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サード・フォース  作者: 寺田 蕗
8/13

下品なチェスゲーム

わたしの肉体はこの雲をぬけて、地上へと落ちてゆく。加速しながら、滑り落ちる。重力には逆らえない。あの楽園のような場所で、わたしの体は原型をとどめないだろう。




けれどその想像とは裏腹に、落下しはじめてすぐ、体中に重い衝撃が走った。ーーもう地上へ? わたし、まだ生きてる?






「痛ってぇ......」


その声は、わたしのすぐ耳元で聞こえた。わたしはその声の主を下敷きにしていた。抱きかかえられながら。


衝撃が強すぎて体中が痛むが、何とか上体を持ちあげる。そして声の主の顔を確認した。ーーやっぱり。


「レオナ、また会えたな」


痛みに顔をしかめながらも同時ににやりと笑みをこぼすのは、満月の夜わたしを攫った、夜盗のジェフだった。


「大丈夫か? どっか骨折った?」

「わたしは大丈夫そうよ。それよりあなたこそ大丈夫? あなたが受けとめてくれたの?」


後ろをふりかえると大きな丸窓が開いている。わたしはここからジェフに引かれて室内へ滑りこんだのだ。


「何か上のほうがうるさいなあと思って窓開けて見てみたら、女の子が落ちてくるんだからさあ」

「......あなたがわたしを受けとめてくれなかったら、わたし死んでたわ。ありがとう」


そう言うと、わたしはぐいと引き寄せられて再びかれに抱きしめられる。抱擁がきつくて、息が苦しい。


「お姫さまなら受けとめられると思ったけど、結構重いんだな。でけえ熊くらいあったぜ」


声が笑ってる。


「失礼ね! それは、結構な高さから落ちたからであって」

「そんなの分かってるって。冗談だよ」


愉しげに笑うジェフとは反対に、わたしはそのときルーファウスのことを思い出し、一気に血の気が引いた。


「ジェフ、どうしよう!! ルーが、敵に囲まれて......」


ジェフの腕のなかから抜け出そうとすると、きつく拒まれた。


「離して! ルーのもとに行かなきゃ......」

「おまえに何かできることがあるのか?」


そう言われて、わたしはジェフの目を直視した。


「無いだろ。むしろ足手まといだ。やつらの目的はおまえなんだぞ」


ーー正論だ。王女であるわたしが捕まれば、ヒトの国の思うツボ。でも、だけどーー。


「奴さんは大丈夫だ。あいつはかなりのツワモノだ。おまえさえいなけりゃ軍隊ひとつくらいだって簡単にひねり潰すだろうよ」

「ルーは強いかもしれないけど、でもひどい傷を負ってたわ! わたしは確かに足手まといだけど......」


ーーだめだ。ルーファウスが心配でたまらない。


するとジェフはわたしの肩を握り、ひとつ息を吐いたかと思うと、力強い声で言った。


「じゃあおれがおまえの気を紛らわしてやろう。いいことを教えてやる。......あの戴冠式の前夜、暗闇でおまえに告げ口したのは、このおれだ」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「......あなたが? あの夜、わたしに耳打ちしてきたのはあなたなの?」

「そうだ。ケモノの王家が匿っている、『滅びしもの』とは何だと思う?」


わたしの頭にぽんと浮かんだのは、メンフクロウだった。かれの言っていたことは。


「......竜?」

「正解だ。竜は滅びたと言われてから千年経つが、やつらは今も生きている。ケモノの国と、それからヒトの国で」

「......どうしてあなたがそんなことを知っているの?」

「おれはただの盗人じゃないぜ。それぞれの国の内情について探りを入れてる。情報屋みたいなもんだな」


かれの話を信じてもいいのだろうか。


「あなたは、お父さまが竜を城に匿っていると言うのね?」

「そうだ。竜と言っても、今、生存している竜の子孫はヒトとの合いの子だ。かれらは特殊で、ヒトの姿を取ることができる」

「......普段はヒトの姿をしているということ?」

「そうだ。竜は、生まれつき戦闘能力に非常に優れている。治癒力が高い。嗅覚が鋭い。暗闇でもものが見える。......心当たりがあるだろ?」


わが国の軍隊や城の家来たちは動物しか認められておらず、王家周辺にヒトは二人しかいない。つまり、わたしのお母さまと、ーールーファウス。


「おれはおまえに知ってほしかった。今、この時代は、おまえがこの大陸の歴史の中心にいることを。あの隠し通路を見つけて、『第3勢力(サード・フォース)』の襲撃から無事逃げおおせることを、おれは願った」

「......サード・フォース?」


その言葉は、長年に渡りケモノの国とヒトの国しか存在しないこの大陸で、聞き慣れないものだった。


「竜の子孫が、いわゆる『サード・フォース』をつくった。裏社会じゃ名を知られはじめてるような組織だ。やつらが、ヒトの国とケモノの国の間に戦争をもたらそうとしている。両国を戦争で疲弊させ、いつか第3の国が大陸の覇権を握るために」


ーーもう何が何だかわけが分からない。つまりはーー。


「今起きた襲撃と、あの夜のレオポルド城襲撃は、実はヒトの国の仕業ではないと?」

「......レオナ、もっと情報がほしいか?」


ジェフはわたしの問いに答える代わりに、にやりと唇をゆがませてそう言った。


「......もちろんほしいわ。教えて」

「なら、おれとチェスゲームをしよう」


ーー唐突すぎる提案に、わたしは困惑した。


「なぜチェスなんてしなくちゃならないのよ」

「ちょうどここにボードがあるからさ。おれに勝てば、もっと詳しい話を聞かせてやろう。ただし、ふつうのチェスゲームじゃつまらねえから、ひとつルールを課す」


するとジェフは、今まで見せたことのない満面の笑みで顔をキラキラ輝かせ、言った。


「おれがおまえの駒をひとつ取るたびに、服を脱げ」







わたしはチェスがそこそこうまいと思っていた。休日にルーファウスとチェスで遊ぶことがよくあったが、わたしは毎回かれを負かしていたからだ。でもそれは、ルーファウスがものすごく弱いだけだったのかもしれない。


それにチェスといえば、ある程度身分や学識あるものの遊びだ。盗賊なんかに負けるわけはないと思っていたのに。


ーージェフに勝ちたい。勝ってもっと『サード・フォース』についての情報がほしいが、現状は、わたしはポーンひとつでさえも犠牲にできないのだ。


ボードとにらめっこを始めて、数分が経った。


「なあ、レオナ。おれのクイーンを取ってもいいんだぜ?」


ーーものすごく取りたい。でも、それはできない。今、クイーンを取ればジェフのナイトにポーンを取られてしまう。


「......もうこれ以上脱げないわ」

「じゃあ降参するか?」


そう言われてわたしはボードから目を離しジェフを見上げた。さっきからわたしのこの姿を上から下までながめて、至極ご満悦のようだ。にやにやと顔にしまりがなさすぎる。


「それにしてもいい眺めだねえ、これは」


わたしはあっという間に次々と駒を取られた。序盤はわたしが身につけていたもの、つまり帽子、靴、チョーカーを取った。それからとうとうティーシャツを脱ぎ、デニムパンツまでジェフの前で脱がされるはめになった。わたしはみっともない下着姿だ。


でもそれでも、わたしは敵のことを知っておかなくては。


「おまえは半分はヒトかもしれないが、半分は獣の血が入ってる。そのクイーンを取れば、動物本来の姿に一歩近づくぜ、レオナ」


ジェフは余裕綽々の上から目線だ。イライラする。


「もしかしてあなたはわたしを尾けてここまで来たわけ? ストーカーね」

「それは違うぜ。おれは調べたいことがあってここへ来たんだ」

「......ここで何について調べていたの?」

「竜についてさ。このフロアは、他のフロアとはちょっと違うぜ。ここにある本はすべて禁書だ」

「禁書? まさかあなたに閲覧許可が出たの?」

「知の塔のカタブツたちがおれに許可? そんなわけあるか。VIPしかこのフロアには入れねえから、こっそり失礼させてもらったのさ」


つまり不法侵入ということ。


「......警備が甘すぎるわ」

「ここに来るまで、何人かルビーが気絶させといたからな。......そんなことより、ゲームを進めなくていいのか?」


ーー散々ボードをすみからすみまでながめて、わたしは諦めがついた。ひとつも駒を犠牲にせずに、ジェフに勝つのは不可能だ。


「......クイーンを取るわ」

「それでこそレオナ!」


それにしてもクイーンを餌にするなんて、よほど脱がせたいとしか思えない。わたしは呆れた。


女王を取ると、ジェフはナイトでわたしのポーンを手中に収めた。だらしなく顔をにやつかせながら。


「......かわいいレオナ。獣に戻るだけさ」


下よりは上のほうがマシだと、女性であることを捨てて下着に手をかけた、そのときだった。






「......っれ、レオナさま?!」


この禁書フロアの重い扉が開いた。そこに立っていたのは、ルーファウスだった。


「ルーっ......!! 生きてた!!」


ーーチェスなんて、ジェフの持っている情報なんて、どうでもいい。かれが無事なら。わたしはルーファウスのもとへ駆け出していた。かれの腕のなかに飛びこめば、不安が一気に溶け、いつもの安心感に包まれる。


「大丈夫なの?! 怪我は?! あいつらはやっつけたの?」

「あの、レオナさま......ひとまず離れてください......」

「いやよ! 今わたしは嬉しくてたまらないの!!」

「......っいいから、くっつくな!!」


わたしはまだ抱きしめていたかったが、ルーファウスに引き剥がされた。


「もうっ......、なんて格好してるんですか......」


ルーファウスが耳まで真っ赤だ。あらぬ方向を向いてわたしのことを見ないようにして、自分の軍服の上着を脱ぐとさっとわたしの肩にかけた。


「やっぱり馬鹿なんですか? こんな......は、裸同然の姿で抱きついてきて......。あいつに脱がされたんですね?」


そして前が開かないようにわたしをくるんで丁寧に上から下までボタンをかけていく。


「違うわ。自分で脱いだの」

「......。」


ルーファウスの手がぴたっと止まった。黙りこんで。


「もちろんわたしもいやだったわよ。でも、重要な情報のために......」

「......あの男に何を言われたか知りませんが、レオナさまは騙されたんです」


するとジェフが話に割って入ってきた。


「騙されたなんて人聞きがわりぃな。おれはお姫さまと賭けをしただけだぜ? おれが勝ったら、おれの持ってる情報を教える。ただし、ルールがひとつ」

「......わたしが駒を取られるたびに、服を脱げって......」

「......なるほど」


するとルーファウスはジェフのほうへ近付いていく。そして、チェス盤をはさんでジェフの向かいに座りこんだ。


「では、今度は私とゲームをしませんか。私が駒を取るたびに、今度は姫さまの衣服を返してください。その代わり、あなたが勝ったら......」

「おれがおまえにする質問に答えろ。それなら勝負してやってもいいぜ」

「良いでしょう。どんな質問か分かりかねますが、誠意を持って答えますよ」

「そりゃ面白くなってきたな!」


急すぎる話の流れにわたしは慌てた。


「ルー、あなたじゃ勝てないわよ! わたしも追いこまれたんだから......」

「レオナさまは黙っててください。男同士の勝負です」

「おまえが先攻でいいぜ」


そう言われるが早いか、ルーファウスは白のポーンを前進させた。ーーわたしの心配はそっちのけで。









「レオナさま、これで全部ですか?」


ルーファウスはそう言って、ジェフから取り返した麦わら帽子をわたしにかぶせた。


「どうして? あなたいつもわたしに負けてたのに......」


不思議で仕方ない。ーージェフではなく、圧倒的なルーファウス優勢の戦況が。


「どうしてでしょう? 賭けられているものが借りものですから、勝たなくてはというプレッシャーがあるからでしょうか」


ルーファウスは澄ましてそんな噓みたいなことを言う。そんなまさか。チェスは頭脳戦だ。やる気の問題なの?


「おれ、結構強かったはずなんだけどなぁ......」


ジェフはさっきまでの態度から急変して意気消沈している。あからさまにヘラヘラしながらルーファウスに言った。


「これで全部返してやったろ? まあ、ここらへんでやめにしてやってもいいんだぜ......」

「いや、次はあなたをすっ裸にしてさしあげますよ。それにチェックメイトしてレオナさまの言う重要な情報とやらを教えていただかなくては」


まだ「男同士の勝負」は続きそうだ。


わたしはルーファウスが取り返してくれた服に着替える気になれずにいた。軍服の襟元カラーからルーファウスの匂いがする。わたしは鼻を押しあててその匂いを肺いっぱいに吸いこんだ。ーーむふ、幸せ。


そうしていると、ジェフが言った。


「あんたチェスのプロか何かか? こりゃズルいぜ。......おれに勝機はねえな」


そう言うと、突如窓へ。軽快に窓枠に足をかけた。


「わりぃけどズラからせてもらう! またな、レオナ。......まぁまた会えるかどうか、分からねぇけど」


わたしとルーファウスは急いで駆けだしたが、一歩遅かった。ジェフが窓から姿を消し、わたしはかれを追いかけて窓から螺旋階段へと出た。


「ジェフリーさまを追うな」


しかし目の前にいたのはジェフではなく、かれの背後を守り、近頃ヒトの国で開発されたピストルを構えるルビーだった。


ーーきっとこれでジェフとはお別れだ。かれにまだ大事なことを伝えてないのに。言わずに別れたら、後悔する。


わたしは叫んだ。


「ジェフ! あの夜、わたしを導いてくれてありがとう!!」


ジェフの姿は雲のなかに消えてもうない。かれにちゃんと聞こえただろうか。




ーーすると、彼方かなたから声がした。


「おう! 無事でいろよ、レオナ! おれの情報を生かしてくれ!」


頬に強い風を感じながら、その声に耳を澄ませた。

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