『倒れるよかいいけどー』
と嘆息している。
そして違和感はもうひとつ。
吹夜も、何だが『違う』。
なにが、と問われると説明するのは難しいのだが、それでもこのめには『違い』を感じていた。例えばこうして、空白が出来た時。座り込む吹夜の位置はこのめ達から遠い。この違和感は数日前から続いている。
気にしすぎだろうか。このめの疑問は音にならない。
(それより、今はこっちか)
やっとのことで、荒い息も整ってきた。
このめが立ち上がり「シゲちゃん先生」と呼ぶと、文寛兄弟に遊ばれていた武舘が視線を戻した。
「……どうでした?」
緊張の面持ちで尋ねたこのめの声に、ピンと空気が張り詰める。
「ああそうか、悪い。いや、本当……二人から始まってここまできたかと思うと、感動しちゃってな。お前達のパワーに圧倒されるよ。集約した皆の熱量がまとめて胸に響くような、いい舞台だ。ただ……」
武舘の顔が曇る。
「熱意が伝わってくるからこそ、定霜が言っていた『違和感』が目立つのも事実だ」
「え?」
部員の視線が定霜に集中した。
当然だ。違和感? これまで何度も指導を飛ばしていた定霜は、『違和感』なんて告げてこなかった。
うつむく定霜が顔を上げ、苦悶の表情でこのめを捉える。その顔が尚更、このめの胸中に不安をもたらした。
「っ、迅?」
なんだろう、息が苦しい。
何とか紡いだ名前に、定霜が重々しい口を開く。
「……俺の勘違いなら、変にかき回したくねえって思ったんだ」
「どういうコト、迅」
ふらりと紅咲が立ち上がった。
「なに、それ。お前、気付いときながら、ずっと黙って見てたの? 誰にも……僕にも言わずに」
「ちょっ、落ち着いて、凛詠」
「答えなよ、迅」
「……スミマセン、凛詠サン」
苦々しく視線を落とした肯定に、グッと拳が握られる。
奥歯を噛んだ怒りの気配に、このめは瞬間、紅咲が舞台を飛び降りていくのではないかと焦燥にかられた。
「り――」
このめの制止よりも早く、
「『生きて』、ねぇんだ」
絞り出された定霜の声が、耳奥に突き刺さる。
「あの舞台の映像を観た時、よくわかんねー俺でも、『ああ、生きてる』って思ったんだ。けど、オマエ達の演技からは、それが感じられない」
静まり返った驚愕を引き裂き、悲痛な叫びが刃となる。
「っ、『モノマネ』なんだよ! オマエ達が演じてるのは、『キャラ』じゃねえ。その『キャラ』を演じてる役者を、なぞってるだけだ……!」




