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先輩という存在③

***


 杪谷と雛嘉が練習場所を美術棟下に移したのは、それから一週間程が経った頃だった。

 ジャージ姿で現れたのには驚いたが、それは台詞の覚えこみと共に動作も叩き込んできたからだと言う。

 躊躇なく地べたに腰を下ろした杪谷が、煙管代わりの棒を手にしながらのんびりと紡ぐ。


「『つまらん。実につまらん。そうは思わないか? 獏よ』」


 獏、と呼ばれた雛嘉は架空の盆を手にしながら、怪訝そうな瞳を向けた。


「『それはただ怠惰に過ごす現状を言ってんのか? それとも、ご執心の『烏天狗』に動きがないことを言ってんのか?』」

「『あの者に変化があれば、この怠惰な現状は存在しない。二つは密に繋がっているのだ。故に――、うん?』」

「『どうした?』」

「『喜べ獏。どうやらあの者達が、動こうとしている』」

「『どうしてわかる』」


 遠くを見遣りながら、杪谷の口角が上がる。


「『山神と鬼には、互いに切っても切れない縁がある。他方が在る為には、他方が在らねばならないのだ』」

「『それは共に人を支配する為か?』」

「『そうだったなら、こんなにも手を焼かずにすんだのだがな』」


 雛嘉の置いた架空の湯飲みを手に取り、ゆるりと一口を含む。


「『だがまぁ、それは昔の話しだ。既にバランスの崩れた現世では、他方が他方を喰うても、さして問題あるまい』」

「『喰うのか?』」

「『……それは『彼』次第だ』」


 暫くの間を置いて「どうかな」と笑んだ杪谷は、いつもの穏やかさを纏っている。「中々でしょ?」と雛嘉が得意げに前髪を掻き上げた。


「~~すっごいです!! あああ『碧寿』と『獏』がとうとう……っ! やっと揃った!」

「落ち着け」

「このめ、顔すんごいヤバイ」

「え? あ! ゴメン感動しすぎて!」


 吹夜と紅咲に指摘され、このめは慌てて顔面を両手で覆う。

 興奮に緩む頬がなかなか引き締まらない。仕方ないだろう。待ちに待った集結だ。

 演技は久しいと言ってたが、迫力は十分にある。粗い部分は、練習で精度を高めていけばいい。

 訊けば杪谷と雛嘉は、アクションの場面も一通り叩き込んできたと言う。


「いい加減、せっまいトコじゃ物足りないのよ」


 雛嘉の手には、吹夜よりも短いプラスチック製の刀が二本握られている。獏は短刀二本を武器とするからだ。

 黒刀を武器とする碧寿を演じる杪谷は、吹夜と同じ型の刀を手にしていた。睦子に訊き、吹夜と同じ学校近くの百円均一で購入してきたようだ。

 練習を初めたばかりのこのめ達と同じく、早くアクションシーンに挑みたいのか、笑顔で刀を掲げる二人の目は楽しげながらも熱がある。


「やっとバトれますね」


 自身が使用している刀を持ち上げた吹夜に、杪谷が「お手柔らかに」と笑む。朱斗と碧寿は敵対する立場にあるからだ。

 雛嘉の相手になるのは紅咲である。


「例え『姫』候補だろうと、手加減はしないワよ?」

「先輩方の胸を借りるつもりで、思いっきりやらせてもらいます」


(なんか皆、バチバチしてるなぁ)


 悪い空気ではない。運動会のかけっこ前みたいな、心の疼く緊張感だ。

 結局男子たるもの、揃ってアクションには熱が入るという事だろう。

 これだけ意気込みが揃えば演じる場面はひとつだ。このめはノートパソコンを操作し、流れる映像を五人でのアクションシーンに合わせ、再生した。この舞台の、一番の見せ場だ。

 皆で覗き込み確認し、マスキングテープで縁取った仮想舞台で、ひとつずつそれぞれの動きを合わせていく。

 誰がどこに立ち、どう身体を動かし武器を交え、どんな台詞を告げるのか。繰り返し重ね大方が決まれば口頭でテンポを取り、徐々に演じる動きを早めていく。

 不都合があれば都度修正。一場面を流したら、また修正。


「このめくん、ここ、もっと踏み込んできていいよ。啓くんも、もっと被っていいから」

「はい!」

「あざす」

「眞弥先輩、この『衝突、パーン』の部分、弾いた扇の腕をこう右に振り抜きたいんで、肩左に寄ってもらってもいいですか」

「ソコね……こんな感じかしら?」


 舞台での動きは派手だが、やはり地道の積み重ねだ。

 梅雨に近づき、気温の上がってきた外気に汗を滲ませながら、このめ達はただひたすら演技とアクションを重ねた。


***


 教室を根城にしていた睦子に集合を言い渡されたのは、音楽をつけての本格的な演技練習となってきた頃だった。


「すみませんが、暫く廊下で待っていて貰えますか?」


 どこか興奮気味の睦子はいつもよりも圧がある。言われるまま素直に廊下で立っているのは、このめを初めとする演者陣だ。定霜は「絶対に覗くなよ」とドスを効かせ、睦子を手伝うべく教室の中である。

 ドアからも距離を取り、手持ち無沙汰に待つ。壁の向こうからはガタゴトと無機質的な音が届いてくる。


「お待たせしました」

「いいぜ」


 くっと顎をしゃくった定霜の前を通り、このめを先頭に足を踏み入れた。


「っ、コレ……!」


 机を寄せてつくられた台座の上。白い詰め襟と袖の覗く紺の着物には、舞い散る桜模様が描かれている。腰元から合わせるように置かれた灰色の袴はストライプ柄。その足元には焦げ茶のショートブーツが鎮座していた。

 このめの演じる、翔の衣装。隣には淡い水色のグラデーションで染められた、金糸柄の白い着物が並んでいる。吹夜の演じる、朱斗の衣装だ。

 更に隣には、赤地に鮮やかな数色で花柄の描かれた着物と帯。次いで青地に黒文様の着物と、深緑の着物の裾をたくし上げ、下にズボンを重ねた衣装が並んでいる。それぞれの足元には、下駄を重ねたようにデザインされた足袋。沙羅、碧寿、獏。


「衣装、なんとか形になりました。皆さんからの要望も、出来る限り取り入れたつもりです。あとは、実際に着ていただいて、まだ改善出来る所を直していけたらと思っていま――」

「ありがとう瑞樹ーっ!」

「わっ!」


 感動のまま抱きついたこのめの衝撃と重みに瑞樹がよろけ、


「ちょっとこのめ!」

「っぶねーだろ!」


 紅咲と定霜がその身体を支えた。吹夜は呆れ顔でこのめを瑞樹から引き剥がす。


「お前のその後先考えず飛びつく癖、なんとかならねーのか?」

「ご、ごめん、ついテンション上がっちゃって。大丈夫、瑞樹?」

「はい。凛詠さん、迅くん、お手数おかけしました」

「ったく、いい加減このめの奇行も読めるようになってきたぜ」

「慣れってコワイねー」

「あ、あはは」


 頬を掻いて誤魔化したこのめの背中側からは、「わあ、スゴいね」「随分しっかりしてるじゃない」と感嘆の声が聞こえる。

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