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先輩という存在①

『今日はコッチに来てくれるって』


 吹夜と簡単な演技の確認をしていた昼休みの最中、スマフォに届いた杪谷からのメッセージ通り、放課後の教室には濃染と文寛兄弟がやってきた。

 先日できなかった自己紹介を簡単に済ませ、吹夜と紅咲はいつもの美術棟下に、睦子は布を広げミシンを設置し、杪谷と雛嘉はスクリーンでDVDを投影しながら台本読みにはいった。

 このめと定霜は濃染達へイメージの説明をすべく、机を囲んでいる。机上に広げているのは、例のノートだ。見せ場となる場面毎にライティングの色、BGMアルバムのトラック番号、映像演出がメモされている。


「ホント、迅には感謝しかないよ……」

「アア? このめテメエ、詰めが甘ぇんだよ! 舞台やるつもりならコッチも考えとけ!」

「大変申し訳ありませんでしたっ!」

「ったくよお……」


 唇を尖らせながら嘆息した定霜は、濃染と文寛兄弟にノートの説明を始めた。

 描いた場面、照明とトラック番号。映像演出は難しいだろうから、カットするか別にライティングで処理できないか。切りつけ音についてはノータッチだが、任せても問題ないか。

 敬語に慣れていない定霜の口調はやや粗雑だが、濃染も文寛兄弟も気にする様子はなく、ただ真剣に耳を傾け、時折質問を重ねていた。


「んじゃ、照明機器の扱い方は、濃染センパイが演劇部にご教授頂くってことで」決定事項のように言う琉斗に、

「なんで俺なんだ!」

「だって俺達、二年生ですしー」

『こーゆーやり取りは部長同士じゃないとー』

「ほんっとお前達は良い性格をしてるな……っ!」


 一通りの確認が終わると、実際に舞台の映像を観たいと言うので、このめは杪谷と雛嘉に断りを入れてプロジェクターを操作した。

 最初からでいいかな。

 リモコンを手にボタンを押すこのめに、口を開いたのは濃染だった。


「これの操作は俺達にもわかる。勝手にやっておくから、お前も練習に行ってこい」

「え?」見上げたこのめに濃染は腕を組み、

「わかっているとは思うが、この部は言うなら『異端』の部だ。おまけに各学年の『肩書持ち』が揃った事で、絶好の好奇の対象になっている。文化祭でも、注目の的になるだろう。それはいい意味でも悪い意味でもだ。『部長』のお前がお粗末な演技を見せようものなら、こちらにまで火の粉が飛ぶ。これ以上迷惑をかけられるのは、ごめんだ」

「!」


 濃染の言い分は正しい。これだけの『肩書持ち』が揃う中、『部長』という立場にあるこのめには、様々な感情が向けられるだろう。舞台の上で、『肩書』が無いのは『部長』のこのめだけだ。

 ただ頑張っているだけの演技では、経緯はどうであれ、『肩書持ち』を集めたかっただけの『お遊び』の部じゃないかと疑われてもおかしくはない。

 その時はきっと、このめだけではなく、この部に携わった全員に迷惑がかかる。


 ――責任。


 このめの背に重く伸し掛かり、少しずつ酸素を奪っていく。


 初めは単純な憧れだった。格好いいから、凄いから、感動したから。まっさらな一直線の感情で、『演りたい』と思った。

 けれどもこうして実際に『上演する』となって、見えていなかったモノが露呈してくる。

 舞台は『演じる』だけでは作れない。ましてや『思い』だけでも無理だ。

 スポットライトを浴びる『板』は、沢山が地道に積み重ねて、積み重ねて、苦労や絆が強固な台となった『支え』なのだろう。

 その上に、立つ。

 重責と、期待と、恐怖を踏みしめて。


「そんな深刻に捉えなくていいよ、このめっち」


 ポン、と軽く背を叩かれ、沈んだ意識が浮上する。

 知らず知らずのうちに視界が下がっていたようだ。右肩へと視線を遣ると、相も変わらず動かない表情のまま、琉斗が見下ろしていた。

 と、その反対側。左肩に重みを感じて「わっ」と首を回す。両腕で伸し掛かかってきたのは琉生だ。


「通訳すると、『こっちは俺に任せて稽古に励め。イロイロと大変だと思うが、頑張れよ』だからー」

『素直に言えばいいのにねー』

「なっ! 俺は事実を述べたまでだ!」

「あんまりチクチクしてると、嫌われちゃいますよ」

「仲良くなりたいなら、優しさが一番ですー」

『例えば俺達みたいなー?』


 ねー? と同意を求めるように左右から小首を傾げられ、このめは戸惑いながらも「え、えっと……ありがとうございます……」とだけ告げた。文寛兄弟が、気負うこのめを気遣ってくれているのはわかったからだ。

 無表情ながらもどこか満足気な文寛兄弟が『ホラ』と視線を上げた先で、濃染はギクリと肩を揺らした。

 様子を伺っていたのだろう。雛嘉に「そーよお。ウチの可愛い後輩ちゃんをイジメないでくれる?」と追い打ちをかけられ、「べつに! 虐めたつもりでは!」と顔色を悪くしている。


「でね、このめっち。本当は仲良くなりたい拗らせ系センパイから、プレゼントがあるんだって」


 今度はこのめが首を傾げる番だ。


「プレゼント、ですか?」

「そー、プレゼントー。中々出さないから、いつ出すのかなーって思ってたけどー」

『早くしてくださいよー』

「アラ、プレゼントなんて粋な手いつ覚えたのよ?」目を丸くする雛嘉に、

「誕生日でもないのに、珍しいね」杪谷が同調すると、

「違う! そういった類のモノではない! ええい余計出しづらくなるだろうが!」


 茶化す声を振り切るように叫んだ濃染は、自身の学生鞄をむんずと掴み乱雑に開くと、一枚の用紙を取り出した。

 大股で数歩を詰めて、このめの眼前に押し付ける。


「うわっぷ! なんですかコレ……って」


 引き剥がした用紙には、『入部届』の文字。それと、並ぶ濃染と文寛兄弟の名前。


「これ……っ」

「言ったろう。やるからには手を抜くつもりはないと」


 気まずそうに視線を逸したまま、眼鏡を押し上げ濃染が告げる。

 もう一度確認してみてもやっぱりそれは入部届けで、だが濃染達は既に放送部に属している。退部などしていない筈だ。

 当惑しながら用紙と濃染を行ったり来たりするこのめに、琉斗が「ああ、やっぱりね」と呟いた。琉生と目を合わせ、小さく頷く。


「ウチの学校って、兼部が認められてるの知ってる?」

「そんで学校側からの補助ってー、部員数で変わるのって知ってるー?」


 確か、部員数云々は武舘から聞いた事があったような……?


「つまり、こうして三人増やしとけば、部費も増えるってコトで」

「演劇には何かと入用だろうっていうー」

『濃染センパイからのプレゼントー』


 つまりこの入部届けは、二重の意味での『プレゼント』だということだ。


「そ、だったんですか。俺、何も知らなくて……! ありがとうございますっ!」

「っ、お前も『部長』を名乗るのなら、使える知識くらい頭に入れておけ!」

「またまたー」

「照れちゃってー」

『手がかかるなーまったくー』

「黙れ! そもそもお前達が余計な事を言うから……っ!」


 奥歯を噛みしめる濃染の頬が微かに色づいているのは、憤怒ではなく照れが強いようだ。

 雛嘉の言った『ツンデレ』なる言葉の意味が、今なら分かる気がする。先程の『忠告』も、部員の温かさに気を緩め、その時に傷つかないようにという優しさだったのだろう。

 このめは頬を綻ばせて、「ありがとうございます」と重ねた。

 目だけでチラリと見遣って「ふん、さっさと行け」と背を向けた濃染の頬は、まだうっすら赤く色づいていた。


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